発明の権利はスタートアップに。KDDIが実践するスタートアップ知財支援のあり方とは
【「第5回IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門グランプリ】KDDI株式会社 コーポレート統括本部 プロフェッショナル(知的財産戦略担当) 川名 弘志氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
オープンイノベーション推進活動のロールモデルとして高い評価を受けているKDDI株式会社。第5回IP BASE AWARDスタートアップ支援者部門でグランプリを受賞した川名弘志氏は、同社が展開するオープンイノベーション・プラットフォームにおける知財支援の責任者としてスタートアップファーストな支援体制を構築し、多くの企業にも影響を与えている。川名氏が考える大手企業のスタートアップ知財支援の意義や、これからの企業知財部のあり方とは。
知財部配属をきっかけに資格を取得、業務を通じて知見を積み重ねる
KDDIの知財支援責任者として多くのスタートアップの知財活動を支援する川名氏。知財に関心を持ったのは、30歳のときに知的財産部に配属されたのがきっかけだった。
「知的財産部に入り、弁理士という職業の存在を知りました。当時のKDDIには弁理士がおらず、専門部署の社員としてきちんと知財の基本知識を学ぶことが大事であると考え、働きながら予備校に通って34歳で弁理士の資格を取りました」(川名氏)
当時は第3世代携帯電話に関連する知財訴訟が起こっており、端末メーカーの知財部門と連携しながら多くの訴訟に対応していた。その中で川名氏は、自身の訴訟スキルがまだ不足していると痛感したという。そこでさらに勉強を続け、特定侵害訴訟代理業務試験にも合格。渉外グループで2年間グループリーダーを務めた後、KDDI総合研究所の知財部門で権利化グループ、知財戦略グループのグループリーダーを経て、2015年に知的財産室長に就任した。
発明の権利はすべてスタートアップに渡す
川名氏がスタートアップ支援に関わるようになったのは2017年からだという。
「KDDIのスタートアップ支援は、スタートアップと大手企業の事業共創プラットフォーム『KDDI∞ Labo』が2011年から、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)としての『KDDI Open Innovation Fund』が2012年から始まっているので、私が関わるようになったのはその後になります。
スタートアップを支援する部署から特許について相談を受けるようになり、あるとき権利の持ち分についての議題で『KDDIは支援の立場ですので、KDDI側では権利は持たない方向にしましょう』と提案しました。それがスタートアップの方からすごく感謝され、依頼が増えていきました」(川名氏)
スタートアップの知財支援を本格的に始めた2018年度には、KDDIは特許庁の「知財功労賞」を受賞。さらに、イノベーションリーダーズサミット(ILS)実行委員会の有望スタートアップが選ぶ「イノベーティブ大企業ランキング」で、KDDIは2018年から7年連続して1位を獲得している。
KDDIが多くのスタートアップから高く評価されるのは、スタートアップファーストであることが大きい。
「KDDIがスタートアップを大事にする理由は、世の中が携帯電話からスマホに移行してきた中でキャリアとしてのアプリケーションだけでは勝負できず、そこでスタートアップの力も借りて一緒にビジネスを作る必要があったからです。
知財部門としても、スタートアップに『組みたい会社だ』と思ってもらうために、社外の講演でもこうした方針を発信しています。特許庁の『グローバル知財戦略フォーラム』に上司が登壇した際にも、支援によって得られた『権利はすべてスタートアップに渡す』と発表しました。発明を実施するのはスタートアップなので、実施する側が権利を持っていたほうがいいと考えます」
KDDIはライセンスも受けておらず、支援先スタートアップが競合他社と組めば、権利が奪われるリスクもあるが、これまで社内から否定的な反応は出ていないという。
「当初はいい方向に流れるのかどうかの確信はありませんでした。それでも、今回IP BASE AWARDを受賞した際に社内報の取材を受けてこの話をしたら、社内でもすごく評判が良く、権利をスタートアップに渡すことも『すばらしい取組み姿勢だ』と、多くの方に共感してもらえました」
スタートアップの支援には多様なスキルが求められる
現在の支援先はグループ会社や出資先スタートアップ26社ほどで、基本的には時間単位の業務委託の形式で支援を実施しているそうだ。
「長年にわたるKDDIでの知財業務の経験の蓄積があるため、支援先でもクリアランス調査から権利化、訴訟、契約もすべて対応できます。スタートアップが持つ尖った技術に係わる知財業務に携わる機会は、自己の成長にもつながります。若いメンバーにもスキルの幅を広げるために参加してもらっています」(川名氏)
相談内容は特許出願、クリアランス調査、契約書のチェック、警告書への対応など多岐にわたる。本業である自社の知財業務にも携わる一方で、スタートアップの支援を続けることができる理由を聞いた。
