コーポレートベンチャリング:ベンチャー・スタートアップ企業に限定したオープンイノベーション活動の要点
コーポレートベンチャリングの手法
オープンイノベーションの手法と同じく、コーポレートベンチャリングの手法にもさまざまなものがある。しばしば言及されるCVCはその中の1つに過ぎない。CVCがあると出資を前提とした協業だけに焦点が当たりがちになるが、より大きなコーポレートベンチャリングチームやオープンイノベーションチームがあれば、出資以外の打ち手についても幅広く検討できる。
手法間の比較についてはスペインのビジネススクールであるIESEのPratsによる一連の報告が参考になる。2017年には、上記のようにコーポレートベンチャリングの進め方や手法が紹介されている。
続く2018年の報告では、コーポレートベンチャリングの現状に関して米国・欧州の大企業にインタビューした結果や各手法のベストプラクティスが紹介されている。
●イノベーションの速度が大きい業界ほど、早くからコーポレートベンチャリングを行ってきた企業が多い
●取り組みの成熟度が似ている企業は異なる業界でも類似した課題に直面している
●多くの企業が他社の事例を単純に模倣するところから活動を始めるが、すぐに各々の目標に適した手法を選ばないといけないことに気づく
●コーポレートベンチャリング部門の成熟度ごとに好まれる手法が異なっている
●コーポレートベンチャリングの評価指標として最も重視されているのは財務的リターンである
さらに2019年には、コーポレートベンチャリングの各手法が要する時間とコストに関して米国・欧州・アジアの大企業に対してインタビューした結果が紹介されている。
●協業パートナーであるベンチャー企業の成熟度によって、有効な手法が異なる
●コーポレートベンチャリングの手法を選択する際、プロセスに要する時間と価値を生み出すために必要なコストを考慮しなければならない
●どの手法でも統合段階で最も時間が掛かる
●アジャイル原則を採用している企業は各手法の実施に要する時間を短縮できる
●一部の企業はいくつかの手法において、効率的に機会から価値を生み出している
以上のように、オープンイノベーション活動の中の1つのカテゴリーであるとはいえ、コーポレートベンチャリングに限ってもさまざまな手法があって使い分けが難しい。また出資が絡む案件を扱うには相応の知識が必要であるし、ベンチャー企業が集まるエコシステムには独特のものがある。よって専属の担当者やチームを置いて活動し、知見を集約していく形が望ましい。
コラム:コーポレートベンチャリングに関するChesbroughの見解
Chesbroughは2020年の著作の中で、2つのポイントについて言及している。1つ目はベンチャー企業が大企業に対して、資金よりも最新のツール・技術・チャネル・顧客へのアクセスに期待している点である。もう1つは、大企業は従来の株式ベースのアプローチでは時間が掛かり管理に手間を要するために規模の拡大が難しいと感じており、出資をしない軽量型の協業モデルが用いられるようになってきている点である。
*Chesbrough, Henry [2020], Open Innovation Results: Going Beyond the Hype and Getting Down to Business, Oxford University Press.
コーポレートベンチャリングと支援組織
コーポレートベンチャリングにおいても、自社単独で実施するだけでなく、社外の第3者を活用できる。これに関して2020年のIESEの報告では、コーポレートベンチャリングの支援組織をイネーブラーと呼び、その活用に関してアジア・南北アメリカ・欧州の大企業に対してインタビューした結果を紹介している。
●イネーブラーはコーポレートベンチャリングを実施する企業とスタートアップ企業を仲介する。例えば以下のような組織である:
・プライベートアクセラレータ
・プライベートインキュベータ
・研究機関
・大学
・ベンチャーキャピタル
・エンジェル投資家
・プライベートエクイティファンド
・専門サービス企業
・政府
・大使館
・商工会議所
・シンクタンク
・他の企業
●イネーブラーを活用するときはコアビジネスへの影響に気を付ける
●イネーブラーを選定するときは能力面を重視する
●専門サービス企業以外のイネーブラーにも目を向ける
●コーポレートベンチャリングチームは他の企業にサービスを提供するイネーブラーとなり得る
●イネーブラーをうまく活用すればコーポレートベンチャリングの生産性を上げられる
*Siota, Josemaria and Mª Julia Prats [2020], Open Innovation - Improving Your Capability, Deal Flow, Cost and Speed With a Corporate Venturing Ecosystem, IESE.
さらに2021年には企業がイネーブラーから得られるベネフィットと、逆に企業がイネーブラーに与えられるベネフィットに関してアジア・南北アメリカ・欧州の大企業に対してインタビューした結果を紹介している。コーポレートベンチャリングを実施する企業への示唆は以下の通り。
●求める便益に適したイネーブラーを活用する
●イネーブラーを惹きつけるために資金以外のものも提供する
●他の企業と共同でコーポレートベンチャリングを実施する
●複数のイネーブラーをまとめるメタイネーブラーを活用する
*Siota, Josemaria and Mª Julia Prats [2021], Open Innovation - Unlocking Hidden Opportunities by Refining the Value Proposition Between Your Corporation and Corporate Venturing Enablers, IESE.
本連載第4回で紹介した仲介業者は、イネーブラーの中の主に専門サービス企業に相当する。これらはその他の協業パートナーの探索にも役立つが、プライベートアクセラレータ・プライベートインキュベータ・ベンチャーキャピタル・エンジェル投資家・プライベートエクイティファンドなどは、ベンチャー企業のみが対象となる。よってコーポレートベンチャリング担当チームが責任を持って、関係性を構築・維持していくとよい。