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ビットバレーから続くエコシステムをグローバルへ 渋谷スタートアップ施策

渋谷区役所 産業観光文化部 グローバル拠点都市推進室の中屋力氏インタビュー

 90年代の渋谷ビットバレーの時代から日本のIT系ベンチャーの発展を支え、現在も日本のスタートアップエコシステムの中心地である渋谷区。2020年からはグローバル拠点都市に認定され、海外起業家や高度人材の流入、国際競争力の高いスタートアップ創出へ向けて、数々の施策を打ち出している。2月にはグローバルスタートアップ育成機関「シブヤスタートアップス株式会社」を設立し、国際的なスタートアップ・コミュニティの形成を目指す。渋谷区役所 産業観光文化部 グローバル拠点都市推進室の中屋力氏に、渋谷区のスタートアップ支援の取り組みについてお話を伺った。

中屋力氏(渋谷区役所 産業観光文化部 グローバル拠点都市推進室 グローバル拠点都市推進主査 主任)

海外人材と投資を呼び込み、国際競争力の強化を図る

 渋谷区では、2020年に内閣府のグローバル拠点都市に東京圏が認定されたことを受け、グローバル拠点都市推進室を発足。日本の課題でもある国際競争力の強化に向けて、自治体として海外人材や投資の呼び込みに重点を置いている。

「海外に目を向けると、先進的な自治体では市長自らが投資家や起業家にSNSなどで直接アプローチして人材や企業を呼び込み、国に頼らずに経済的に自立して地域を豊かにしています。渋谷もそうなれたら」と中屋氏。

 90年代に渋谷は「ビットバレー」と呼ばれ、GMO、サイバーエージェント、DeNA、ミクシィなど150社以上がIPOし、IT系企業の拠点として発展してきた歴史がある。こうした基盤のもとに、2000を超えるスタートアップが渋谷に集結し、うち200社以上はディープテック企業で構成されているという。100カ所以上のコワーキングスペース、60社以上のVC、アクセラレーター、さらにはGoogleのようなテックジャイアント企業が渋谷に拠点を構えており、国内では恵まれた環境とはいえる。それでもなお、国際競争力のあるスタートアップはなかなか生まれていないのが現状だ。

環境整備、国際化、実証実験の3つの取り組み

 国際競争力のあるスタートアップを生み出すため、渋谷区では、(1)環境整備 (2)国際化 (3)実証実験の3本を柱に取り組みを進めている。

 環境整備としては、渋谷区と民間企業によるコンソーシアム「Shibuya Startup Deck」(関連サイト)を2020年に設立し、約170社の企業が会員として参加。金融、不動産など課題ごとの部会を立ち上げ、スタートアップが事業に集中できるように各種支援サービスを検討している。

渋谷区と民間企業によるコンソーシアム「Shibuya Startup Deck」

 金融サービスでは、みずほ連携と連携して「法人口座開設サポート」(関連サイト)を提供。従来、法人口座の開設には3カ月程度の時間がかかっていたが、渋谷区がスクリーニングしたスタートアップは最短1~2週間で口座開設できる。

 またオフィスの引っ越しが多いスタートアップ向けの不動産サービスとして、「居抜きマッチングサイト」(関連サイト)を開設。スタートアップは会社の成長に合わせて頻繁に転居するため、居抜き物件と相性がいい。さらに、退去時の原状回復に関するトラブルを防ぐための居抜きガイドラインを不動産部会で策定し、公開している。

「居抜き活用による賃貸事務所入居・退去ガイドライン」(関連サイト・PDF)

居抜きマッチングサイト「knot」

 また、コンソーシアム「Shibuya Startup Deck」の文化部会は、パブリックアートプロジェクト「ENLIGHTEN(エンライトン)」を2023年2月に実施。渋谷駅前の柱や工事中のフェンスをアーティストに無償提供し、掲載された作品のQRコードを読み取り購入できる仕組みだ。

 そのほか、起業家育成プログラム「Shibuya Startup University」(関連サイト)を実施。2022年度は第1期生として31名が、10月~12月まで全10回のプログラムに参加した。

スタートアップビザの発給、海外向けメディアの情報発信で起業家を誘致

 国際化としては、経済産業省のスキームを活用して通称「スタートアップビザ」を導入。スタートアップビザは、海外から起業家を招き、起業準備として最大1年間ビザを発給する制度だ。渋谷区ではこの1年半で500件以上の問い合わせがあり、28社に付与している。招致した海外起業家には、住居探しや銀行口座の開設、携帯電話の契約手続きといった生活面のサポート、スタートアップビザから経営管理ビザへの移行、VCや大企業の紹介なども行っている。

