極小ペースメーカー研究から生まれたワイヤレス給電技術。「正しいマーケット」を切り開くために重要な特許の使い方とは
【「第5回IP BASE AWARD」スタートアップ部門奨励賞】 エイターリンク株式会社 代表取締役/CEO 岩佐 凌氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
エイターリンク株式会社はワイヤレス給電の社会インフラ化を目指す、米国スタンフォード大学発のスタートアップだ。FA(Factory Automation)、ビルマネジメント、メディカルインプラントの3つの事業領域で社会実装を進め、グローバルでの標準化をテーマに国内外での働きかけにも注力している。IP BASE AWARD受賞にもつながったスタートアップが新技術で勝ち抜くための逆算の知財戦略とは何か。代表取締役/CEO 岩佐凌氏と知財戦略リーダーの羽矢﨑聡氏に話を伺った。
独自のワイヤレス給電技術の社会実装に取り組む
エイターリンク株式会社は、代表取締役/CTOの田邉勇二氏がスタンフォード大学で研究開発した920MHzマイクロ波によるワイヤレス給電技術をベースに、「配線のないデジタル世界」を目指して2020年に設立された。
同社のワイヤレス給電技術は、心臓のペースメーカーをワイヤレス給電で小型化する研究から始まった。既存のペースメーカーは人のこぶしほどの大きさがあり、体内に埋め込むための開胸手術に加えて、定期的なバッテリー交換のための手術も必要だった。これに対して、同社が携わった超小型ペースメーカーは既存製品の1000分の1ほどの大きさ。カテーテル手術で体内へ埋め込め、体外から体内深部20cmまでワイヤレス給電できるのでバッテリー交換も不要なため、患者の身体的な負担を軽減できるメリットがある。
この給電技術を生かしたワイヤレス給電ソリューションを「AirPlug」と名付け、ペースメーカーなど医療用インプラントデバイスのほかにも、工場における生産工程の自動化を図るシステム(FA領域)や、室内の温度/湿度といったデータを管理するビルマネジメントの領域に応用し、事業を展開している。
「AirPlug」には、最大17メートルの長距離給電、あらゆる角度から給電可能、低消費電力といった特徴があり、1台の電力送信機から最大100台のセンサーに同時給電できるという。
こうした特徴から、FA領域においては工場の生産ラインに組み込まれた機器やロボットのセンサー類の給電に利用されている。センサー類の給電にはケーブルが用いられるが、ケーブルは経年劣化や摩耗により断線が起きやすい。ワイヤレス給電であれば断線の心配は無く、点検やメンテナンスにかかる手間やコストを軽減できる。また、そもそもケーブルが不要になるため、従来設置しにくかった場所にもセンサーを置けるメリットがある。
ビルマネジメント領域では、ワイヤレス給電を生かした室内の環境センシングサービスを提供している。一般的にオフィスの大型空調機は天井に設置されており、温度センサーも電源の都合から天井の空調機に内蔵されている。しかし、人が作業するデスク周辺と天井では温度差が4度ほどあるため、設定温度と体感温度に違いが出てなかなか適温にならないという。「AirPlug」を使うことで電源を気にせず、人に近い場所に温度や湿度のセンサーを自由に設置することで、室内の環境データをより正確に把握できる。快適な環境を維持するとともに、空調機の無駄な運転を減らすことで消費電力抑制にもつながるという。
国内では竹中工務店、三菱電機、三菱地所との合同による1年間の実証実験を経て、「AirPlug」は2024年4月から一般販売を開始。米国でも実証を進めており、2025年からの販売を予定しているそうだ。
競合企業は国内外で数社あり、エイターリンクは後発ではあったが売上では引けを取らないという。
「理由は給電距離の長さとビジネスモデルにあると思っています。例えば、ある競合他社はワイヤレス給電のデバイスのみを売るビジネスモデルを採用しています。しかし、新しい技術を社会実装して普及させていくには、現場の具体的な課題を解決していかなければなりません。当社は、ワイヤレス給電の技術やデバイスはもちろん、それらを生かした具体的なソリューションを提供することで売上につなげています」と岩佐氏は説明する。
国内外の業界団体に働きかけ、ワイヤレス給電技術の標準化を目指す
ワイヤレス給電は電流を電磁波に変換して送信するため、電波法の規制を受ける。「起業した当時は国内ではワイヤレス給電を使うことができなかったので、電波法の改正は大きなマイルストーンでした」と岩佐氏。国内では、業界団体として総務省や関係省庁に働きかけ、2022年5月には電波法施行規則の一部改正が実現した。
海外ではワイヤレス給電が許可されている国も多いが、国際的なルールがなく、使用できる周波数が異なるという。岩佐氏は2023年にドバイで開かれた国際電気通信連合(ITU) の世界無線通信会議(WRC-23)に日本代表団の一員として参加し、その場でもワイヤレス給電の重要性を訴えるなど、国際規格の統一に向けて取り組んでいる。