「二十数社を支援しているといっても、支援先によっては相談件数が少ないケースや難しい依頼ではないこともありますので、支援ばかりしているわけではありません。ただ、スタートアップの知財支援にはいろいろなスキルが求められます。なぜなら、例えば社内の案件であれば、事業内容も担当部門のこともわかっているのでやるべきことがある程度予想できますが、スタートアップの支援では、どういったバックグラウンドの方からどのような技術やサービスの相談がくるのか予想できないからです。
支援の理想の流れとしては、まず権利化や契約の相談を通じてお互いのことを知り、次に成長戦略である知財戦略の作成に貢献し、そして支援先の強みを生かした将来の事業を一緒に構想していけるようになること。こうした流れをステップバイステップで行いながら、より深く長い支援を通じて、その会社の中長期的な企業価値を高める活動を展開する、というのを目指す姿においています」
支援先のスタートアップが社内に専任の知財担当者を設置するまでは、伴走支援しているという。ただ、あまり早い段階から知財担当者を置くのはリスクもあると川名氏は指摘する。
「スタートアップでは知財の仕事が常時あるわけではないから、せっかく優秀な人を雇っても知財のスキルや勘が鈍ってしまうかもしれない。そういった段階になるまでは、うまく外部のリソースを使うことを工夫したほうがいい」
川名氏が担当した支援先で印象に残っているスタートアップをいくつか挙げてもらった。遠隔操作ロボットを開発するスタートアップに対しては業界動向の調査をはじめとするIPランドスケープ、新たな出資先を募るための知財戦略の立案を行ったという。動画サイトを運営するスタートアップには警告書への対応、IoT/AIスタートアップからは仲間のスタートアップの相談をされたこともあるそうだ。
「私がスタートアップからのさまざまな相談を楽しみながら支援できるのは、自分がこれまで培ってきたスキルを生かせているという手ごたえがあり、支援先のお役に立てているという実感がダイレクトに得られるからです」と川名氏は言う。
KDDIのスタートアップへの向き合い方は、ほかの大手企業と大きく違うように見える。KDDIは何を目的としているのか。
「スタートアップでもKDDIでも事業を成長させるために知財・無形資産が重要になります。とくにスタートアップにおいては、事業成長を図り、あるいは資金調達のために新たな出資を募るうえで、人財とともに知財・無形資産の強みが必要になります。今の時代、大手企業も自分たちだけですべてを作り出すことはなかなか難しい。特に技術の部分で外部とも協力し、大きなビジネスモデルに広げ、確立していくことに意味があります。一緒にビジネスを共創し、拡大していくうえで、パートナーであるスタートアップの成長も求められています」
実際に株式会社ソラコムのケースでは、2017年に出資と引き換えに株式を譲り受けて子会社化し、ともにIoT市場を成長させてきた。ソラコムも大きな成長を遂げ、2024年3月に同社が上場した際にKDDIは株を一部売却し、ソラコムはKDDIの子会社から持分法適用会社へと移行。その後もパートナーとして協力している。
企業の知財部は専門型からコンサル型への組織変革が必要
スタートアップの知財支援では多様なスキルが求められるため、自身のスキルアップにもつながったという川名氏。その経験をもとに「企業の知財部は、専門型からコンサル型への組織変革が必要」と提案する。
「従来の企業の知財部では契約書をチェックする人、権利化やクリアランス調査をする人、といったように専門ごとに担当が分かれ、その溝をなかなか越えられていなかった。そうではなく、一通りを自分でもやってみることで、他の人が苦労しているところを理解できるし、サポートもできるようになる。そうして全部やれるようになると、外部に出ても自信を持って仕事ができる。知財の仕事は時代によって求められることが変わってくるので、コンサル型のほうが変化にも適応しやすい」(川名氏)
「また、狭い意味での知的財産権だけでなく、ノウハウ、データ、パートナーシップなどの無形資産を含めた知財・無形資産が企業価値の重要な部分を占めるようになっている。知財部に求められているのは、各スタートアップの強みとなる知財・無形資産を特定し、それを生かした目指す姿となる将来の事業やビジネスモデルを作ることに参加していくことです。また、従来のように事業部から知財に関する仕事を受けるだけではなく、経営や事業戦略にこちらから積極的に入り込んでいかないと、企業の知財部は縮小され、外部の特許事務所に置き換えられてしまうでしょう。あるいはAIに仕事を奪われてしまうかもしれません」
最後に、スタートアップへの知財支援について今後の目標を伺った。
「KDDIとして150社近くに出資しているうち、私たちが支援できているのはごく一部でしかありません。もっと多くのスタートアップをサポートし、成長に貢献したい。スタートアップのみなさんに、『KDDIに知財のサポートを頼みたい』と思ってもらえるようにしていきたい。
企業の知財部としてスタートアップを支援していると、外部の大手メーカーや社内の他部門から、『スタートアップの支援に携われるなら』と優秀な人財も来てくれています。これからも知財部の特性を生かして人財を育成し、知財業界全体の発展にも貢献していきたいです」