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スタートアップが知るべき特許査定の意味 知財化が難しいときに必要なアドバイスとは

株式会社Be&Do 石見一女代表&あっと株式会社 武野團代表 特別座談会

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。


 先進的なサービスを展開しているスタートアップであっても、その特許獲得に課題のあるケースは少なくない。知財専門家との出会い、知財戦略をどのように経営戦略に活かしていくか、株式会社Be&Do 代表取締役/CEOの石見 一女氏と、あっと株式会社 代表取締役の武野 團氏にお話を伺った。なお本対談には、Be&Doを支援したINPIT大阪府知財総合支援窓口大澤真一氏と、あっとを支援した福本国際特許事務所 弁理士 福本将彦氏が同席した。 
(以下、文中敬称略)

特許化が難しいと言われたITサービスと、拒絶理由通知を受けたヘルスケアシステム 

 特許が取得できるかどうか、その特許が経営に活かせるかどうかは、知財専門家との出会いにも大きく影響される。組織のパフォーマンスを高めるWellbeingマネジメントシステム「Habi*do(ハビドゥ)」を開発する株式会社Be&Doは、海外進出へ向けて特許の取得を目指していたが、複数の弁理士から同システムの特許化は難しいと言われ、なかばあきらめていた。一方、毛細血管解析ツールを開発するヘルスケアスタートアップのあっと株式会社は、特許を出願したが、拒絶理由通知を受けて放置状態となっていた。 

 この2つのケースは、INPITの知財総合支援窓口を通じて知財専門家と出会ったことで、無事特許を取得できた。課題を持っていたスタートアップ2社がいかにそれを乗り越えたかを聞く前に、まずそれぞれが展開するビジネスについて紹介する。 

 株式会社Be&Doは、組織のマネジメントを支援するWellbeingマネジメントサービス「Habi*do(ハビドゥ)」を提供している。

 Habi*doは、毎日の目標達成やタスク状況を振り返り、メンバー同士で共有・承認ができるサービスだ。メンバー同士が離れていてもアプリでお互いの目標や進捗が把握でき、日常的なフィードバックでモチベーションが高められるのがメリットとなっている。感染症対策でテレワークが進み、コミュニケーションや人材育成の機会が減り、マネジメントが難しくなっている現在、導入が進んでいるという。 

 組織内のメンバーの行動データを蓄積することでパフォーマンスを把握し、1on1ミーティングや年次評価に活かせるという点も特徴である。また、ポジティブな承認が生まれやすくする仕組みとして、前向きな心理状態の度合いを測定できる「心理的資本診断」(商標登録済み)を搭載している。2020年4月に行動改善システムおよび行動改善方法についての特許を取得している。 

 あっと株式会社は、毛細血管解析システムを開発するヘルスケアスタートアップであり、がん、緑内障、糖尿病、認知症等の血管の病気についての診断システムを提供している。これらの病気は、発見の遅れや合併症を併発しやすいが、これまで血管の検査・測定方法は確立されていなかった。 

 同社は、毛細血管スコープを用いた毛細血管の新しい解析システムを開発している。武野氏は、氏の父が開発した毛細血管スコープ「血管美人」を継承し、2009年にあっと株式会社を設立。2013年から大阪大学大学院医学系研究科との共同研究を開始し、その成果として毛細血管画像を画像処理により3秒で数値化できる世界初の毛細血管解析ソフト「CAS」を開発した。また、クラウド型の毛細血管画像評価システム「CAS-Rating」も発表している。 

 血管美人は、指先にオイルをつけてスコープで撮影するだけで、スマホ用アプリで手軽にクラウド解析結果として毛細血管の経時変化を管理できるため、被験者の負担がないのが特徴だ。医療機関や大学のほか、薬局の店舗などにも設置され、健康相談やカウンセリングに導入されている。血管美人などの商標のほか、毛細血管スコープ・毛細血管画像数値化システム・毛細血管画像クラウド解析システムに関連する特許を3つ取得している。 

INPITの知財総合支援窓口を通じた専門家との出会いで特許化への課題を突破 

――お二人は、2019年1月に大阪イノベーションハブで開催されたスタートアップと知財専門家のマッチングイベント『「IPナレッジベース」コミュニティーイベント in 大阪』に登壇されていました。当時の知財に関する活動状況を教えてください。 

石見:ちょうど知財総合支援窓口の大澤さんと知り合ったばかりで、自社サービスに関する特許出願に向けて相談に乗ってもらっていたタイミングでした。海外展開もしていきたいので、客観的に価値を示す過程で、できれば知財化したい、とは考えていたのですが。何人かの弁理士の先生にご相談したものの、なかなか取り合っていただけなくて。半ば諦めていたところに、大澤さんとの出会いがありました。 

