商標権をとらないとトラブルが起こる? 先輩起業家から学ぶ商標のこと
「先輩起業家から学ぶ“スタートアップが知っておくべき商標のこと”」レポート
特許庁は2020年6月16日、ASCII STARTUP、Startup Hub Tokyoの協力のもと、商標やブランドづくりにまつわるトピックについて知財専門家がお届けするセミナーイベント「先輩起業家から学ぶ“スタートアップが知っておくべき商標のこと”」を、東京都の創業支援施設「Startup Hub Tokyo」からオンラインにて開催した。
イベントの前半は、特許庁による商標の基礎知識を紹介するセミナーを実施。後半は、知財専門家でもある先輩起業家が登壇し、社名や製品・サービスのネーミングを決める際のポイントや商標を取らなかった場合に起こり得るトラブルや対処方法についてアドバイスした。
イベントは、1)特許庁のスタートアップ支援策の紹介、2)セミナー“商標のいろは”、3)トークセッションの3部構成で実施。第1部では、特許庁企画調査課 課長補佐 スタートアップ支援チームの進士 千尋氏がスタートアップ向けの知財コミュニティサイト「IP BASE」を紹介した。
IP BASEのコンテンツとして、知財の基礎知識や活用方法、特許庁の支援策の情報などの支援メニュー、先輩ベンチャーの知財への取り組み事例や専門家・投資家へのインタビュー記事、スタートアップや専門家向けのセミナーやイベントの案内などを掲載している。また、IPBASEメンバー限定のサービスとして専門家検索機能、オンラインQA、少人数による勉強会を提供。専門家を探している方、自分のビジネス領域について知財の活用方法を勉強したい方は、メンバーに登録しておくといいだろう。
商標のチカラ、商標権の取り方、調べ方を具体的に解説
続いて、第2部のセミナー“商標のいろは”では、商標の基礎知識と商標登録の手順が解説された。
スタートアップが知名度や信頼をアップするには、商標・ブランドの活用が効果的だ。セミナーでは、事例から学ぶ商標活用ガイド(特許庁、リンク先:PDF)の掲載例を紹介。DIYパーツブランド「LABRICO」(平安伸銅工業株式会社)は、女性やファミリー世帯をターゲットにしたシンプルで可愛いブランドコンセプトが受け、指名買いが増加。また、楽天株式会社は電子マネー楽天Edyに関連して「シャリーン」という音を商標登録し、店や顧客に知財に力を入れていることをアピール。信頼性の向上につなげている。商標を取り、使い続けることで、商標にブランド力が備わり、売り上げ増、商品・会社の知名度アップ、社員のモチベーション・士気の向上にもつながる。
商標のブランド力を財産として権利化して守るのが商標権だ。商標権のメリットは、「自分の商標として使い続けることができること」「自分の商標と同じ商標や似たような商標を他者に使わせないようにできること」の2つがある。逆に、商標権を取らないリスクとして、密かに第三者がその商標を登録して、商標権侵害の警告を受ける恐れがあるので、自社の商品名やブランド名は、早めに商標権を取っておきたい。また、知らず知らずのうちに他者の商標権を侵害しないよう、商標を決める前には、他人の商標登録を調べることも大切だ。
商標権は、「文字や図形等のマーク」と「使用する商品・役務(サービス)」の2つの要素で構成される。つまり、文字や図形が同じであっても、商品・サービスが異なれば、原則商標権の侵害にはならない。「使用する商品・サービス」は、45の区分に分けられており、自分の商品や事業に合った適切な区分を選ぶことが重要だ。
商標権を取得するまでの手順は、出願書類の提出→方式審査→実体審査→登録査定となる。最初の審査結果が出るまでには出願から約12ヵ月かかるため、商品やブランドなどをリリースする1年前に準備するのが理想的だ。特許庁に支払う商標の料金は、出願料として3400円+(区分数×8600円)、商標登録料は区分数×2万8200円で10年間登録される。また10年ごとに更新登録料(区分数×3万8800円)を支払うことで更新可能だ。
セミナーの後半では、特許情報プラットフォーム「J-Platpat」を使った他者の商標登録や区分の調べ方が紹介された。
先輩起業家から学ぶ“スタートアップが知っておくべき商標のこと”
第3部は、トークセッション「先輩起業家から学ぶ“スタートアップが知っておくべき商標のこと”」を実施。株式会社Toreru代表取締役・特許業務法人Toreru代表社員の宮崎 超史氏と、cotobox株式会社 代表取締役社長・はつな知財事務所 代表弁理士の五味 和泰氏の2名が登壇し、「商標権をとらないと、どういうまずいことが起こるのか」「商標を決める際に考えるべきこと」「商標権が活用される場面」「いつ商標をとるべきか」「何から商標をとるべき? どこまで商標をとるべき?」の5つのトピックについてアドバイスした。
宮崎氏は弁理士の傍ら、2014年からオンラインで商標登録ができるサービス「Toreru」を構築し、2017年に特許業務法人Toreru、株式会社Toreruを設立。現在、商標代理件数日本一を達成している。Toreruの名前の由来は、「商標がとれる」の意味。わかりやすく親しみがあり、短い語数であることを重視して命名。社名・サービス名である「Toreru」のほか、ロゴ、キャッチコピーなども商標登録しているそうだ。
五味氏は、2016年にcotobox株式会社を設立。オンラインで商標登録を検索・出願依頼・管理ができるサービス「cotobox」を提供している。「cotobox」は、新しいコトをやる人を応援したい、最高のユーザー体験を提供したいという思いから命名。文字で商標登録している。会社設立の3、4ヵ月前にはドメインを取得し、商標を出願したとのこと。
商標権をとらないことで、起こりうるトラブルとは?
