社会課題と事業成長は両立できるのか——堺発スタートアップが示した「変化の5カ月」
「中百舌鳥イノベーションミーティングvol.4」レポート
提供: 堺市
堺市・中百舌鳥を拠点にスタートアップ支援を展開してきた取り組みの成果発表の場「中百舌鳥イノベーションミーティングvol.4」が、S-Cube(さかい新事業創造センター)で開催された。本イベントでは、約半年にわたるプログラムを通じて成長してきたスタートアップや企業が登壇。プログラムを通じた“変化の軌跡”が共有された。
単なるピッチではなく、「どのように変化したのか」に焦点を当てた本イベント。そこには、社会課題と向き合いながら事業を磨き上げてきたリアルなプロセスがあった。
「売れる」まで伴走する——グロースプログラムの本質
まずは「さかいスタートアップグロースプログラム」のデモデイが実施された。
本プログラムの特徴は、プロトタイプや初期プロダクトを持つ事業者に対し、「0→1→売れる」までのプロセスを徹底的に伴走する点にある。単なる資金調達やプレゼン機会ではなく、「顧客は誰か」「どんな価値を提供するのか」といった原点に立ち返り、実証と検証を繰り返す実践型支援が行われた。
プログラムサポーターのKANDO株式会社は、顧客視点・理想・現実解を行き来しながら事業の解像度を高める手法を導入。約5カ月にわたり週次でのミーティングを重ね、PoC(概念実証)を通じて「本当に売れるのか」を検証してきた。
強調されたのは、「ピッチではなく変化を語る場」であるという点だ。実際に現場で何を試し、どのように仮説を修正したのか。その生々しいプロセスこそが、本プログラムの核心である。
「医療難民は都市にもいる」——仮説を広げたオーガイホールディングスの転換
オーガイホールディングス株式会社の野田真一氏の発表は、「原点」と「進化」を象徴する内容となった。
同社は当初、歯科技工士不足という社会課題に着目し、3Dプリンターによる入れ歯製作と移動型歯科診療(医療MaaS)を展開。過疎地や災害時など、医療が届きにくい場所での活用を想定していた。
しかし、プログラムを通じた検証の中で、新たな仮説にたどり着く。それは「医療の空白は都市部にも存在する」という視点である。
都市部の実証では、企業において口腔内のスキャンや可視化を実施。スマートフォンで自身の口腔状態を確認できる仕組みを導入した。その結果、「歯科検診に行こうと思った」という回答が多く得られ、行動変容の兆しが確認された。忙しさや時間の制約が受診の障壁になっている実態も明らかになった。
野田氏はこう整理する。
「気づきで終わらせず、医療につなげていくことが重要」
さらに、歯周状態の数値化やAIによる評価、医科歯科連携などにも言及。定性的だった歯科領域をデータとして扱い、予防医療へとつなげる構想にまで踏み込んだ。
過疎地モデルから都市型モデルへ。そして「データによる行動変容」へ。プログラムを通じて、社会実装を見据えたフェーズへと踏み出した。
「便利だけでは使われない」——サービスの前提を問い直すReeveSupport
合同会社ReeveSupportの三澤由佳氏は、事業の方向転換を強く印象づける発表となった。
当初は介護タクシーの配車アプリを開発。しかし実際には利用が伸びず、プログラムを通じて事業の前提を問い直すことになる。
検証の中で明らかになったのは、業界の構造的課題だった。価格やサービス品質がバラバラで、利用者にとって安心して選べない。その結果、「便利なアプリ」よりも「信頼できるサービス」が求められていることが浮き彫りになった。
そこで打ち出したのが「看護師タクシー」である。訪問看護ステーション約100件へのヒアリングや営業活動を通じ、看護師が同乗することで安心感が大きく向上することを確認。実際に通院同行や診療内容の共有などのニーズを獲得し、リピート利用にもつながった。
一方で、「1回目に使ってもらうのが難しい」という課題も明確になった。既存の介護タクシーとの関係性が障壁となるためだ。三澤氏はこう振り返る。
「自分のサービスを疑うということをして、原点に立ち返ることができました」
現在は、すでに連携している全国200社以上のネットワークを活かし、サービス品質の底上げと展開をめざす。
“便利”から“安心”へ。価値の定義を変えることで、事業の方向性も大きく転換した。
「実際に試す」ことでしか見えないもの
グロースプログラムの締めくくりとして行われた総評では、登壇した2社に共通する変化の本質が語られた。
まず指摘されたのは、「原体験」の強さである。
