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「文庫」から始まった出版プラットフォームの歴史:IPのマルチレイヤー化とAI時代への挑戦

連載
プラットフォーム学~先端事例から学ぶ、社会実装の現在点

提供: 京都大学プラットフォーム学卓越大学院プログラム

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第5期:電子書籍による「ゲームチェンジ」とグローバルでの権利防衛

 2010年代、スマートフォンと「電子書籍」の登場は、出版業界の構造を根底から覆した。日本の出版流通は、取次(問屋)が配本数を決めるという「委託販売制度」に縛られていた。出版社は自分たちが作った本を、どこの書店に何冊置くか、完全にはコントロールできなかった。

 電子書籍はこの「物理の制約」を消し去った。出版社が直接、読者にコンテンツを届け、在庫切れもなく、24時間365日販売できるようになったのだ。 

 KADOKAWAはこの波をいち早く察知し、過去の書籍約5万点を一気に電子化。ペンギン・ランダムハウスに次ぐ世界第2位のラインナップを確保するとともに、自社オンラインストア『BOOK☆WALKER』を立ち上げ、問屋機能を内製化するという大胆な「ゲームチェンジ」を行った。現在、出版業界の利益の多くは電子書籍(特にコミック)によって支えられている。

 同時に、電子化は海賊版サイト(漫画村など)とのグローバルな戦いも生んだ。出版社は連携して法的にこれを叩き潰す一方で、Netflixやクランチロールといった海外の正規映像プラットフォームと組み、海外での市場開拓を進めている。垣貫氏は「世界で日本のIPをどう売り、いかに正確に著者に利益を分配し続けるか。この真っ当な仕組みを広げることが日本の出版社の重要な使命になっている」と語った。

 物流・在庫・取次という「物理のくびき」から解放されたことで、出版社は初めてコンテンツの流通を自らコントロールできる立場に立った。この構造変化は、単なるデジタル化ではなく、出版プラットフォームの「主権」が出版社の手に移った歴史的転換点として位置づけられる。

第6期:現代のIPマルチレイヤー戦略とグローバル展開

 現在、出版社の役割は「本を作って売る」ことから、「権利のプラットフォーム」へと完全にシフトしている。一つのWeb連載や漫画が、単行本化、アニメ化、ゲーム化、グッズ化と展開していく「IPマルチレイヤー」構造だ。一つの原作を垂直統合的に多層化させ、世界規模でライセンスを運用されることで従来の出版モデルとは比較にならない規模のビジネスへと進化を遂げている。

 この多層展開を支えるのが、前述した「製作委員会方式」などのプロトコルだ。出版社は、アニメ化やゲーム化の際、出資者間の複雑な権利関係を調整する役割を果たす。

 KADOKAWAのような企業が強みを持つのは、このマルチレイヤーを自社グループ内で「垂直統合」している点にある。アニメ制作、映画配給、電子書籍プラットフォーム、ゲーム開発、さらにはグッズ販売までを内製化することで、中間マージンを最小化しつつ、IPのブランド管理を一貫して行うことができる。

 さらに垣貫氏は、このマルチレイヤー戦略をグローバルに展開する際、日本の出版社が持つ「正直な分配」という文化的背景が強力な武器になると説く。

 海外市場には、権利の所在が不透明であったり、収益報告が不正確であったりする不透明なプラットフォームも少なくない。その中で、長年のメディアミックスの歴史を通じて培われた「著者に正当なロイヤリティを分配する」というガバナンスは、世界中のクリエイターやプラットフォーマーから信頼を得るための「インフラ」として機能している。

 IPを単なる「コンテンツ」としてではなく、複数のレイヤーを横断して価値を増幅し続ける「動的な資産」と捉えること。これこそが、デジタル時代の出版社がプラットフォームとして生き残るための生命線なのである。

台頭する生成AIとの向き合い方

 垣貫氏は講義の最後に、次なる時代の重大な課題として挙げたのが「生成AI」である。現在、AIプラットフォーマーに対して、日本の著作権法(特に第30条の4)は情報の解析を目的とした学習について、権利者の利益を不当に害さない限り、許諾なしでの利用を広く認めている。

 垣貫氏はこの現状に対し、「ChatGPTやGeminiなどに無断で学習されている状態でいかに日本の出版物と著者の権利を守り、新たな許諾と還元のルールを整備するかが重要」と語る。

 また、亡くなった作家の新作をAIで描く「AI手塚治虫」のようなプロジェクトや、著者の友人が作品を引き継ぐ『ベルセルク』の事例のような、終わってしまったコンテンツを、AI技術を使って続けていくべきかどうかという点についても言及した。これは技術の問題であると同時に、倫理的な問題やファンの心情を含んだ議論となる。

 難しい問題ではあるが、こういった内容もプラットフォームとしての出版社が考えて、答えを出していかなければいけない問題だと結んだ。

 生成AIを敵対者としてのみ捉えるのではなく、権利を守るための盾とし、マーケットを広げるための剣として使いこなす。垣貫氏が語ったのは、テクノロジーの波に飲まれるのではなく、その波を乗りこなして「権利のプラットフォーム」をさらに強固なものにするという、出版業界の矜持であった。

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