NTT Comとのオープンイノベーションで開花した「3i」の3Dキャプチャー技術
技術だけでは駄目。オーナーの声を聞き課題解決することがビジネスに結びつく
米国シリコンバレーで2017年に設立したベンチャー「3i.inc」は、360度カメラを活用したキャプチャー技術に長けていた。そのため、不動産業を中心に美術館や観光地など、さまざまな業態に売り込みをかけたが、ビジネスとして成功までにいたらなかった。ところが、2018年にNTTコミュニケーションズが初めてオープンイノベーションプログラムを行なった際に参加したことがきっかけで、その時のテーマとベストマッチ。ビジネスプロダクトに成長するまで大躍進を遂げることとなる。
そこで今回は、どのようにして現在の大規模な商業施設や工場向けのファシリティマネジメントソリューション「3i INSITE」が生まれたのか。NTTコミュニケーションズとの出会いから取り組み今後の展開についてお話を伺った。
今回お話を伺ったのは、3i.inc CEOのKen Kim氏とオープンイノベーションプログラムに事務局として携わったNTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 田口陽一氏。
――起業するきっかけとなったのは何だったのでしょう。
Ken氏(以下、敬称略):2005年にケニアへボランティアで訪問したとき、いま自分が見ているこの光景を、すべてキャプチャーできたらどんなに素晴らしいものだろうと感じたことが、そもそものきっかけでした。
そこから、足掛け10年以上かけて、誰もが簡単に360度すべてをキャプチャーできる技術を開発し、2017年に米国シリコンバレーで会社を設立しました。
――発想から実際に技術を確立し起業するまでかなりの時間を要しました。
Ken:そうですね。ただ、この開発した技術がどういったところで利用できるのか、かなり模索しました。最初は博物館や観光地のキャプチャーができればと思ったのですが、ビジネスとしては成り立たず。商店街や不動産業界で使ってもらおうと、いろいろとアプローチしてみたものの、マーケットとはあまり合わなかったりして、ずっとビジネス化には至りませんでした。
そんなときに、NTTコミュニケーションズと出会ったのは2018年11月でした。シリコンバレーで行なわれたアクセラレーションのイベントで、そのとき初めてオーナー側の目線にマッチしていることがわかり、NTTコミュニケーションズと仕事をはじめたことで、自分の仮説が正しいことを確信しました。
というのも、シリコンバレーは日本人が非常に多く、日夜新しい技術や効率化を図るためのソリューションを求めていて、自分たちが求めていたプロファイルとマッチしていました。米国ではクルマ社会のため、機材を小さくするという発想があまりなく、我々が求めているものとは真逆です。そういう意味でも日本と相性が良かったと思います。
そして、2019年8月に開催されたNTTコミュニケーションズ主催の「NTT Communications OPEN INNOVATION PROGRAM」で最優秀賞を受賞しました。これにより、2020年に事業化するべく現在進めていますが、それ以外にもNTTグループとも一緒に展開ができるよう話を進めています。
――NTTコミュニケーションズが抱える課題をどう解決していったのでしょう。
田口氏(以下、敬称略):2018年の11月に、我々事務局として初めてオープンイノベーションプログラムを実施しましたが、正直どんな組み合わせができるのか、不安がありました。そうしたなか3iさんとの協業は、非常にうまく行っている案件でベストマッチの1つだと思っています。
本件のテーマオーナーは、10年にわたって運用してきたデータセンター業務において、依然として多くの手動作業が残っているという課題感を抱えていました。それを解決するアイデアは持っておりましたが、実現する技術がありませんでした。
その課題を解決しうる技術を持っている企業を探す中、たまたまシリコンバレーで活躍するスタートアップの技術テーマ発表会に出席したところ、事務局という立場でKenさんの技術に一目惚れし、本件のテーマオーナーに紹介したところ「まさに求めていた技術だ」との反応があり、マッチングされた次第です。
この時点での3iさんの技術は、コンシューマー向けの不動産をターゲットとした内覧を簡易化する技術だったのですが、それを我々のデータセンターの現場調査に活かせるのではないかと考え、ビジネス向けのサービスに転換してまいりました。テーマオーナーが持っているアイデアを半年間で3iさんへ伝え、3iさんもそれに応えて我々が欲しているプロダクトに仕上げていただきました。
3iさんにとってもデータセンターや現場調査に活用できる新たなプロダクトができましたし、我々としても、まずはNTTグループ内で広く展開していこうと検討しており、我々が持っている施設、設備を効率的に管理するソリューションを今年度中に完成することを目指しています。
将来的にはあらゆる現場調査をデジタル化して、VRやARという領域も絡めながらディスラプト(変革)していくようなサービスに仕立て、一緒になって世に問いていきたいと思っています。より広い領域にサービスを展開していければと思います。
――実際にはどのようなソリューションなのでしょうか。
田口:われわれデータセンターで利用するという観点でいいますと、現場で必ず調査が発生していました。もちろん海外にもデータセンターはあり、出張で何人かがいかなければなりません。事前に紙の図面で把握し、現地に赴き、目で確認しながら写真を撮り、メモを取りながら写真と合わせてパワーポイントなどでレポートを作成しなければなりません。
一連の作業がアナログで手作業であり、写真を撮ってもローカルに保存されるだけなので、全体で共有もされません。せっかく調査をしても不明点が発生すると、もう一度行かざるを得ず、非常に効率が悪いものなのです。
それが、3iさんの技術によって、360度撮影しながら全体を回るだけで、あとから3Dビューで確認でき、現地へ行かなくても全体を把握できるようになります。撮影するだけなら、1人が現地へ行ったり、あるいは現地の人に撮影してもらってもかまいません。経費も時間も大幅に軽減されます。
メモ機能は今回追加していただいた機能の1つで、気づいた点を3Dビューのところにタグ付けすることで、どこからでも確認できます。プラットフォームとして、我々の設備がすべてわかるというのが非常に大きなメリットです。そして、このプロダクト以外にもプラントや工場など現場調査を必要とするあらゆる業態で使えるソリューションだと思っています。そこに将来性を感じています。
――オープンイノベーションに参加して感じたこととは?
