対戦相手のクセを見抜いている
結果発表後、大会の運営にたずさわり、饂飩のソースコードを見ていた東京大学の鳥海不二夫准教授にたずねてみると、こんな推察が返ってきた。
「対戦相手のクセを見抜いているんじゃないかと」
なるほど、と思わず大声をあげてしまった。
ほかの人工知能は1回1回のゲームで勝つためのルールを考え、正しい決断を下すことに全力を注いでいた。しかし饂飩は「このプレイヤーはこの役割を与えられるとこう行動する」というゲーム外の法則をとらえることで人狼、あるいは村人と思われるプレイヤーを見抜いたのではないかというのだ。
プレイヤーの位置がシャッフルされるまでの100回は、同じプレイヤーが同じ位置で役割を演じる。人間も「嘘をつくときやたら饒舌になる」といったクセは人それぞれ。人工知能もプログラミングした人間がとらせる行動(クセ)が出る。
暗号解読などにしてもそうだが、相手が本来隠そうとしているものとはちがう文脈から答えが見つかることはある。有名なエニグマ暗号にしても「同じ時間に同じ単語を送る」という、暗号を使うときの行動(クセ)が解読の鍵になった。
鳥海准教授も「最初からこのレベルの人工知能が出てくるとは思いませんでした」と驚いていた。いつかプログラマー本人に会ったとき話を聞いてみたい。
ところで人工知能の「嘘」を見抜いた『饂飩』は、同時に人工知能の本質を問いかけているようにも思えた。表情や仕草など「会話の内容とは無関係なところから心象を察する」というのは人間同士のコミュニケーションの基本だ。
「『嘘をつく』という、人間の非常に高度な知能を実現する。人狼が強いプログラムはチューリングテストよりもはるかに難しいんです」
人工知能学会の松原仁会長はパネルディスカッションでそう話していた。チューリングテストは人工知能が人間らしく感じられるかどうか調べる基本的なテストだが、人狼はさらにその先をいっているというのである。