メルマガはこちらから

PAGE
TOP

「経営者やエンジニアこそ知財戦略を学ぶべき」インド発ディープテックに聞くIP創出の考え方

Myelin Foundry 共同創業者兼CEO ゴピチャンド・カトラガッダ氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。

 AI(人工知能)を活用したスタートアップが次々に登場し、技術の独自性を主張するために知的財産戦略が不可欠となっている。インドのディープテック・スタートアップであるMyelin Foundry(マイリン・ファウンドリー)は、携帯電話や自動車で扱えるエッジAI技術で世界から注目され、知的財産の獲得が難しいソフトウェアの開発において、確固たる信念に基づいたIP戦略を進めている。同社のIP戦略を主導する創業者兼CEOのゴピチャンド・カトラガッダ氏に、Beyond Next Ventures株式会社でインド投資をリードする佐野悠一郎氏が話を聞いた。なおBeyond Next Venturesは、Myelin Foundryの主要株主であり、2019年からインドのベンガルールを活動拠点として、インドスタートアップへの出資を積極的に行っている。

Myelin Foundry CEO Gopichand Katragadda(ゴピチャンド・カトラガッダ)氏
Myelin Foundry創設者兼CEO。1990年からAI(人工知能)に関わり、ベンガルールで工学部の学位を取得後、米国の大学で博士号を取り、米国のスタートアップにシニア・リサーチ・エンジニアとして就任し、6年間で40人の研究所を400人へと成長させた。2002年にGE(ゼネラル・エレクトリック)のインド支社で知財チームを率い、その後にインド有数のコングロマリットであるタタ・グループで最高技術責任者兼取締役を務める。さらにAsian Paints、ICICI Securities、Bosch Indiaを経て、IET理事会会長に就任。2019年にMyelin Foundryを共同創業し、CEOを務める。

聞き手:Beyond Next Ventures株式会社 プリンシパル 佐野 悠一郎(さの・ゆういちろう)氏
国際協力銀行・国際協力機構に約15年間勤務し、インドに3年間駐在。民間事業向けにさまざまな金融商品を提供し、スタートアップ向け投資プログラムを立ち上げる。2021年にBeyond Next Venturesへ参画。インド投資チームのリーダーとして、インドスタートアップの新規投資、投資先支援を牽引。国内外でのインパクト投資活動にも従事する。早稲田大学政治経済学部卒業。ハーバード大学公共政策学修士。

グローバル企業にも採用される独自のエッジAI技術を開発

 インドのディープテック・スタートアップMyelin Foundryは、AIとセンサー分野で専門知識を持つエンジニアであるゴピチャンド・カトラガッダ氏(以下、ゴピ氏)と、同じくシステム・オン・チップ分野の専門知識を持つエンジニアのガネッシュ・スリナラヤナン(Ganesh Suryanarayanan)氏によって2019年に設立された。世界中のトップ企業からスタートアップが数多くAI分野への参入を進める中で、二人が挑戦したのが、スマートフォンや自動車で映像や音声データを扱うために開発されたエッジAI技術であった。

 ここで言うエッジとは、映像や音声、テキストなどの非構造化データをデバイス側で処理する技術で、そこから収集されたメタデータをAIによって分析したり、さまざまな活用ができるようにしたりすることで、顧客体験の向上につなげることができる。具体的には、もう少し詳しく説明すると、ビデオストリーミングで映像がエンドユーザーに届く直前にニューラルネットワーク・モデルを使って映像を強化し、広告を挿入する場所を決定することで、コンテンツを収益化につなげるといったものがある。

 自動車の場合は、車内外に設置されたカメラの映像データをクラウドではなくエッジで処理することで、ドライバーの注意散漫や眠気を即座に警告し、事故の回避や低減につなげるなどといった用途が考えられる。これらの技術は他の産業へも応用可能で、例えば目視検査や蛍光浸透探傷検査などにおいて、人手不足を助けるといったこともできるが、Myelin Foundryでは戦略的観点から市場牽引力があるOTT(Over-the-top)ストリーミングと自動車分野向けの技術開発に集中しているという。

「エッジAIへの挑戦を選んだ理由は、世界でも先駆的でありながら、他企業がすぐに追随するのが難しいと考えたからです。現在のAIはエレクトロニクスや半導体チップなどに注目が集まっていますが、私たちはハードウェアにとらわれないAIアプリケーションの開発に注力しており、AndroidやiOSにも対応します。エッジAIに取り組んでいるプレーヤーは他にもいますが、私たちが扱う映像向けエッジAIはユニークで難しいため、自身のAIチームを持つ世界の大手企業も当社の技術を活用している。グローバルファーストでこの分野に5年間取り組み続けており、インドでも極めて異質な存在だといえます」(ゴピ氏)

知財とは、パートナーと安心して仕事をするためのものである

 Myelin Foundryの知財戦略は、1990年という早い時期からAI研究に携わり、知財分野でも30年以上の経験を持つゴピ氏が主導している。2002年にGE(ゼネラル・エレクトリック)のインド支社で研究部門における責任の一端を担い、世界でも最大といえる100人規模の知財チームを率いていたこともあるゴピ氏は、アプリケーションを中心としたIP創出を目指している。

