地理空間情報の第一人者が指摘する、Project PLATEAUの「これからの課題」
東京大学空間情報科学研究センター 関本義秀教授、アジア航測 CDXO 政木英一氏が語る
提供: アジア航測
都市デジタルツインの実現を目指し、国土交通省がさまざまなプレイヤーと連携して推進する「Project PLATEAU(プロジェクト・プラトー)」。今年度もPLATEAUを活用したサービス/アプリ/コンテンツ作品コンテスト「PLATEAU AWARD 2024」において、幅広い作品を募集している。賞金総額は200万円となっている。
本特集ではPLATEAU AWARD 2024の協賛社とともに、PLATEAUの先にどんな未来を思い描くのかを探っていく。
2020年度にスタートした「Project PLATEAU」が5年目を迎えた。プロジェクトに参画し、3D都市モデルのデータ整備やその活用に携わる自治体、企業、団体は順調に増えている。また、2023年度からは国際展開も視野に入れた取り組みも始まっている。
もっとも、プロジェクトのスコープを考えると、現在は“まだ5年目”と見ることもできるだろう。昨年度発表された「PLATEAU Vision 2023」では、プロジェクトがフェーズ1(実証/PoCフェーズ)からフェーズ2(実装フェーズ)へと歩を進めたことが宣言されている。PLATEAUの活用がマジョリティ層まで拡大するゴール(フェーズ3)までには、まだ達成しなければならないことも多いはずだ。
今回は、地理空間情報領域の第一人者である東京大学空間情報科学研究センター(CSIS)センター長の関本義秀氏と、アジア航測 取締役・CDXO DX戦略本部長の政木英一氏に、これまでのPLATEAUについての評価、今後の進化に向けて残された課題、これから業界関係者が取り組むべきことをうかがった。聞き手は角川アスキー総合研究所の遠藤諭だ。
5年目を迎えたProject PLATEAU、これまでの成果は
――(アスキー総研 遠藤)今回は、Project PLATEAU以前から長年にわたって地理空間情報分野に関わってこられたお二人をお招きしました。まずは、これまでのProject PLATEAUについてどう評価しておられるか、それぞれお聞かせいただけますか。
CSIS 関本氏:都市の3Dモデルが「PLATEAU」という形に集約され、可視化や活用ができるようになったことで、プレゼンスは国内でも海外でもかなり高まったと思います。
実はPLATEAU以前から、各自治体では都市にある建物の2次元形状、階数といった情報を持っていました。ただし、それを3次元で可視化する技術がなかったり、オープンデータにできなかったりして、世の中には知られていませんでした。われわれ東大や国土交通省では研究会を開き、活用を推進しようとしていたのですが、そうしたなかでProject PLATEAUが立ち上がりました。
Project PLATEAUが成果を挙げた背景には、共通フォーマット(CityGML)で3D都市モデルを標準化したことに加えて、自治体が行うデータ整備に対して国の予算が付いたこと、エンジニアやデザイナーといった利用する側のコミュニティ形成にも注力したこと――といったさまざまな要因があります。
わたしは産官学で構成される「PLATEAUコンソーシアム」の事務局長を務めています。コンソーシアムには登録会員として自治体、企業が参加していますが、現在の会員組織は300近くまで増えています。
――PLATEAUはそこまで成長したわけですね。それでは政木さんは、これまでのPLATEAUの活動をどう見ていますか。
アジア航測 政木氏:わたしは30年近く地理空間情報の業界に身を置いて、その標準化に取り組んできました。その立場から言うと「やっとここまで来たか」というのが正直な感想ですね。
PLATEAU以前にも、たとえば道路データ、河川データの整備や普及を目指すプロジェクト、地理空間情報活用推進基本法(2007年)制定後のデータ標準化や普及のプロジェクトなどに携わっていました。しかし、そうしたプロジェクトは“立ち上がっては消える”を繰り返してきた歴史があります。PLATEAUは、過去の失敗事例と成功事例をうまく整理したうえで、プロジェクトが推進できていると思います。
わたしは、PLATEAUが成果を挙げてきた最大の要因は「自治体を巻き込んだ」ことだと考えています。国がある程度のお金を出して自治体がデータを整備し、現在はそのデータの活用方法についても各自治体が考えるところまで来ています。
これからの課題はサステナビリティ、その鍵は「自治体業務での活用」
――いまお話しいただいたように、PLATEAUは一定の成果を挙げてきましたが、まだまだ“ゴール”ではありませんよね。PLATEAUの現状について、どのような課題があるとお考えですか。
関本氏:大きな課題は、PLATEAUを自治体業務で活用するルールづくり、“仕組み化”ができていないことだと考えています。法律でも省令でも通達でも何でも構わないのですが、自治体業務の中で「3次元データを使わなければならない」ものを定めること。経験上、そうした政策的な合意がないと、プロジェクトとして長続きしないんですよ。
先に触れたとおり、産官学のコンソーシアムはありますが、民間企業の場合は「オープンデータが整備されていれば使うが、なければ使わない」という話にしかなりません。やはり、データ整備を行う「官」の内部でもその必要性を担保しなければ、時間が経って担当者が変わるだけですぐに潰れてしまうようなことにもなりかねません。