 スタートアップビザのホルダーは、クリエイティブオフィス「PORTAL POINT SHIBUYA」を1年間無料で利用できる。ほかの入居者・利用者とのコミュニティ形成を促進するため、英語によるスタートアップ関連イベントが頻繁に開催されているそうだ。

 海外への情報発信にも力を入れ、2022年11月には日本のスタートアップシーンを英語で発信するグローバルメディア「Blackbox」(https://www.blackboxjp.com/)を開設。国際イベントにも積極的に参加して着実に認知度を高めており、Shibuya Startup SupportのLinkedInのフォロワー数は2500人超(2023年3月現在)と国内自治体の英語アカウントの中で最も多い。

スタートアップ・グローバルメディア「Blackbox」

実証実験を通年募集、区民モニターの利用で早期のサービス実装へ

 渋谷区の実証実験事業は2020年6月から開始し、応募期間を設けずに通年で受け付けている。応募件数280社以上、約60社を採択しており、株式会社バカンのトイレの空き状況サービスなど6件はすでに区内で実装されているそうだ。

 渋谷区の実証実験では、区民がモニターとなり、実証実験に協力しているのも特徴のひとつ。現在は約1200人がモニターに登録し、実際にサービスを利用することで早期の実装につなげている。

 渋谷を拠点に置く東急やGMOなどもスタートアップ支援に積極的で民間のプログラムも豊富にあるが、自治体がサポートするメリットは、所管課との連携が必要な教育や公衆衛生など社会課題に寄り添ったサービスを事業化できることだ。例えば、2019年の「第1回 渋谷サステナブル・アワード」で大賞を受賞した一般社団法人CLEAN&ARTの活動は、渋谷区の受託事業として「渋谷区落書き対策プロジェクト」(関連サイト)を実施している。

渋谷区落書き対策プロジェクト

 今後はさらに渋谷区の各課が抱える課題、コンソーシアム会員の企業が抱えている課題を可視化し、解決するためのアイデアや技術をもつ国内外のスタートアップを広く募集していく計画だ。

入国直後の口座開設、経営と管理ビザの更新要件緩和、NFT取引の課税改正を提案

 「国内の都市同士でスタートアップを取り合っていても先がありません。国外からの流入を増やすために、国際化と外国人高度人材の誘致に最も力を入れています」と中屋氏。

 その壁になるのが日本の法制度だ。通常、外国人は入国後6ヵ月間も居住者口座を作れない。また、日本の中長期ビザは高学歴かつ高所得者を対象にしており、優秀な連続起業家やエンジェル投資家は新たに会社を立ち上げるか、どこかに雇われないと日本に長期滞在ができない。

 渋谷区では、国家戦略特区としてスタートアップビザ保持者の入国直後の口座開設を可能にする制度や、渋谷区が推薦する外国人人材の経営や管理ビザの更新要件緩和などを提案し、口座開設については提案が通り、2月から全国で実施されているとのこと。

 いま注目のweb3領域ビジネスには日本の税制が問題になる。日本では暗号資産やNFTは雑所得として扱われるため税率が極めて高い。NFT分野の起業家は税制の優遇されている国に流出しているのは大きな損失だ。他国に流れた優秀な人材を呼び戻すにはNFT取引課税の改正が求められる。

シブヤスタートアップス株式会社は「スタートアップ・チリ」をモデルに持続的な支援を提供

 2023年2月には東急株式会社、東急不動産株式会社、GMOインターネットグループ株式会社の3社と共同で、グローバルスタートアップ育成機関「シブヤスタートアップス株式会社」を設立。モデルとなったのはチリ政府のインキュベーター「スタートアップ・チリ」(関連サイト)だ。

 スタートアップ・チリは、2010年の設立から10年間でラテンアメリカ最強のエコシステムを構築し、世界的ユニコーンも2社輩出している。

スタートアップ・チリ

「もちろん、100パーセント模倣ではなく、行政が入った支援機関という部分をモデルとしています。何もないところからどのように支援施策を進めていったのかを参考にしました。チリ政府はエクイティを取っていませんが、さらに収益を得られるモデルにできればサスティナブルです」(中屋氏)

 自治体のプログラムは民間アクセラレーターに委託するケースが多いが、プログラム期間内に成果を出すことを優先してしまい、持続性が乏しいのが課題だ。シブヤスタートアップス株式会社は、自治体と民間がそれぞれ出資することで継続的な支援を提供し、いずれ企業価値の高い企業が輩出されるようになればエクイティファイナンスで投資回収して、出資に頼らずに自走していくことを目指しているそうだ。

クリエイティブオフィス「PORTAL POINT SHIBUYA」

■関連サイト

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