動き出したフェアユース導入
日本でベンチャーが生まれにくい原因として、起業にともなうリスクをきらう傾向が強いといわれるが、第23回でも書いたように、政府が著作権法や個人情報保護法などによって必要以上のリスクを作っている官製不況の面も大きい。
日本人は法的リスクに慣れていないので、裁判になること自体を恥とする傾向が強い。特に最近ではコンプライアンス(法令遵守)が至上命令となり、少しでも訴訟リスクがあると法務部がストップをかけてしまう。
この状況を是正しようと、知的財産戦略本部や自民党の知的財産戦略調査会で、フェアユースの導入が検討されている。これは英米の著作権法で、「公正利用」とみなされる用途には、著作物を著作権者の許諾なしに使えるという規定だ。
許諾を免除する規定は日本の著作権法にもあるが、こちらは図書館や学校など具体的な用途を限定列挙する方式なので、新しい技術に対応するのが難しい。検索エンジンが違法になっている状態は、5年以上前から指摘されているのにまだ法改正できない。
法律で細かく決める官僚支配の構造
これまでは、フェアユースは日本の法体系にはなじまないと考えられてきた。英米法は、「フェアユースならよい」というように法律の条文では抽象的に定め、具体的に何がフェアなのかについては裁判で判例を積み重ねて決める慣習法(コモンロー)の考え方でできているが、日本の法律では何が合法で何が違法かを実定法で規定し、その具体的な内容も政令・省令などで官庁が細かく決める。
たとえば著作権法の施行令では、「図書館資料の複製が認められる図書館等」について「政令で定める図書館その他の施設は、国立国会図書館及び次に掲げる施設で図書館法 第四条第一項 の司書又はこれに相当する職員として文部科学省令で定める職員が置かれているものとする……」などと6項目にわたって詳細に定めているため、司法的な解釈でこれを外れる施設にフェアユースを認める余地はない。
このように極端な実定法中心主義は、日本が明治初期に法律を作るとき、独仏など大陸の法律をまねた影響が大きい。この結果、立法・司法の機能も官庁が兼ねる「官僚内閣制」とも呼ばれる行政中心の政治システムが、100年以上にわたって続いてきた。裁判官の常識で法律を柔軟に運用するフェアユースの考え方は、こうした官僚支配と根本的に対立するので、霞ヶ関には受け入れられないとみる法律家も多い。

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