「我々は最初からグローバルを目指しており、規制があってもそれを変えることを前提にアクションをとっている。一方で、スタートアップは局地戦で勝っていかなければなりません。そのための交渉力、爆発力は必要。戦略的にもやるし、泥臭くもやっていくのがエイターリンクの特徴です」(岩佐氏)
エイターリンクが目指すのは、ワイヤレス給電のインフラ化とそのメインプラットフォーマーになること。通信規制の改正や知財戦略はその重要な布石にもなっている。
エンジニアとIPランドスケープを実践し、マーケットインの文化を醸成
第5回IP BASE AWRADでは、グローバルでの標準化を前提とした知財活動が高く評価された。創業から現在まで、知財に対する考え方や活動体制をどのように変化させ、積み上げてきたのだろうか。
「エレクトロニクス分野は核となる良い特許があるからといっても、それだけでは勝てない。大手企業が市場に参入してくれば、スタートアップはすぐに打ち負かされてしまう可能性があります。そこで、まずは初期に技術的なコア特許を押さえ、その後、現在は各事業領域でソリューションを展開するためのアプリケーション寄りの特許を中心に出願しています。
ただし、特にスタートアップは予算の制約があるので、調達したお金を特許につぎ込むわけにはいかない。まずはしっかりとプロダクトを出して、マーケットフィットさせること。そのうえで特許にも一定のリソースを割き、短期的には大手企業に対する防御になる特許を押さえ、中長期的には規格の標準化などビジネスの勝ち筋につながる特許を押さえていく、というのが基本的なスタンスです」(岩佐氏)
こうした岩佐氏の経営や知財のセンスは、先人たちの知恵から学んでいるという。
「事業を始める前には、過去に起業した方々の著書などをたくさん読み、有名企業が勝ってきた要因や特許情報についても勉強してきました。そうしたなかで、エイターリンクではどのように特許を取っていくべきか、を自分なりに考えていました。それでも簡単に正解が見つかるわけではなく、ずっと泥臭く考え続ける作業の連続です」と岩佐氏は言う。
また、どんなに考え抜いた戦略であっても、想定通りにはいかないこともある。
「当初描いた特許戦略から変化があるものの、事業の成長とともに戦略が変化するのは自然なことです。今ではビジネスの解像度も上がり、逆算して『この特許がキーになるから、今この特許を取っておく』と考えられるようになりました」
2022年に知財戦略リーダーとして羽矢﨑氏が入社してからは、ビジネスの将来像の解像度を上げ、逆算した知財戦略のもとで知財活動を進めている。
「知財活動はフィードバックが大切。我々がグローバル展開して世界中で製品を販売し、標準化し、ワイヤレス給電が当たり前になった未来の姿を描き、そこからバックキャスティングして『価値ある特許とは何か』を解いていきます。そのための体制づくりとして、エンジニアが『どういう製品・サービスで使われているのか』という技術上での仮説を検証し、さらに知財部門側と事業部門側とが情報交換しながら仮説を検証することで、IPランドスケープを実践しています」(羽矢﨑氏)
今ではエンジニア自身が特許を取ろうとする社内文化が定着し、羽矢﨑氏を中心に日々議論が交わされているそうだ。
「特許を取るだけで終わらず、エンジニア自身がビジネスを考えられるようになる。結果として、プロダクトアウトではなく、マーケットインの考え方を会社全体で醸成することが知財部の大きな役割。これは将来の会社としての強さに必ずつながると考えています」(岩佐氏)
これまでに権利化した知的財産は一定の参入障壁として効果が出ており、知的財産活動の目的を競合の排除だけでなく、市場形成や標準化にも置いている。
「ワイヤレス給電の市場はまだ発展途上です。法律も変わり、プロダクトも売れ始めました。これからは、『正しいマーケット』をつくっていくために特許が重要になってきます。ワイヤレス給電の規格が統一され、市場が健全に拡大していくことが大切で、そのためにも、当社が重要な特許を押さえ、標準化に寄与することが必要だと考えています」
どのような権利を押さえていれば、標準化やライセンスでの事業創出に効いてくるのか。将来の市場をイメージし、事業を動かしながら特許を取る領域や順番を考え続けているという。
最後に岩佐氏に今後の事業の目標について伺った。
「まずは、PMS(市販後調査)をしっかりやっていくこと。市場から小型化や低価格化といった要望が返ってきているので、その声に対応していくことが重要です。中長期では、インフラとプラットフォーマーの2つを目指していきます。インフラ事業は、物流やリテールなどの領域に広げて産業ごとの送電機を開発し、普及させていきます。プラットフォーマーとしては、すでにワイヤレス給電が導入されている空間に2つ目以降のアプリケーションが入っていけるようなプラットフォームを構築すること。ハード、ソフトの両面で技術を提供することで、ワイヤレス給電の本質的な社会実装を地球規模でやっていきたいと思っています」