買収失敗はなぜ起こるか。上場企業経営者が陥る「幻想のスタートアップ」の典型例
スタートアップ買収とスピンアウト取引、失敗の構造を解き明かす――その2
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買収後のスタートアップの取扱いの間違い
スタートアップ買収により上場企業が買おうとしているものがよくわからない事例として、買収後のスタートアップの経営を買収者である上場企業が支配してしまい、自らの企業文化にスタートアップを融合させようとする例があります。
多くの伝統的な上場企業は、スタートアップのイノベーティブな事業創出力という、自らが持っていないものを手に入れるためにスタートアップを買収します。既存の顧客を相手とするビジネス、過去の事業モデルに最適化した組織構造を築き上げてしまったがゆえに、新しいものを生み出しにくくなっているという課題を解決するために、スタートアップの買収という手段を選択しているのに、買収したスタートアップを自らの組織文化に染め上げてしまっては、その価値は毀損されてしまいます。
スタートアップのイノベーティブな組織文化を形作っているのは、人と場所です。組織文化を破壊することなく、一定の時間をかけて、徐々にスタートアップが生み出す価値を自社のものにしていくことが必要です。
そのためには、性急な買収後の統合はご法度で、経営陣を維持したまま、組織がコミュニケーションをとるフィジカルな場所であるオフィスと、サイバースペースすなわち経営管理システムを保全していくことが大切です。スタートアップに対するマイクロマネジメントの要因となるグループ会社管理のためのルールにも、例外を設けておくことが効果的でしょう。
こうした方策は、M&Aの文脈でしばしば語られるような買収後の統合策とは真逆に聞こえるかもしれません。しかし、購入する対象がこれまで伝統的な上場企業が買収してきたような会社とは異なる性質の会社で、その会社の価値を獲得するために買収をしているのですから、その目的を達成するために最適な買収後の会社との付き合い方をしなければいけません。
スタートアップ買収により何を買うのか
以上、スタートアップ買収を間違える典型的なパターンをかいつまんで紹介しました。ここで最初の問いに戻って、上場企業はスタートアップ買収によって何を買おうとしているのか、改めて考えてみましょう。
まず、スタートアップの買収によって、ビジネスモデルが完成され(=顧客があり継続的に収益が出ており)、内部統制が効いている(=人ではなく仕組みによって組織が動いている)事業体が手に入ることはありません。そのような会社はスタートアップではないので、そのようなスタートアップを求めることは幻を追いかけていることになります。
次に、株式さえ手に入れて支配すればスタートアップを買収できると思わないことです。多くの日本の上場企業にとって、スタートアップが魅力的に見える源泉はイノベーティブな組織文化にあり、これは起業家のパッションに紐づいています。株式を買っても起業家の心は買えません。
既存の顧客に対するビジネスに最適化した組織を磨き上げた上場企業にとって、スタートアップの買収は、レガシーがないことによって上場企業では構造的に採ることができない戦略で新たなマーケットを攻めることができるイノベーションに最適化した組織を手に入れることであるはずです。
組織とは人が集まりコミュニケーションすることによって目的に向かって有機的に機能するものであり、人と人をつなげて掛け算の力を発揮する源泉は組織文化です。すると上場会社は究極的に、スタートアップ買収によってイノベーティブな組織文化を手に入れようとしているということができます。より端的に言うと、上場会社はスタートアップ買収によって両利きの経営を獲得しようとしているわけです。
そして残念なことに、スタートアップ買収を目指す多くの上場企業は、自身がスタートアップ買収によって両利きの経営を手に入れようとしているのだという真実に気づいていません。この点に気づいていないので、幻を追いかけたデューディリジェンスをしてみたり、目的との関係で効率的とはいいがたい買収ストラクチャを描いたり、合理的ではない買収後の統合を試みたりして、スタートアップの価値を破壊する惨状が繰り返されてしまうのです。
著者プロフィール
増島 雅和
森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士(日本/NY州)・弁理士。シリコンバレーの法律事務所でスタートアップ法務に携わった後、金融庁に転じ銀行・保険監督に従事。シンクタンクのフェローを経て現職。シード投資のスタンダード「J-KISS」を開発するほか、様々な有識者会議でスタートアップ政策やオープンイノベーション、知財・データ・デジタル政策などを提言し、日本をアップデートする活動にコミットしている。
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