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空飛ぶクルマのスタートアップに職務発明規程が必要だった理由

職務発明規程がないのは、そもそも違法?

 会社や組織内の研究開発等で生まれた発明を会社の特許として権利化する場合、発明した従業員に対価を支払うことが特許法では定められている。この職務発明制度における対価についての企業内の取り決めが「職務発明規程」だ。事業会社として特許活動をするには、この職務発明規程は必須。しかし、スタートアップでの導入は進んでおらず、認知度も低いのが現状だ。職務発明規程を定めることは、従業員の権利を守るだけなく、発明へのインセンティブになり、企業価値の向上にもつながる。

 スタートアップへの職務発明規程の導入を促進するため、IP Tech特許業務法人の代表弁理士 安高 史朗氏、東京セントラル特許事務所の内田 浩輔弁理士を中心に十数名の専門家が集まり、スタートアップ向けの職務発明規程のひな形を作成。現在、Twitter上で公開されている。今回、作成チームの主要メンバーである内田氏と、実際にこのひな形をもとに職務発明規程を制定したテトラ・アビエーション株式会社の代表取締役 中井 佑氏に話を伺った。

東京セントラル特許事務所 弁理士 内田 浩輔氏
平成14年 明治大学法学部法律学科卒業
平成14~19年 大手精密機器製造会社
平成19~30年 大手国際特許事務所
平成30年~現在 東京セントラル特許事務所所属

テトラ・アビエーション株式会社 代表取締役 中井 佑氏
テトラ・アビエーション株式会社 代表取締役 兼 プロジェクト テトラ 代表
東京大学博士課程に在学中に一人乗りの「空飛ぶクルマ」の設計コンテストに応募し、2018年6月に賞金獲得、起業。資金調達を行ないながら、飛ぶためのハードウェアを開発中。2020年2月GoFly FinalFlyoffにて唯一の賞金獲得。誰もが簡単に空中を移動できるエア・モビリティ社会の実現可能性を向上するために、政府と協力を図りながら2023年までに日本の空の移動革命を実現することを目指している

職務発明規程がないのは、そもそも違法な状態

 職務発明規程とは、従業員が業務中に生み出した発明についての扱いを定めた規約のこと。発明は原則として発明した個人に帰属するが、仕事としての業務範囲内で開発した技術などの発明は「職務発明」として、会社側が特許権を取得することができる。ただし、その際には発明者である従業員に対して、相応の金銭などの経済的な対価を支払わなくてはならないことが特許法によって定められている。

 しかし、実際に職務発明規程を定めているスタートアップはまだ少ない。発明者の個人名義で特許化していることも多く、その従業員が離職すると、事業にとって重要な技術が使えなくなってしまう恐れもある。あるいは、そもそもの知財を権利化していない場合、転職先の企業で発明を特許として出願・権利化する、といったトラブルも起こりうる。また、社内ルールなしに、従業員の発明をなんとなく会社のものとして出願してしまうのは不満のもと。きちんと評価されて対価が得られれば、新たな発明を生むことへのインセンティブにもなる。

 とくに、IPOを目指すにあたって職務発明規程の制定がなされていないケースなどは、過去にさかのぼって報奨金を調べなければならないなど、上場についての余計な手間になってしまう。だが、通常、職務発明規程をイチから作ろうとすると半年~1年かかり、知財専門家に相談する費用もかさんでしまう。経済産業省などでは、職務発明規程のひな型を公開しているが、大企業を想定した内容のため、出願件数の少ないスタートアップには使いづらいものだった。

 こうした背景から、スタートアップにもっと適した職務発明規程のひな型があってもいいのではという声が高まる。Twitterで有志を募り、2020年末に十数人の専門家からなるスタートアップ向けの職務発明規程検討チームを組成。内田氏が以前にブログで公開していた職務発明規程のひな型をベースにドラフト版を一般公開し、さらにTwitterのフォロワーから意見を集めて手を加えた最終版が2021年1月18日から公開されている。

スタートアップ向け職務発明規程雛形【一次案】(Googleドキュメント)

スタートアップ向け職務発明等取扱規程雛形【最終版】(Wordファイル)

 このひな形は、出願件数の少ないスタートアップ向けに特化し、できるだけシンプルでわかりやすいものになっている。本来、職務発明規程は会社ごとに作るものであり、ひな形をそのまま使うことはできないが、微調整するだけであれば、専門家への相談費用も安く抑えられ、イチから作るよりはずっと導入しやすい。

 「職務発明規程がなく会社が特許を取得するのは、そもそも違法な状態。専門家への相談や微調整はあと回しでもいいので、最低限導入だけはしてほしい」と内田氏は強調する。

新しい領域だからこそ発明が生まれやすい土壌をつくることが大事

 同ひな型は、1人乗りの空飛ぶクルマを開発する2018年設立のスタートアップであるテトラ・アビエーション株式会社でも活用されている。

 テトラ・アビエーション株式会社は、2021年度から米国での販売を予定しており、3年という短期間で機体開発に関わる知財を押さえていく必要があった。職務発明規程の作成にも時間をかけられないという事情から、このひな形をもとにした職務発明規程の導入を検討。

 さっそくひな形をもとにシンプルな規定を作り、運用しながら社員の声を聞きながら、社内で修正を進めているそうだ。

 「弊社は従業員8名中7名がエンジニア。全員開発に携わっているので、自分にとってプラスになるような仕組みが会社にあると励みになる。ひな型は、専門家でなくても理解しやすい内容なので、社内に知財担当者がいなくても導入しやすい」と中井氏。

 ひな形からの調整については、発明の価値評価の設定に苦労したそうだ。「新規の特許出願など明確な目的であればわかりやすいが、航空関連の特許はすでに取りつくされているので、ほとんどが応用。今すぐ特許につながらない発明に関しても何らかの評価できる仕組みにしたかったので、どのように評価し、報奨金をいくらにするのかに悩んだ。だからこそ、多くのスタートアップにも活用してほしい」とのこと。

 空飛ぶクルマは、航空機としては枯れた技術の応用であるが、実用化後にマーケットが広がれば、乗り心地やモノの輸送方法など、新しいアイデアが求められるようになる。従業員の知財意識を向上し、発明が生まれやすい土壌をつくるには報奨金制度は有効だ。

導入するだけでなく、きちんと運用していくことが重要

 実際にスタートアップはどのような場面で今回のひな形を利用すればいいのか。導入にあたっての注意点を内田氏に聞いた。

 「誤解してほしくないのは、これを入れたら法的に安全だというわけではないということ。導入するだけでなく、きちんと運用していくことが重要。本来であれば1年かけて計画的に導入するべきものなので、短期で導入すると会社の実情にそぐわない点が出てくるはず。運用しながら調整していくことも忘れないでほしい」と強調した。

 社内制度としてベストなのは、職務発明規程の作成経験のある専門家に相談することだ。ひな形からの微調整であれば、弁理士や知財を扱う弁護士などの専門家でも十分に対応できるという。また、職務発明制度は日本の特許法内で定められている制度なので、海外展開する場合は、各国の法律に通じた専門家に相談して調整する必要がある。

 中井氏いわく、スタートアップの代表者が読めばそのメリットがわかるという本ひな型。決して入れておしまいという簡単なものではないが、知っておくことに越したことはないだろう。


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