株式会社Be&Do 代表取締役/CEO 石見 一女(いわみ かずめ)氏
武庫川女子大学卒業。1985年に25歳でセールスプロモーションのスタッフ派遣で企業。組織・人材活性化コンサルティング会社を共同で設立するなどを経て、2011年に株式会社Be&Doを設立。世界の人をイキイキすることをミッションに、人の力で業績を伸ばすマネジメントツールHabi*doを開発販売。グローバル展開を視野にいれて事業を推進中。 

武野:当時は、大阪大学との共同研究で毛細血管画像の数値化について特許出願したものの、拒絶理由通知を受け取ったまま止まっていました。イベントに登壇されたiCraft法律事務所の内田誠先生からINPITの知財総合支援窓口で知財専門家との面談が手軽にできるとうかがって、「その手があったか!」と。さっそく相談したところ、福本先生をご紹介いただきました。

あっと株式会社 代表取締役 武野 團(たけの だん)氏
昭和54年10月22日生。佛教大学文学部中国文学科卒業。大学在学中に上海へ留学。卒業後、ジャスダック上場の電子部品メーカーに入社。香港へ出向し、上海駐在員事務所設立や現地工場の管理業務に従事する。2006年に退職後、父の大腸がん罹患を機に開発された毛細血管血流観察装置「血管美人」の事業を継承するため、経営全般の業務に従事し、毛細血管血流観察の研究を行なう。

――それぞれ、知財専門家にはどのような相談を持ちかけたのでしょうか。

石見:出会いは「大阪トップランナー育成事業」からご紹介を受けたことがきっかけでした。(組織マネジメントサービスの)特許化は難しそうですし、調査費用だけでも高額になると知人から聞いて二の足を踏んでいたのですが、メンターの方々から「取れるのであれば、挑戦したほうがいい」と言われ、知財総合支援窓口の大澤さんに相談しました。さまざまな支援施策を教えてもらえたのはありがたかったですね。似た発想のサービスに先行して特許を取られていたのですが、大澤さんの助言の下で調査したところ、その特許の権利範囲が狭く、私たちの取ろうとしているものには影響がないことがわかりました。 

武野:弊社の場合は、特許出願したまま止まっていた案件に対応してもらいました。毛細血管スコープは、センサーと光源、レンズ、モニター、画像処理、診断アルゴリズムといったいろいろな仕組みが関係する領域なので、専門知識をカバーしている弁理士でないと難しい。拒絶理由通知を受けたことも、出願の内容の説明が専門的だったせいか、審査官の方にうまく伝わらなかったのが原因だとわかり、突破方法が見出せたのが成果ですね。審査官が知りたいことと、弊社の伝えたいことをうまく翻訳してもらったことが審査の通過に至ったのではないかと考えています。 

知財を経営に活かすには、専門家との丁寧な情報共有、認識のすり合わせがカギ 

――専門家のみなさんからはどのようなアドバイスを実施されたのでしょうか。 

大澤:大阪産業創造館(現:大阪産業局)からの支援要請を受けて、Be&Doさんには2017年に初めてお会いました。当初は、ソフトウェアに関する特許はハードルが高いのではないか、と心配されていました。通常なら1、2度お話を聞いて出願するかどうかを決めてしまうケースが多いのですが、ソフトウェアの場合は、捉え方次第で違った発明になります。

 そこで今回は、(当時:永田特許事務所(現:TMI総合法律事務所))弁理士の谷先生と何度もお伺いし、課題や特徴を丁寧に質問し、岩見さんや開発の方にお答えいただく作業を繰り返しました。時間をかけて発明の特徴を見出したところが特許査定につながったと考えています。 

石見:私たちはアイデアと発明の違いがよくわかっておらず、特許を取得するために足りない部分が見出せていなかった。先生方とのメンタリングで特許の相談に乗ってもらいながら、事業開発の手伝いもしてもらったのではないか、と感謝しています。 

福本:あっと株式会社さんの出願内容は、大阪大学との共同研究の成果だったのですが、大学の先生は、自分の常識はみんなも理解しているだろうと思い、詳しい説明を省いてしまいがちです。簡潔な表現による資料をそのまま出願されていたため、説明不足であったことが、拒絶理由通知を受ける原因となっていました。特別なことをしたわけではなく、その部分を意見書で明確にしただけで、特許査定が得られました。INPIT関西で審査官とのTV面接を利用できたことも、大いに役立っています。

武野:特許審査は新規性・進歩性、つまり、未知のものが本当に未知であり、かつ価値があるものだ、と評価いただくこと。今までにないものを判断するとき、どこに進歩の差、付加価値があるのかを大学の研究者は一目瞭然でも、審査官の目が同じとは限らない。福本先生には、どのような解釈を追加すればいいのかを指示していただけました。

