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視覚障害者向けの歩行アシスト機器など登場 北九州市の「IoT Maker's project」デモデイ開催

「IoT Maker's project」2020年採択の5社による成果発表会

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  北九州市が有望な製品開発に挑むスタートアップを支援する「IoT Maker's Project」で、2020年採択の5社による成果発表会「Demo day(デモデイ)」が2021年3月26日、同市小倉北区の九州芸術劇場で開かれた。

 2017年から取り組み、今回で4回目。1901年の官営八幡製鐵鉄所の設営以来の「ものづくりDNA」をもつ同市が、IoT(モノのインターネット)ビジネスをテーマにプロトタイプ(試作品)開発に必要な資金を提供し、専門家によるアドバイスや実証実験、事業化まで支援する。採択企業による製品化も出てきたという。

 今回は全国から82件の応募があり、選ばれた5社は2020年10月から半年間にわたって開発に特化したセミナーや専門家の助言のほか、知財や量産化のアドバイス、実証実験の場の提供を受けてビジネスアイディアを磨いてきた。

  またプロジェクトは5社と並走する第一交通産業株式会社、株式会社ドーワテクノス、トヨタ自動車九州株式会社、株式会社ラックの4社が「共創企業」として参加するのが特徴だ。開発経験のないスタートアップをものづくりのプロがサポートし、共創企業との新規事業やコラボレーションの機会がある。

 投資家で株式会社ABBALab代表取締役の小笠原治氏、PMF(プロダクトマーケットフィット=市場で支持される商品やサービスを作ること)指導で株式会社Shiftall代表取締役CEOの岩佐琢磨氏、マーケターで株式会社マクアケ取締役の木内文昭氏の3人のプロジェクトメンターは、オンラインでデモデイに参加した。デモデイの様子を紹介する。

KiQ Roboticsの誰でも簡単に使えるロボットパッケージ「Quick Factory」

 トップに登壇したKiQ Roboticsの創設者兼代表取締役CEO、滝本隆(北九州工業高等専門学校特命教授)は、「Quick Factory」を紹介した。工場の生産現場で使われるアーム型ロボットを誰でも簡単に導入できるパッケージだ。ロボットとハンド、ビジョン(カメラ)、エンジン、アプリケーションをまとめて提供する。想定金額は500万円から。共創企業は株式会社ドーワテクノス

 ロボットが決められた場所にあるものをつかんで動かす。この動作のプログラミングを「作業前」と「作業後」の2枚の写真をロボットに認識させるだけでセットアップできると特許出願中だ。どんな動きをすればいいかをロボットが自動で判断する。配置換えでロボットを違う場所に動かすレイアウト変更にも柔軟に対応できるなど、多様なシーンで使える。

 会場では、市販のロボットでコーヒーを入れる作業をデモンストレーションした。アームに人の指のようなやわらかさのあるハンドを取り付けてあり、カップを取ってコーヒー抽出マシンに置いてコーヒーをそそいで取り出し、滝本氏の前まで持ってきた。ロボットに取り付けたカメラで作業の前と後の写真を見せ、スマートフォンで操作してプログラミングした。

 人集めが難しくなった工場だけでなく、弁当の盛り付けなど繰り返し作業の自動化や、コロナ禍で接触を避けたい接客などをロボットにさせたい作業ニーズは多い。だが産業用ロボットは半完成品で、実作業をさせるプログラミングが必要だ。その高い難易度を下げるのがQuick Factoryだ。何でも持てるハンドがついおり、複雑なプログラミングや高価なコントローラーも不要になる。

 工場・生産現場では部品の整列や機器への設置と取り出しを想定。工場以外の一般企業や商店では片付けや料理の配膳、洗濯物の投入・取り出しなどを想定する。滝本氏は「まず製造業のさまざまな作業での活用を期待している」と述べた。その上で、「製造業以外でもロボット導入で自動化できるシーンがたくさんある」として、ロボットによる業務の自動化に手が届くと強調した。

kitafukuのワーカーの新しいカイゼンを支援する「みまもるワーカー」

 2番目は、横浜市のkitafuku(きたふく)の松坂匠記 代表取締役が「みまもるワーカー」を披露した。製造業ワーカーの「カイゼン」(改善)を支援する腕時計型IoTデバイスで、位置情報を取得する。共創企業のトヨタ自動車九州株式会社の協力で現場の困りごとを何度もヒアリングした。デザインと開発で西日本工業大学デザイン研究所の中島浩二所長と、合同会社Next Technologyの秦裕貴代表が支援した。