オーガイホールディングスについては、「父への恩返し」という動機を起点にしながら、AIやデータ活用といった強みを掛け合わせ、事業を発展させている点が評価された。過疎地医療からスタートしつつも、現場のニーズを踏まえて都市型モデルへと広げていったプロセスについても、「現場を見ながら事業を変化させている」と言及された。
また、都市部で得られた口腔データについても、「0次情報として蓄積し、将来的な活用につなげていく可能性がある」とされ、単なるサービス提供にとどまらない展開への期待が示された。
一方、ReeveSupportについては、地域包括支援センターや看護師としての経験を起点に、「介護タクシーは必要不可欠な存在である」という認識を持ちながらも、その提供価値を再定義した点が評価された。
特に、「看護師が寄り添うことの重要性を改めて確認した」こと、そして実際に現場で検証を重ねながら現在のサービスにたどり着いた点について、「フィールドでの試行を通じてニーズを捉えている」と言及された。
さらに、両者に共通するポイントとして、次の点が強調された。それは、「実際に試して、確認し、必要であればピボットする」というプロセスである。机上の仮説ではなく、現場での検証を通じて事業を磨き込んでいく。その積み重ねによって、初期のアイデアはより現実的で、社会に届く形へと変化していく。
「原体験の力強さ」と「現場でのフィールドワーク」。この2つが、グロースプログラムを通じた変化の中核であった。
社会性と経済性を両立する——アクセラレーションプログラム
続いて行われたアクセラレーションプログラムでは、すでに事業を展開している企業が「次の成長」をどう描くかがテーマとなった。
ここで問われるのは、社会課題を解決するだけでなく、事業として成立させること。単なる理念ではなく、収益構造やスケーラビリティまで踏み込んだ事業設計が求められる。
りそな総合研究所による支援のもと、参加企業は原体験や自社の強みを再整理し、ターゲット・課題・コンセプトを徹底的に言語化。複数のワークシートを用いて事業を構造化し、実現可能性を高めていった。
未活用農作物を“産業”へ——フォレストバンクの構造転換
フォレストバンクは、規格外農作物を活用した加工事業を展開してきたが、今回のプログラムで大きな方向転換を図った。
従来のジェラートなどの加工販売は収益性がある一方、扱える量には限界がある。そこで構想されたのが、流通そのものを再設計する「農作物流通インフラ」である。
農家の作付け段階から供給量を予測し、法人顧客に対して事前に販売を確定させる仕組みを構築。さらに、農作物をピューレ化することで品質のばらつきを吸収し、安定供給を可能にする。
加えて、LINEを活用した農家との連携など、アナログとデジタルを組み合わせた設計も特徴的だ。
さらに中長期では、若手経営者の育成と事業承継にも踏み込む構想を提示。単一のプロダクト事業から、農業の構造そのものを変えるビジネスへと進化しつつある。
「遊びに行くついでに働く」——製造業の働き方を再定義する富士高周波工業
富士高周波工業の後藤光宏氏は、これまでの経営をこう振り返る。
「ずっと1人で突っ走ってきた感覚がありました」
人手不足やコスト増といった業界課題に対し、これまでは個人の判断で対応してきた。しかし、プログラムを通じて浮かび上がったのは、「再現性のなさ」だった。
そこで取り組んだのが、事業の構造化である。何を誰がどう判断するのか、どこまでを仕組み化するのかを言語化し、「人に依存しない工場」への転換を進めた。その象徴が「遊びに行くついでに働く工場」というコンセプトだ。
高齢者が無理なく働けるよう、半自動化設備を導入し、重労働を排除。さらに、工場内に保養施設を併設し、働くことと余暇を一体化させる。6交代制などの仕組みにより、柔軟な労働環境も実現する構想だ。
これは単なる雇用施策ではない。労働のあり方そのものを再定義し、地域資源を活用しながら持続可能な製造業モデルを構築しようとする試みである。
堺から広がる「社会課題×事業成長」の実装
アクセラレーションプログラムの総評では、登壇企業に共通するポイントとして、「社会課題への向き合い方」と「事業としての成立」の両立が挙げられた。
グロースプログラムが仮説検証と方向転換のフェーズであったのに対し、アクセラレーションでは、すでにある事業をいかに構造化し、成長につなげるかが問われていた。
総評ではまず、各社が「自社の強みを改めて整理し直している」点が指摘された。
