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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第27回

【JSTnews8月号掲載】さきがける科学人/創発的研究支援事業「 脳疲労のグリア―神経連関機構を解明するスポーツ神経生物学」

疲れを感じないのに判断力が低下する、e スポーツによる脳の疲労特性を解明

2025年08月20日 12時00分更新

文● 畑邊康浩

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松井 崇。筑波大学 体育系 健康体力学分野 運動生化学領域 准教授。東京都出身。2012年筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻修了。博士(体育科学)。筑波大学体育系助教を経て、25年より現職。柔道五段。17年より日本オリンピック委員会柔道競技強化スタッフ。21年より創発研究者。写真:BCNeスポーツ部より提供

Q1 研究者を目指したきっかけは?
A1 筋肉より脳が原因、運動生化学へ

 父の影響もあって5歳から柔道を始め、高校と大学もスポーツ推薦で進学するほど打ち込み、将来研究者になるとは思っていませんでした。ただ、柔道を続ける中で大きな悩みがありました。試合中に心身共に疲れてしまい、練習では勝てる相手に対して思うような結果を出せないことがよくあったのです。

 体のダメージはプロテインなどでケアできますが、この試合特有の「疲労」をどう克服するかが、20代半ばまでの自分の悩みの種でした。大学進学後、生化学の授業を受けて、自分が感じていた疲労は筋肉というより脳が原因であることに気付きました。

 そこから脳疲労への学問的興味が高まり、研究者の道に進むことにしました。現在は「運動生化学」という、ハイパフォーマンス、健康、疲労などの運動にまつわる生命現象を化学的な視点で理解しようとする学問に取り組んでいます。

Q2 具体的な研究内容は?
A2 認知疲労を健全に克服する方法

 疲労には筋肉の疲労と脳の疲労がありますが、私は脳疲労における乳酸という物質の役割に注目しています。強度の高い運動をした時にグリコーゲンから作られる乳酸は、従来、疲労の原因と考えられていましたが、現在はエネルギー源となることが判明しています。私は、乳酸が脳に蓄積することが、エネルギーになりながら神経活動にブレーキをかける生体防御機構として働いたり、疲労の後の休息によりさらに高い機能を引き出す「超回復」のトリガーとなったりする可能性を探っています。これまでの研究では、この超回復が筋肉だけでなく、脳でも起こることを解明しました。

 現在は、体を動かさずに脳だけを使うeスポーツも題材にしています。eスポーツを長時間プレイすると、疲労を感じていないのに脳の判断力が低下する「認知疲労」という現象が起こります。通常のスポーツでは疲労感が先に現れ、それが危険信号として機能しますが、eスポーツではこの警告システムが働かないので、気付かぬうちに判断力が低下してミスをしてしまうのです。

 これはパソコンに向かって長時間働く多くの現代人にとっても重要な問題です。認知疲労を健全に克服する方法を見つけることで、アスリート以外の人々の仕事や生活の質の向上にも貢献できると考えています。そのために、瞳孔の動きから脳疲労を検知する技術や、体への負担を抑えて脳内の乳酸値を測定する方法の研究を進めています。

eスポーツ大会で運動効果の実験をしている様子です。

Q3 研究者を目指す人にメッセージを
A3 夢中の先に科学の世界が広がる

 研究者にとって大切なのは、疲労を感じないほど打ち込めるものを見つけることです。好きなこと、夢中になれるものがあれば、その先には必ず科学の世界が広がっています。柔道でさえこのような研究につながるのですから、どんなことでも科学と結び付く可能性があります。

 科学は人間の好奇心から生まれましたが、スポーツの起源は「遊び」です。つまり、遊びに対する好奇心がスポーツ科学の根源だといえます。スポーツ科学は文理融合領域であり、実験室での研究とフィールドワークとを両立するため心身共にフル回転していますが、人間生活との距離が近く、やりがいを感じやすい分野だと思っています。「遊びを科学する」という発想で、ぜひより多くの人にスポーツ科学への興味を持ってもらえたらと思います。

大学では柔道の授業も担当していて、柔道を専門としない学生にも愛着を持ってもらえるよう、日々試行錯誤しています。

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