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「文庫」から始まった出版プラットフォームの歴史:IPのマルチレイヤー化とAI時代への挑戦

連載
プラットフォーム学~先端事例から学ぶ、社会実装の現在点

提供: 京都大学プラットフォーム学卓越大学院プログラム

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第1期:イノベーションの原点「文庫」の誕生

 垣貫氏は次に、出版界におけるプラットフォームの変遷を、その転換点から6つの期に分けて説明した。最初の巨大な転換点として挙げたのが、「文庫」の誕生だ。  

 元々はドイツのレクラム文庫がモデルとなっているが、1927年の岩波文庫創刊に始まる文庫の最大の発明は、その「統一されたサイズ(A6判)」にある。

 これにより、書店側は専用の棚を作りやすくなり、在庫管理の効率が飛躍的に向上した。これは、現代における「Webブラウザー」や「アプリストア」のような、情報の受け皿となる共通規格が誕生したことを意味する。

 「文庫は、知のアクセス権を万人に開放した、出版界最初のオープン・プラットフォームだったのです」(垣貫氏)

 文庫という統一規格の誕生は、コンテンツの民主化であると同時に、流通・陳列・在庫管理という「インフラの標準化」を実現した。すなわち文庫とは、出版界が生み出した最初の「共通プラットフォーム」だったのだ。

第2期:メディアミックスという「プラットフォームの接続」

 次の大きな転換点となったのが、1970年代後半だ。「出版」というプラットフォームが「映画(映像)」と接近し、角川映画に代表される「メディアミックス」戦略へと発展する。

 それまで、映画化とは「売れた本の二次利用」に過ぎなかった。しかし角川書店(当時)は、映画の製作と本の出版を、最初からパッケージとして設計した。

 映画という強力な「広告塔」を使い、主題歌(音楽)をラジオやテレビで流し、お茶の間をそのコンテンツ一色に染め上げる。そして、映画を見た後すぐに書店へ行けば、同じ表紙の本が並んでいる。この「映像・音楽・出版」を同時に回す循環こそが、メディアミックスの本質である。

 「当時の角川書店は『読んでから見るか、見てから読むか』というキャッチコピーのもと、映画のヒットで原作を爆発的に売る仕組みを作りました。それだけでなく、薬師丸ひろ子さんのような主演俳優を自社プロダクションで抱え、映画の主題歌(音楽権利)までも自社で内製化したのです」(垣貫氏)

 これによって、単に出版権を預かるだけでなく、映画化権、音楽著作権などを分割・管理して運用する新たな『権利のプラットフォーム』が形成された。その結果、累計約60本の映画で当時約500億円の売上を記録する巨大ビジネスへと成長したのである。

 出版社が「本の売り手」から「権利の設計者」へと役割を拡張したこの転換は、後のIPビジネス全体の雛形となった。単一メディアの枠を超えた権利の束ね方とその分配設計こそが、現代の「製作委員会方式」へと直接つながるプロトコルの起源であると垣貫氏は説明した。

第3期:SNSや検索エンジンの先駆けとなった「雑誌」の登場

 続く時代を牽引したのが「雑誌」プラットフォームだ。全盛期の『週刊少年ジャンプ』は発行部数653万部(回し読みを含めれば2,000万人規模)、『ザ・テレビジョン』は200万部、女性誌の『JJ』や『non-no』も数十万部の発行部数(あるいは読者数)を抱えていた。

 GoogleもAmazonもない時代、読者は雑誌を通じて「次に何を買うべきか」「どの店に行くべきか」という情報を得ていた。『ザ・テレビジョン』は番組検索エンジンであり、『JJ』や『non-no』はファッションのレコメンドエンジンだった。雑誌が紹介したアイテムが即座に完売する現象は、現代のインフルエンサー・マーケティングをはるかに凌駕する規模で起きていた。

SNSや検索エンジンが存在しなかった時代、雑誌は個人の趣味嗜好を束ねる「検索エンジン」として機能していた。単なる情報の束ではなく、次のトレンドを提示するプラットフォームであり、読者のアイデンティティを形成する強力な場であった

 「読者は単なる文字や写真の情報を消費していたのではありません。雑誌は、バラバラだった個人の趣味嗜好を物語の背景で束ね上げ、一つの『自己同一性』を作り出すコミュニティ・プラットフォームだったのです」と垣貫氏は分析する。

 デジタル時代にSNSや動画プラットフォームが果たしている役割を、雑誌はアナログの紙とスタッフの目利きで実現していた。この時代の雑誌が蓄積したコミュニティ形成と情報キュレーションのノウハウは、現在のデジタルIPビジネスにも脈々と受け継がれている。

第4期:ネット時代の到来とUGCへのシフト

 2000年代に入ると、インターネットの普及によりプラットフォームの形はさらに変容する。『魔法のiらんど』などのガラケー向け小説サイトから、プロの作家ではなく一般の女子高生などがガラケーで打ち込んだ作品である『恋空』や『ディープラブ』などのメガヒットが誕生した。UGC(ユーザー生成コンテンツ)の場から生まれた物語が、出版(文庫)を経て映画化されるという新しい形が生まれたのだ。

 垣貫氏はこのイノベーションを、次のように捉えていたという。

 「これは、情報のゲートキーパー(門番)だった編集者の権威が揺らいだ瞬間でした。UGC(ユーザー生成コンテンツ)からヒットが生まれ、それが後から文庫化・映画化されるという『逆流』が起きたのです」

 さらに、出版社は『2ちゃんねる(現5ちゃんねる)』発の『電車男』を皮切りに、ニコニコ動画、YouTubeなどの動画共有サイトとも接続するようになる。

 このネット上の熱量(ニコニコ動画などのコミュニティ)を出版IPと融合させることを狙って、後にKADOKAWAとドワンゴが経営統合されることになる。

 また、垣貫氏は知られざる歴史として、YouTube黎明期のエピソードに触れた。

 「当時、海賊版だらけだったYouTubeに対し、弊社の関係者たちは『消すのではなく、再生数に応じて権利者に収益を戻す仕組み(Content IDの原型)』を提案しました。これがなければ、今のYouTuberという職業も、動画プラットフォームの健全な発展もなかったかもしれません」(垣貫氏)

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