フォレストバンクについては、未活用農作物の活用という取り組みをベースにしながらも、「短期・中期・長期でどう事業を伸ばしていくかが見えてきている」と評価された。単なる商品開発にとどまらず、流通や供給の設計まで踏み込んでいる点が、次の成長につながる要素として言及された。
一方、富士高周波工業については、「ご自身のやり方を見つめ直し、事業を構造として整理している」点が強調された。これまでの属人的な経営から、再現性のある仕組みへと転換しようとしているプロセスそのものが評価されている。
さらに両社に共通する要素として、「社会課題に真正面から向き合っている」点も挙げられた。
単に効率化や収益性を追求するのではなく、人手不足や農業の持続性といった構造的な課題に対し、自社の事業をどう接続していくのか。その視点が、事業の成長戦略と結びついている点が特徴である。
総評ではこうした取り組みを踏まえ、「強みをどう生かしながら事業を広げていくかが整理されている」とまとめられた。
社会課題とビジネスは、しばしば対立するものとして語られる。しかし本プログラムでは、それらを切り離すのではなく、構造として接続していくプロセスが示された。
社会課題を“事業にする力”はどう磨かれたか——Sakai Next Impact Catapultデモデイ
イベント後半では、「Sakai Next Impact Catapult」の最終発表が行われた。
本プログラムは、社会課題の解決と持続的な事業成長の両立をめざす起業家を対象に、約半年間の伴走支援を実施。講義やメンタリングを通じて、課題の構造理解、事業設計、資金調達といった観点からブラッシュアップを重ねてきた。
最終発表では、採択者それぞれが「学び」と「次のアクション」を軸にプレゼンテーションを行い、その場でゲストからフィードバックが与えられた。
多様なテーマに共通した「構造理解」と「事業化への転換」
登壇者のテーマは多岐にわたる。
酒樽由来の木材を使い、ウイスキーの味わいの変化を楽しむプロダクトを起点に、その体験データを蓄積・分析し、ユーザーごとに最適な酒を提案するプラットフォーム構想。
企業に対して健康支援の専門人材が継続的に入り込み、従業員の不調やパフォーマンス低下を未然に防ぐ“顧問型”の健康経営支援サービス。
高校生が自分の関心に応じて探究プログラムを選択し、地域企業や社会課題と接続することで、学びを実践に結びつける教育プラットフォーム。
男子バレエという切り口から、ジェンダーによる固定観念を問い直し、メディアやコミュニティ、物販を組み合わせて文化として広げていく取り組み。
介護保険外の領域で、ケアマネージャーなどと連携しながら“最期まで自分らしく生きる”ことを支える伴走型サービス。
煩雑になりがちなマルシェ運営において、出店者管理や決済、コミュニケーションを一元化し、運営負荷を大幅に削減するSaaS。
祭りなどの無形文化を、単なる映像記録ではなく準備工程や運営ノウハウまで含めて記録し、将来的に“復活できる状態”で残すためのデジタルアーカイブ事業。
領域は異なるが、共通していたのは「個人の問題意識」を起点にしながら、それをいかに社会構造として捉え直し、事業として成立させるかという視点である。
ゲストが示した視点——社会性と事業性をどう接続するか
それぞれのピッチ後には、ゲスト2名からそれぞれのアドバイスが伝えられた。
株式会社石見銀山生活観光研究所の矢ノ倉利幸氏は、各発表に共通する点として、地域や社会との接続の重要性に言及した。個人の問題意識から出発した取り組みを、どのように周囲を巻き込みながら広げていくのか。そのプロセス自体が事業の成長に直結するとの見方を示した。
一方、株式会社Groove Designsの三谷繭子氏は、事業としての見せ方や伝え方に焦点を当てた。特に、社会課題に対する取り組みは共感を得やすい一方で、それをどのように事業として成立させるのか、アウトカムや価値の提示が重要になると指摘した。
また、いずれのコメントにも共通していたのは、「小さくても実装すること」の重要性である。構想段階にとどまらず、実際に動かしながら検証していくことが、次の成長につながるという点が強調された。
ローカルから社会課題に向き合うには何が必要か——パネルディスカッション
Sakai Next Impact Catapultの締めくくりとして、ゲスト2名によるパネルディスカッションが行われた。モデレーターは、プログラムの伴走支援を担った株式会社UNERIの水谷氏が務めた。