 カイゼンに不可欠な「見える化」では、ムダな動きはないかと作業の動線や時間を1週間近くも作業者に張り付いて観察する。もし位置情報が自動的に取得できるなら張り付いて観察しなくても作業効率の改善や負荷を減らす提案ができる。プレゼンでは身に着ける子機が発するレーザーを会場一番奥に設置した親機が取得し、電波強度と角度データの数値を位置情報に変換する様子を示した。

 位置情報データはWi-Fiでサーバーにアップしてブラウザーで表示している。パソコンの管理画面では最新の位置情報だけでなく、ボタンで切り替えて作業動線も表示した。同じ工程のラインでも午前の作業者と午後の作業者の違いなど作業ムラが分かる。デバイスはトヨタ自動車九州で実証事件して位置情報が取得できるかを検証しており、人が張り付かずに動線情報を見ることができた。

 松坂氏は「トヨタ以外でも位置情報の見える化に対する期待値は高い」と説明した。現場の要望が一番強くデータの土台となる位置情報の自動取得をまず実証したが、プライバシーに配慮しながら体温や心拍数などの生体情報の取得を次の目標にする。心拍数から負荷が高く作業がきついと定量的に判断できる工程が分かり、班長が気づけないワーカーの特性も見える化できそうだ。

 プレゼンで実証した位置情報以外の指標を増やすことで「製造業はまだまだカイゼンする。今までのカイゼンにワーカー目線のカイゼンを加えて製造業をより強い産業にする」と松坂氏。現場の課題を吸い上げた「カイゼンのソリューション」で勝負したいと考える。日本の一大産業である製造業で「カイゼンをもっと上の段階に持って行く」と述べて、みまもるワーカーの可能性をアピールした。

GOLFO DNKのAI移動型ロボットと合体したプラズマ紫外線殺菌装置「GOS」

 3番目は、GOLFO DNK(ゴルフォ・ディーエヌケー)代表の入江康雄氏が登壇。殺菌装置を移動型ロボットに載せたAI殺菌移動ロボット「GOS」の開発を紹介した。ゼネコンを定年退職後の2012年に起業して光触媒装置を製造し、「OHラジカル」に関わった知見を活かす。食品倉庫内を自動走行して殺菌し、食品ロスを減らす事業展開を構想。画期的な技術として特許申請を準備している。

 プレゼンでは、オゾンと紫外線、OHラジカルの3つの殺菌手法を実現する装置を披露。高さ300m、幅50mの円筒形で、環境負荷が高い水銀ランプの紫外線ではなく、4倍の発光強度だが安価で効率が高いプラズマ発光線を利用する。円筒の中は、紫外線で酸素をオゾンに部分と、オゾンをOHラジカルに変える部分があり、紫外線発生装置はオゾン濃度も制御する。人体に有害なオゾンを低い濃度に保つようセンサーで管理する。

 殺菌装置を乗せて室内を自動走行する様子が動画で紹介された。オゾンで付着菌を除去し、紫外線とOHラジカルで空間に浮かぶ空中浮遊菌や臭い、有機物を除去する。走行テストは福岡大学資源環境研究所と共創企業のドーワテクノスのラボで行ない、検証した。ただ会場でデモ走行は実施されなかった。

 入江氏はGOSを使って食品流通倉庫の課題解決を掲げる。食品倉庫は都市部で足りない状況で、さらに「カビや臭いで廃棄される食品ロスが非常に多い」と現場に聞いて知った。日本では年間約2800万トンの食品廃棄物として4.2兆円が捨てられており、青果物の臭いや生鮮品の菌、加工品のカビよる廃棄を防ぐソリューションの提供に貢献できる。

 食肉や果実・野菜の保冷脱臭鮮度保持や、作業環境を除菌・脱臭するクリーン化、食品貯蔵倉庫の殺菌・悪臭除去など活用範囲は広い。試作品を2021年中に完成させ、法人化し資金調達して2022年から製品販売とコンサルティングで事業化する。ロボットで得たデータをAIで分析し、物流情報化のコンサルティングを提供する。2022年の売り上げ目標額5000万円を目指す。

