【JSTnews5月号掲載】さきがける科学人/戦略的創造研究推進事業ACT-X「情動伝染の内的原理の解明と情報操作による恐怖緩和の実現」
集団内の多様性と同調が、危機の回避に役立つ――ハエの行動から探る「集団の力」
2026年05月29日 12時00分更新
佐藤 大気。千葉大学 国際高等研究基幹 特任助教。千葉県出身。2021年東北大学大学院生命科学研究科生態システム生命科学専攻博士後期課程修了。博士(生命科学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、藤田医科大学医科学研究センターシステム医科学研究部門助教などを経て、2023年より現職。2024年よりACT-X研究者。
Q1 研究者を目指したきっかけは?
A1 生き物の観察が好きだった
幼い頃から生き物が好きで、ペットを飼ったり、近くの空き地で虫やトカゲを捕まえて眺めたりしていました。特に好きだったのはカマキリです。獲物を見つけた途端に狩りのモードに切り替わる、そんな生き物らしさに惹(ひ)かれました。
明確に研究者を志したタイミングがあったわけではありません。いわゆるサラリーマンが周りに少なかったためか、企業に就職するというイメージがあまり湧かず、大学は研究者になるために行く場所だとごく自然に考えていました。生き物への興味から東北大学理学部の生物学科へ進学し、そのまま研究の道を歩んできました。
Q2 現在取り組んでいる研究は?
A2 「フリージング」の緩和を検証
ショウジョウバエをモデルとして、動物の集団行動のメカニズムや、そこに個体間の多様性がどう影響するのかを遺伝子レベルで研究しています。人間には、不安な人を見ていると自分も不安になってしまう「情動の伝染」があり、これに似た現象は虫や魚のような比較的単純な神経系を持つ生物にも見られます。個性が集団の中でどういう役割を持つのかを解き明かしたいと考えたのが、研究の出発点です。
ショウジョウバエは、ハエトリグモなど天敵の脅威を感知すると、恐怖で動けなくなる「フリージング」状態になり、しばらくすると再び動き出します。捕食者が近づいてくるという視覚刺激に対してハエがどのように反応するか実験すると、単独では強いフリージングを示す一方で、集団では、周りにい他の個体の動きに合わせて素早くフリージングを解除する、つまり他個体への同調によって恐怖反応が緩和されることが明らかになりました。
これを手掛かりに、ハエの動きをコンピューター上で仮想的に再現し、個体ごとにフリージングする時間を設定したモデルを作成。「バーチャルハエ」がどのように動くと襲われやすくなるのか、実際のクモを使って検証しました。すると、個体間のフリージング時間に多様性があり、かつ個体間で行動が同調している条件ではクモから襲われにくく、遠くまで移動できるとわかりました。
ただ、ハエが何を考えて行動しているのかを直接知ることはできません。そこで、動きを動画で撮影して、その軌跡から情動を読み解こうとしています。これには、行動の軌跡からその背後にあるルールや目的を推定する「逆強化学習」という機械学習技術を用います。さらに、特定の波長の光を与えることで特定の神経を操作する光遺伝学という手法を用いて、ハエの情動の伝染や集団行動を操作し、そのメカニズムを解明することも目指しています。
Q3 研究者を目指す人にメッセージを
A3 時には「縁」や「運」に身を任せて
研究者は、好奇心とやる気さえあれば、自由になんでもできることが魅力だと思っています。私自身、ハエの他にも、さまざまな生き物を扱って研究をしてきました。やりたいことを思いついたら、すぐに試してみたくなる性格なのです。この世界に存在する多様な生物や生命現象を記述するとともに、ミクロの遺伝子からマクロの生態系までをつなぎ、生物種を超えた普遍的な法則を見つけ出すことが目標です。
最後に、私は大学受験の年に東日本大震災を経験し、いろいろな巡り合わせの末に東北大学に入学しました。そして、大学での出会いが今の研究につながっています。目標を持つことはもちろん重要ですが、周囲への感謝を忘れずに、時に思いがけない「縁」や「運」に身を任せてみる柔軟な姿勢も大切かもしれない、と思っています。
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