Ken:これまで、技術はたくさん作ってきました。しかし、実際に技術とペインポイントとが合わないこともあります。オープンイノベーションを通じて、毎週のように経験豊かな担当者とお話できたことで、使えるソリューションに仕上げることができました。そういう意味ですごく良かったと思います。
田口:弊社側のテーマオーナーに10年間の業務経験を踏まえた課題意識があり、それを解決しうる技術をもっている3iさんが、テーマオーナーの思いをすべて受け止めて、細かい部分を改善してもらったおかげで、とても使い勝手のいいプロダクトに仕上がっています。Kenさんも10年間、空間をいかにデジタル化するかに特化して考えてこられたので、その分野のプロです。一方、我々はデータセンター側のプロなので、お互いに必要なものが双方にあったのが、オープンインベーションによって結ばれたわけです。
――3D空間をキャプチャーする技術は、さまざまな企業が取り組んでいます。3iのソリューションの特徴を教えて下さい。
Ken:3D空間をキャプチャーする技術は、いろいろあります。たとえば、LiDARを使った3Dスキャナーなどは、非常に高精度ではありますが、特別な技術も持った人にしか扱えません。しかも装置が1000万円ぐらいするため、費用と時間がかなりかかってしまいます。また、不動産向けのソリューションもありますが、価格はLiDARを使うより安いものの、撮影するのに手間暇がかかり、一般の人が扱うのは負担がかかるでしょう。
我々のソリューション「3i INSITE」は、10万円以下で始められ、一般的なスマホを使ってできるという手軽さで、誰でも簡単に扱えるものにしようとしています。単なる3D化のソリューションだと、キャプチャーすることに集中していて、空間を管理することに不向きです。自分たちはオーナーが必要と感じている、現在過去未来を通じた変化を確認できるソリューションを開発しています。単なるデジタル化だけではなく、管理や共同作業の機能がたくさん入っています。
田口:データセンターの場合は、海外にあるたくさんの拠点へ大きな機械を持っていくというのは非現実的です。このためLiDARを使うソリューションは選択肢から外れました。また、不動産向けソリューションは、3Dをキレイにキャプチャーできるものの、Kenさんの努力によりかゆいところに手が届く点を考えた場合、3iさんのプロダクトがわれわれにはあっています。
データセンターでの管理は、そこまで精度が高い必要はないですし、周期的に拠点の現在の状況、たとえばラックにこういうサーバーが入っているという情報が取れればいいので、誰でも手軽に扱えることのほうが重要です。
Ken:我々の技術はまったくセンサーを使っていませんが、高い精度を維持しています。オーナーが管理するような用途であれば、十分な精度で速いですし簡単にできます。ほかとは違うポジションだと思います。
――この技術を開発するうえで一番苦労した点は?
Ken:当時パノラマという技術はありましたが、これをデジタル化して見せるまで、さまざまな技術が必要でした。写真をつなげたりするイメージプロセッシングの技術、それを編集するソフトの開発、どこでも見られるようにするビューアーの開発など多岐にわたりました。
室内での利用を考えていたので、GPSが使えない中で位置関係を把握し、写真をつなげるのはとても難しいものでした。誰でも使えるようなハードが前提のため、それもハードルを上げる要因でした。また、つなげた写真を見せるための3Dビューアーを作る技術や、室内の場所を自動的につなげていく技術開発も大変でした。
――今後、どのような展開を考えているのでしょうか。
Ken:すでにメンテナンスをする会社、保険会社、セキュリティーの会社などからさまざまな要望を受けています。必要な機能は搭載されているので、手軽に3Dデジタル化できることに、すごい需要があることがわかりました。次の段階はエンタープライズの分野はそのままに、現地調査やデジタル化をスマホだけで簡単にできるソリューションを開発しています。
もう1つ、「Pivo」というスマホ用の雲台と合わせて、中小企業でもより安価に実現できるソリューションを6月に発表する予定です。。現在は新型コロナウイルスによって出張ができない企業が多いと思いますが、不動産も物件を見せられないなど、空間をデジタル化して共有するというのは、非常に意味のあることだと思います。
今後のロードマップとしては、日本での本格的な開発を進めていて、2019
年、日本に事務所を設立。2020年中に法人化する予定です。また写真の中で機械学習を使って3Dの深さを測るもので、3D空間を作る技術の商用化を目指しています。また、写真と今の場所、カメラからの情報をもとに、デジタル化されている情報をマッチングして、今どこにいるか、どちらを向いているかが認識させARに活用する技術を開発しています。
自分たちの技術によって誰もが手軽にキャプチャーして共有できるようになれば、社会的な貢献になると考えておりますので、今後も努力を続けていきます。