トラベルテックラボの訪日外国人向けオンライン免税IoT宅配ロッカー「JaFun」

 4番目は、訪日外国人向けオンライン免税IoT宅配ロッカー「JaFun(ジャファン)」が登場。トラベルテックラボ(大阪市)で事業責任者の邱世偉氏が説明した。JaFunは訪日外国人の手ぶら観光を実現する。コロナ禍で訪日外国人観光客は“蒸発”しているが、アフターコロナに向けて今から仕込んでおく取り組みで、手ぶら観光だけでなく三密を避けた観光にも貢献する。

 試作品のロッカーでデモを行なった。土産店で見つけた栗まんじゅうの購入で、アプリのカメラで商品バーコードを読み取り、会員登録して受け取り場所を宿泊ホテルの宅配ロッカーに指定してカード決済。翌日、アプリ発行のQRコードをホテルの宅配ロッカーのカメラに読み取らせ、パスポートの顔入りページと本人の顔も読み取らせて確認するとロッカーが開き、購入商品を免税で受け取った。

 この免税手続き完了がJaFunの特徴だ。訪日外国人は免税店で消費税10%分を免税されるが、手続きの面倒さや1店舗で5000円以上購入が条件になること、持ち運びが不便なことを理由に70%以上が利用していない。JaFunは免税手続きをオンライン化して、複数店舗で5000円以上の購入として免税手続きができるようにする。来店不要で地方の特産品を購入できるメリットもある。

 「台湾と日本の架け橋になろうと5年前に来日した」と自己紹介した邱氏は、「日本は台湾人にとって人口約2300万人のうち489万人と5人に1人が来日する親日の国。訪日台湾人の買い物代は最大1966億円の実績」と、コロナ後は台湾人観光客を最初にターゲットにすると説明した。マネタイズでは、JaFanは商品代の20%とロッカー代40%を受け取る。宅配ロッカーの実証実験は10月以降を予定する。

 また、共創企業の第一交通産業グループとトラベルテックラボで、訪日外国人向け「手ぶら観光タクシー」の実証実験も検討している。タクシーで各地を観光しながらお土産をアプリで購入し、あとでホテルや空港に届けて手ぶら観光を実現するサービスだ。なお、訪日外国人の回復は2021年も難しいため、まず地方の生産者による越境ECを展開するという。

マリス creative designの視覚障害者向けの歩行アシスト機器「seeker」

 デモデイの最後を務めたのは、視覚障害者向け歩行アシスト機器「seeker(シーカー)」を開発する株式会社マリス creative design(東京都)の和田康宏代表取締役。視覚障害者が健常者と同じように外出して、危険な場面を回避できるメガネ型の歩行アシスト装置だ。「駅は欄干のない橋」と言われ、電車のホームから転落する視覚障害者が絶えない状況の改善を目指している。

 seekerは、センサーが付いたメガネ型の装置と、白杖に取り付ける振動装置からなる。センサーで駅の状況を検知し、危険が迫ったら白杖を揺らして知らせる。距離センサーと加速度センサーも搭載。ネットワークに接続した時は共創企業でセキュリティソリューション事業のラックのクラウドにデータをアップロードするが、ネット接続がなくても単独で動作する仕様だ。

 会場には点字ブロックが置かれた。デモした試作機は、歩いた先にある点字ブロックまでの距離を装置が判断して白杖を振動させた。ゆっくり歩かず普通のスピードで歩いても振動する。seekerは距離だけでなく角度も判断する。点字ブロックと平行に歩いた場合、センサーとなるカメラに点字ブロックは撮っているが、平行に歩いていると認識して振動せず歩き続けることができる。

 試作機は、画像処理のメイン部を肩から下げ、メガネに付けたカメラの入力部とコードでつないでいたが、製品では処理部はメガネと一体化する。振動装置もミント菓子ケースほどに小型化して、いつも使っている白杖に取り付ける。危険を確実に知らせる方法として、街の雑踏に紛れる音声ではなく振動を選択した。実証事件を北九州市の協力でJR折尾駅や北九州モノレール、筑豊電鉄で行なった。

 和田氏は3歳の時に母親が障害者となり生活が一変した体験が福祉機器開発の原動力となり、大手電機メーカーで製品開発の経験を積んでから起業した。福祉機器の権威で九州工業大学大学院生命体工学研究科の和田親宗教授の研究室が開発協力する。「障害者と健常者の垣根がなくなる社会の創造を」と言う和田氏は、10月から製品を量産開始する。最初は17万円程度になる見込みだ。

 令和3年度のIoT Maker's Projectの募集も始まっており、締め切りは8月29日。全国エリアを問わず、個人または企業など誰でも応募が可能だ。

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