テーマは、「ローカルゼブラ×まちづくりデザイン」。地域に根ざしながら、社会課題解決と事業成長をどう両立させるかが議論された。
「稼いだお金をどこに使うか」が社会性を決める
株式会社石見銀山生活観光研究所の矢ノ倉利幸氏は、地域企業のあり方について、「稼いだお金の使い方」に本質があると指摘する。
地方企業は従来から地域経済を回してきたが、その手法は経営者の価値観に依存してきた。そうした中で、同社では「地域を再生したい」という強い原体験を起点に、事業と地域を接続してきた経緯がある。
その上で矢ノ倉氏は、社会性と経済性の両立について、次のように語る。
「何に対してお金を使うのかで、社会性と経済性の両立の解像度が見えてくる」
単に利益を上げるだけでなく、その利益をどこに再投資するのか。その意思決定こそが、事業の社会的価値を形づくるという視点である。
また、地域に人を呼び込み、共感を広げていくプロセスについては、創業者の活動の積み重ねによって「地域側の受容性」が育まれてきた点にも言及。外から人が来ることを自然に受け入れる土壌が、長い時間をかけて形成されてきたことが示された。
「共感をどう設計するか」——まちづくりの視点
一方、株式会社Groove Designsの三谷繭子氏は、「人とまちの関係性をどうデザインするか」という観点から議論を展開した。
地域の課題として挙げたのは、「関わりたい人はいるが、関わるきっかけがない」という構造である。加えて、担い手の高齢化や人材不足も全国共通の課題として指摘した。
こうした状況に対し、三谷氏は「関わりのプロセスを設計すること」の重要性を強調する。
人が地域に関わるまでには、「知る」 「関心を持つ」「参加する」「自分ごと化する」といった段階があり、これを意識的に設計する必要があるという。
また、ワークショップや共同作業などを通じて、関わる人を増やしていく具体的な取り組みにも触れ、「最初からプレイヤーを求めるのではなく、段階的に関係性を深めていくことが重要」と述べた。
事業を続けるために必要なこと
ディスカッションの最後には、これから社会課題に挑む起業家に向けたメッセージが送られた。
矢ノ倉氏は、「無理をしないこと、続けること」の重要性を挙げる。
「続けることが大事。続ければ成功する」――社会性の高い事業は理想が先行しがちだが、無理な成長や過度なプレッシャーが継続を妨げるケースも少なくない。だからこそ、自分に合った形で長く続けることが重要だと語った。
三谷氏は「仲間を集めること」を強調する。事業に直接関わる人だけでなく、応援者や共感者も含めた“関係人口”をどう増やしていくか。その存在が、困難な局面を乗り越える支えになるとした。
また、社会課題領域の事業は孤独になりやすいことにも触れつつ、「共感を起点に人を巻き込むこと」が持続性につながると指摘した。
「人の力」を起点に、次のアクションへ——堺市が示すこれから
イベントの最後には、堺市産業振興局の西浦伸雄氏が登壇し、約半年にわたるプログラムを総括した。
西浦氏はまず、参加者と伴走支援者への謝意を述べた上で、今回の発表全体を通じて強く感じた点として、「実体験から生まれた事業」の重要性を挙げた。
ウェルビーイング、教育、ジェンダー、地域のつながり——。今回登壇したテーマはいずれも、行政としても重要な課題として認識している領域である。そうした課題に対し、現場の実感や原体験を起点に事業が立ち上がっている点に、大きな意義があるとした。
その上で、堺市としての役割にも言及。堺市では、単なる支援にとどまらず、実証や事業化につなげるための仕組みづくりを進めており、今後は市としての調達や、ふるさと納税を活用したクラウドファンディングなども視野に入れているという。
技術が進化し、事業の形が変わっていく中でも、「人の力」や「人との関わり」といった要素は変わらない。今回の取り組みは、そのことを改めて示すものでもあった。
また、西浦氏は、今回のプログラムを通じて生まれた「つながり」にも触れた。参加者同士、支援者、そして行政。それぞれが一方向ではなく、同じ目線で関わりながら、事業をともに育てていくことの重要性を強調した。
行政が上から支援するのではなく、「一緒につくり、育てていく存在でありたい」。そうした姿勢が、今回のプログラム全体を通じて一貫していた点である。
最後に、西浦氏は今後に向けて、堺という地域から新たな価値を生み出していくことへの期待を述べ、イベントは幕を閉じた。
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