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古田雄介の“顔の見えるインターネット” 第49回

ココログとGizmode Japanを作った元祖ブロガー

2009年06月01日 12時00分更新

文● 古田雄介

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オープンだから、SNSよりブログを選んだ

いちる氏。10年前と比べ、ネットは「情報の量と種類が圧倒的に増えた。探す手段も充実しているから、色々な人の体験や考えに触れられるようになった。2ちゃんねるで結構まじめに書く人が多くなったことも注目すべき変化だと思う」と語る

―― いちるさんが「ブログ」というサービスを知ったいきさつを教えてください。

いちる 当時働いていたニフティは、パソコン通信時代から「フォーラム」というネットコミュニティを中心にしたサービスをやっていました。ところが、2ちゃんねるが盛り上がりはじめた2002年頃、コミュニティの中心がインターネットに移って、フォーラムはどんどん衰退していったんです。

 僕は当時、ニフティのコミュニティサービスを復活させようとしている部署に在籍していました。当時の2ちゃんねるは今より100倍くらい殺伐としていたので「そういう方向ではないコミュニティを作ろう」と色々探していたときにブログを発見したんです。

 まだアメリカで流行の兆しが見えてきた頃でしたね。だから一番最初からコミュニティツールとしてブログを見ていました。


―― アメリカでは、ブログが登場してまもなくSNSも注目されていきましたが、それでもコミュニティサービスとしてブログを選んだわけですね。

いちる そうですね。ただ、それにはニフティの事情が絡んでいます。SNSは会員制サービスという閉じたコミュニティの印象があったんです。フォーラムもニフティIDを持っていないと入れない閉じた仕組みだったので、そこから脱却したかったという側面があります。ブログだったら、会員以外も参加できる、オープンなコミュニティができるんじゃないかと。

ココログ。現在もメジャーブログサービスとして人気を誇っている。著名人のブログをまとめた「ココセレブ」というコーナーも用意する


―― そうしてココログがスタートしたわけですね。それから「あ、これは流行るな」と感じたのはいつ頃でしょう。

いちる 2003年12月に始めたんですが、軌道に乗った感じがしたのは2004年9月くらいですね。その時期からはアクセス数もブログ数もすごい勢いで伸びていきました。ニフティがパソコン通信からインターネットに移り変わったのは1995年くらいですが、ココログスタート当時は、この10年弱の間では一番外部に受け入れられたサービスかもと言われましたね。


―― ブレイクのきっかけは、何だったんですか?

いちる 色々な要素があります。ひとつはブログを書いてくれていた眞鍋かをりさんが超ブレイクしたことです。ココログを始めてから、ブログを広めるために色々な取り組みをしていて、芸能人ブログもその一環だったんですよ。

 だけど、ブログなんていうワケも分からないし、お金になりそうにないものに協力してくれる方は少なくて。その中で当初から書いてくれていた眞鍋さんがブレイクしたことで、「芸能人が事務所やプロデューサーを介さずに、直接メッセージを伝えているらしい」「そもそもブログって何だ?」と、様々な媒体で採りあげてもらえたんです。

 2つ目は、ちょうどその頃に他社のブログサービスがたくさん立ち上がったことです。そして3つ目は2004年8月に「週刊SPA!」で「エログ特集」が組まれたことですね。エロ系コンテンツを扱うブログが注目されて、他誌もエログを追うようになり、「エログ」という言葉が飛びかいました。

 だから、日本ではブログよりも「エログ」という言葉が先に流行ったんじゃないかと(笑)

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