「ご存知のように、ここ最近で生成AIが重要な役割を果たすようになり、OpenAIのような企業に数十億ドルの資金が投入されています。私たちのようなテクノロジーを扱うスタートアップは、アプリケーション分野で斬新なアイデアを目指すべきであり、そこに大きなチャンスがあります。LLMや拡散モデルの開発、トランスフォーマーといった開発によって、コンテンツの拡張やメタデータ生成のためのIP保護ができると考えています」(ゴピ氏)

 出願分野は、スマートフォン向けのメディアやエンターテインメントと、自動車向けのエッジに適用されるAIで、すでに10件以上を出願済みだ。

 ゴピ氏が考える知財戦略へのアプローチは、1つの特許だけで特定分野の知財を守るのは非常に難しいことから、いくつかのエリアを選んで特許の藪を作るというもので、さらに保護した知財はパートナーや顧客とのコラボレーションにも活用している。

「スタートアップ企業として言わせてもらえば、知財とは、人を寄せ付けないようにするのではなく、自分の作品を守ってくれているパートナーと安心して仕事をするためのものだと考えることが重要です。一部のIPについてはライセンス料を請求し、顧客とともに次の新しいIPを共同開発することもできるからです。

 Myelin Foundryでは、デバイスのエンドポイントにあたる部分でライセンスをしようとしていますが、スタートアップが単体で交渉するのは非常に難しく、現時点では車のモデルや使用年数、あるいは顧客数ごとにライセンスを供与しています。特に自動車業界の場合、新しいモデルが市場に出るまで最短でも3年はかかり、安全性に関わる場合はさらにもう少し時間がかかります。だからこそパートナーとともに歩む時間が必要で、特許を取得し、それを共有することで、他の人たちもやる気になると考えています」(ゴピ氏)

アルゴリズムやソフトウェアの優れた改良は特許になり得る

 ゴピ氏はインド工業連盟スタートアップ協議会の一員であり、今年から英国人以外では初となる英国工学技術協会(IET)の会長を務めている。また、エンジニアリングのコミュニティに恩返しをするため、非営利のスタートアップ2社を指導しているという。そうした経験からエンジニアや経営者が知財についてトレーニングすることが重要だと提言し、インド全体での取り組みを促進しようとしている。

「私の目標はMyelinを成功させると同時に、インドのスタートアップエコシステムを成功させることで、より多くの企業が知財を生み出せるようになることが、個人的には成功だと感じています。しかし、企業は知財戦略をアウトソーシングすることはできません。組織のすべてのリーダーが知財のトレーニングを受けることは良いことであり、技術者は少なくとも知財を理解した上で戦略を立てるべきです」(ゴピ氏)

 課題の一つとして、インドは(他の国に比べて)文書化の習慣が少ないため、まず技術者が自分の仕事を文書化することから始めなければならないとゴピ氏は強調する。そのうえで、知財やグローバルでの先駆的な考えについてオープンに議論することを勧めている。IIT(インド工科大学)には、エンジニアを知的財産弁護士にするコースがあり、WIPO(世界知的所有権機関)にも知的財産に関する基礎コースがあり、インターネット上で無料受講できるという。

 どの国でも同様だが、知的財産を取り巻く仕組みはその国特有のものがあり、そうした点を考慮しなければならないとゴピ氏は指摘する。大企業でさえ理解していない側面がたくさんあるという。

 また日本のスーパー早期審査(https://ipbase.go.jp/support/supportxip/page01.php)と同じく、インドの特許庁には非常に早く特許付与がなされる取り組みもある。しかし、独占の引き換えには完全な情報開示がなされるため、権利付与の時期を早めることが戦略上ベストではない場合もある。

 アルゴリズムやソフトウェアという応用分野で特許を取得するのは困難だが、ゴピ氏は優れた改良は特許になるはずであり、それ以外にも会社にとって金銭的な見返りがある特定のものを選んで特許を取得しなければならないとアドバイスする。

インドと日本がグローバルに連携する可能性とは

 インドのビジネス全体では、B to Cを目指すスタートアップがインド市場だけで成功するのは非常に困難なことから、グローバルな顧客にサービスを提供できるかどうかが成功につながるとしている。海外提携先として日本との連携の可能性については、参入が難しいが一度関係ができれば長期的なものになる点を評価しており、「我々にとって大きなチャンスになるかもしれない」とゴピ氏は述べる。

「日本はチームワークの良さ、プロセスや物事を正確に行うことで知られているが、一方でそれは時間がかかるときもあります。アジアでいくと韓国には『パッリパッリ(빨리빨리)』という文化がありますが、起業家精神としてはそうした物事を素早く行うことが大事で、日本のスタートアップエコシステムもそれを学びつつあると思います。

 私たちとしては、今後は自動車の安全面やインフォテインメント(情報取得と娯楽体験が一体となったサービスやシステム)などで、日本の自動車メーカーとコラボレーションしていきたいと考えています。メディアやエンターテインメントの分野でも力を発揮できるだろうし、私たちには優秀な人材がいるので、そこに加わることができればと」(ゴピ氏)

■関連サイト

合わせて読みたい編集者オススメ記事

バックナンバー