もともとCityGMLを開発したのはドイツのミュンヘン工科大学ですが、開発のきっかけは、都市の環境騒音を規制する法律ができて、それに求められるシミュレーションを行うために3D都市モデルが必要になったことだそうです。わたしも最近それを知り、日本のPLATEAUにもそういう観点がないとまずいなと危機感を持ちました。
――将来的にもデータの整備と更新を続けていくためには、自治体業務の中にきちんとPLATEAUを位置付けて、「官」の中でも活用される仕組みづくりが必要だと。それが次の課題というわけですね。
関本氏:「次の課題」というよりも、本来はもっと早くから考えなければならなかったことだと思います。これまでのPLATEAUは、どちらかと言えば「外」(自治体以外のユースケース)へのアピールを中心に走ってきていて、それはそれである程度成功しているのですが、やはり本丸は自治体業務での活用だと思います。
政木氏:わたしも同感ですね。先ほどは「自治体を巻き込むことに成功した」と評価しましたが、これからみんなでもう一踏ん張りして、自治体の日常業務にPLATEAUのデータを根付かせること、そして継続的なデータ更新まで持って行くことに取り組まなければならないと思います。
自治体の業務は法律に基づいて動くわけですが、実は地理空間情報を活用する業務は多くあります。ただし、そこで「PLATEAUのデータを活用する」と明示しないと、プロジェクトとしてサステナブルにならない。自治体業務とPLATEAUとのひも付け、このあたりの整理が今後の課題ですし、それがクリアできれば継続性のあるプロジェクトになると思います。
――なるほど。ちなみに、どんな自治体業務への適用が考えられるでしょうか。
関本氏:たとえば3次元のハザードマップ作成、シミュレーションや可視化を行うことで、よりリアルに災害のリスクを伝えることができるでしょう。ほかにも、開発許可申請を3次元でシミュレーションして土砂災害などの危険性を検討する、灼熱化している都市の気温や気流をもっと高精度にシミュレーションして対策に役立てるなど、都市のデジタルツインを構築してシミュレーションを行う、そうした業務活用が考えられます。
政木氏:PLATEAUが持つデータの特徴は、位置精度や品質がきちんと担保されていることです。つまり、リアルの(現実の)世界とサイバー空間とがほぼ一対一で対応する、“高精度に重ね合わせる”ことができるデータだということです。その特徴を生かせば、AR(拡張現実)的な活用が可能になります。
たとえば、都市の地下空間は地上を歩いていても見えないわけですが、そこに正確な3次元の地下空間を重ね合わせれば、上下水道やガス管などがどこを走っているのかが見えるようになる。こうしたことが実現できれば、業務の効率化にもつながってくると思います。
5年後のPLATEAUはどのような世界か、そのために必要なアクションは
――今後についての見解も教えてください。これから5年後、PLATEAUや地理空間情報の世界はどのように発展していると思われますか。5年後というと2029年ですね。
政木氏:昨年度発表された「PLATEAU Vision 2023」では、2027年度までに全国500自治体でデータ整備を完成させたいとうたっていますね。500自治体まで拡大したら、PLATEAUを活用したサービスが次々に提供され、それによってPLATEAUが「デジタルインフラ」としての価値を高めるフェーズ3に入る、という目標です。
関本氏:PLATEAUはあくまでもデータであって、サービスではありません。そういう意味では、それを活用したサービスや政策が増えてPLATEAU自体が目立たなくなる、PLATEAUがあえて話題に上ることもなくなる、それが理想的なのだろうと思います。
――門外漢からすると、PLATEAUによって5年後の世界がどうなっているのか、もう少し具体的なビジョンを見せてほしいな、とも思うんですが。
関本氏:国としては、あくまでデータ整備、デジタルインフラの整備を行うというスタンスなので、このくらいが妥当じゃないでしょうか。
政木氏:そのあたりは、われわれを含むProject PLATEAUに参画している民間企業が、「何年後には具体的にこういう世界を作っていく」と積極的に発言しないといけないんでしょうね。そこまで国に言ってもらわないといけないようでは駄目だという気がします。
現在では、データを活用する側の企業もかなり参画してきています。そうした方々のアイディアを5年間でどんどん実現して、PLATEAUのショールームのようなものができているといいですよね。そうすると加速度的に拡大するかもしれない。
――これからのフェーズでは、PLATEAUのデータを活用する側が担う役割が大きくなってくるわけですね。
政木氏:そうですね。今日の議論でたびたび話題に上った「自治体業務での活用」についても、PLATEAUを活用してサービスを開発する民間企業の側から積極的に「PLATEAUの活用で行政のDXが進みますよ」「業務がこんなに高度化しますよ」と提案していかなければならないと思います。公共向けサービスとなると、どうしても既成概念から逸脱したアイディアを提案しづらくなりますが、むしろ「行政の仕事を変えていく」くらいのマインドで挑まなければと。
もちろん、われわれアジア航測のようなデータサプライヤーの側にも、やるべきことはたくさんあると考えています。「国や自治体がお金を用意してくれない限り動きません」なんて言っていたら、大きなビジネスチャンスを逃してしまう。こんなチャンスは二度とないでしょうから、やはり業界としても考えていくべきだと思います。