最初のトピック「商標権をとらないと、どんなまずいことが起こるの?」では、五味氏より、無人AI決済店舗「TOUCH TO GO」の事例を紹介。株式会社TOUCH TO GOは、会社設立3ヵ月前の2019年4月に出願をしたが、その2ヵ月前に他社によって出願されていたことが発覚。通常であれば、商標権は相手側のものになるが、その前に実証実験を実施し、プレスリリースを出していたことから周知性が認められ、商標権をとることができたという。ただし、解決するまでに1年以上の時間と費用もかかっている。こうしたリスクを避けるには、ネーミングが決定したタイミングで出願することが望ましい。
宮崎氏も「商品やブランド名が使えなくなるのがいちばんキツイ。ネーミングを変更したらそれまでの信用の蓄積が減ってしまう。売上が立てばたつほどリスクは高くなります」と、できるだけ早めに出願することを勧めた。
商標の決める際に考えるべきこと
2つ目のトピックは「商標を決める際に考えるべきこと」。五味氏は「思い入れのあるネーミングは確実に取れるように、しっかり事前調査をすること。スタートアップは、今やりたいことと、将来やることで方向性が変わるかもしれない。視野を広くもって、より抽象度を上げたネーミングを考えるのもいいかもしれません」とアドバイス。
宮崎氏は、他社が出願している商標と同一、あるいは類似してしまった場合について、「自分が考えたものと同じ商標がすでに出願されている場合でも、例えば料金が支払われていなければ却下になる可能性もあります。また一般的には他社の商標と似ていても、審査では似てないと判断される場合もあるので、まずは専門家に相談してみつつ、いくつか別のプランを用意しておくといいでしょう」とのこと。
商標権が活用される場面
3つ目のトピック「商標権が活用される場面」では、宮崎氏より差止請求権とライセンスについて紹介。ECなどで模倣品などが出品された場合、差し止め請求権を行使して出品を停止することができる。AmazonやFacebookには、申告フォームに入力するだけで、出品や表示を停止する機能が用意されており、訴訟費用をかけずに無料で請求できるのは、スタートアップにとってありがたい。IPOやM&Aの際にも、商標がきちんと登録されているかどうかは評価に影響するので、確実に押さえておくべきだ。
商標をとるタイミングや順番は?
続いて、4つ目のトピックは「いつ商標をとるべきか?」。
宮崎は、「その事業がどこを目指しているかにもよります。起業後にどれくらいの規模をイメージしているのか。数億円規模の大きな事業であれば、早めにとっておくべきですが、小さく始めるのであれば、とらない選択肢もあります。費用とリスクから検討するといいでしょう」とコメント。海外登録は、実際に進出する1年前くらいから出願準備に動くのが理想、とのこと。
5つ目のトピック「何から商標をとるべき? どこまで商標をとるべき?」については、五味氏、宮崎氏の両者とも、社名よりも製品・サービス名を先にとるのがオススメだそう。
ちなみに、cotoboxのロゴは登録していないそうだ。その理由は、ロゴはデザインを変える可能性があるから。短期間で変わる可能性があるのであれば、優先順位は低くなる。まずはネーミングを単独でとり、ロゴの部分をあとからとる手もある。スタンプやキャラクターは一般的には優先順位が低いが、スタンプやキャラクターを押し出したビジネスを行うのであれば商標登録したほうがよい。登録件数や区分が増えるとそのぶん費用がかさむので、弁理士と相談しながら優先順位を決めて段階的に進めていくといいだろう。また、自治体などからの助成金もあるのでうまく活用してほしい。
最後に、よい商標弁理士の選び方として、五味氏は「弁理士はそれぞれに専門性を持っており、商標に強い先生もいます。特許をお願いしている先生とは別の事務所も探してみては」とアドバイス。宮崎氏は、「スタートアップの事情を理解してくれることと、レスポンスが早いこと」を条件として挙げた。