 特許の出願が拒絶されるのは、必ずしも発明の内容が悪いからというわけではない。「拒絶理由で審査官が技術を理解してくれない」と感じるスタートアップは多いが、審査する側としても、技術は理解しているが説明に漏れがあるので、あえて拒絶理由通知を出しているケースが多いという。 

 審査官に拒絶理由の内容説明をお願いすると応じてくれるため、技術を理解してくれないような場合は、直接問い合わせるのが早い。面接活用早期審査などのスタートアップ向け支援もあるため、気軽にコミュニケーションをとるのが特許取得への近道となる。 

スタートアップにとって権利化は、オセロで角を取るようなもの

――特許が取れたことで、投資家や顧客からのポジティブな反応はありましたか? 

石見:弊社のサービスは、技術オリエンテッドなものではないので、特許があるからといって投資家へのアピールに直接つながるわけではありませんが、特許権の取得をきっかけに社内の知財意識が高まり、「心理的資本診断」の商標を取ることにもつながりました。 

 商標を含めて知財をきちんと押さえることは確実に私たちの存在感を高め、ビジネス上、有利な展開になってきていると思います。お客様に対しては、取得した特許を示せることで、既存のコミュニケーションツールとの違いをわかりやすく伝えることができ、信頼につながっているように感じます。

武野:特許があるメリットは、自社技術の価値の説明を大幅に省略できることですね。特許があれば、それまで3分かかっていた説明が3秒になる。スタートアップにとって権利化は、オセロで角を取るようなもの、と捉えています。 

福本:あっと株式会社は、代表である武野さん自身の知財マインドが高く、社員のみなさんも知財への造詣が深いのが強みです。単に先端技術というだけでなく、特許を商売に結び付ける着想を最初から持っていらっしゃいました。 

 知財の世界では、「経営と知財の連携」がキーワードの一つになっています。大企業では経営部門と知財部門が別なので、それが必ずしも結びつかないということがあるでしょう。しかし、スタートアップや中小企業では、経営者自身が知財に関心を持てば、必然的に経営と知財の連携ができるので、その点では有利といえるでしょう。 

 ただし特許を取っても、役に立たず休眠特許になってしまうことは少なくありません。大企業でも特許の半分は休眠特許と聞いております。あっとさんは、すべての特許をビジネスに生かしている訳ですから、「経営と知財の連携」をうまくやっていると言えるのではないでしょうか。

――今後、同様に起業して知財獲得を考える方へアドバイスをお願いします。

石見:以前に立ち上げた会社で、社名がほかの企業のサービス名と同じだったことに気付き、あわてて先方の企業にお願いしてサービス名を変更してもらったことがあります。同じ名前で大手と競ったら負けるのは間違いないので、商標くらいはきちんと押さえておかないと、大きな損失になります。特許は取る予定がなくても、知財の大事さは知っておいてほしいです。 

 また、その点、インキュベーション施設を通してご紹介いただいたことで安心感がありました。知財に関心があっても、直接、弁理士の先生に相談するのはやはりためらってしまうので、スタートアップやベンチャーを支援している団体、運営母体と連携を図ってもらうのがいいと思います。

武野:今回拒絶理由通知が送られてきたのは、共同研究先の先生が論文で発表していた内容と重なる部分があったのも一因でした。大学の先生は、新しいことをみんなに知ってもらいたい、という意識の高い方が多く、自分の知識を安易に公表してしまいがちです。ビジネスにする可能性があるなら、特許化していないと、後々苦労します。研究者の先生は、情報のコントロールにもっと慎重になるべきだと思います。

――最後に、現在の事業・知財活動の状況とメッセージをお聞かせください。

石見:もともと特許を取りたいと思っていたのは、海外に進出するときの強みとしたかったから。その甲斐あって、今はようやく国際特許や商標を出願し、海外とのやりとりを進めています。商標に対する意識が高まったのも大きな収穫で、サービス名も自社ブランドとしてこだわって考えるようになりました。この意識は社員にも浸透できています。

武野:2021年1月に理化学研究所との共同研究の特許出願を行なったばかりです。ほかにも他大学や製薬企業との連携からも知財が生まれています。海外特許は、どこまで押さえていくかの選定をしなくてはならず、投資家にどれだけの価値を評価してもらえるかが課題です。費用不足で取り損なうと、国家的な社会的損失につながるリスクもあります。そういった点で、金融機関向けには知財評価をしているサービスもありますが、より具体的に、その知財をどう使って何をやるのかを評価してくれる機関が今後生まれると良いのではと思います。 

――ありがとうございました。

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