「モノづくり教育」だけでは不十分 起業家育成を狙う神山まるごと高専の「コトを起こす」野心
実際の学生は「起業」をどうとらえているのか、地元食材の給食を食べながら聞いてきた
実際の学生は「起業」をどう考えている? 給食を食べながら聞いてみた
ユニークな教育方針をとる神山まるごと高専には、全国から入学志願者が集まっている。開校2年目となった2024年度の志願倍率はおよそ10倍だった。現在約80名いる学生は、全国31都道府県と海外から、ここ神山町に集まっている。
入学試験には学力試験や課題レポートがあるが、そこでは「神山まるごと高専とのマッチング」を重視しているという。たとえば「モノづくりについての自己PR動画の制作」「自分の住む地域の魅力をテクノロジーで向上させるアイデアの提案」などを通じて、同校が求めるモノづくりへの興味関心、自分の意見の伝達力、“正解のない問い”への回答力などを測るという。
それでは実際に、どんな学生が、どんな意欲を持って学んでいるのだろうか。冒頭に挙げた松坂氏の言葉どおり「起業」に対する意識は強いのか。お昼の給食をいただきながら、2年生の中本慧思さん、山口空さんに話を聞いた。2人とも同校の第一期生だ。
中本さんはもともとモノづくりが好きで、早くから高専への進学を考えていた。進学先を探すうちに、当時は開校準備中だった神山まるごと高専のことを知り、学校の紹介動画を見たりサマースクールへ参加したりするうちに、その魅力を理解して「ファンになりました」という。
一方の山口さんは、小学生のころから行きたい高校があり、その高校を目指してずっと受験勉強もしていた。しかし、中学3年生の夏頃に、父親が「もし自分が中学生に戻れたら、行きたい学校がある」と神山まるごと高専を紹介してくれた。そこから自分も興味を持つようになったという。
2人に共通していたのは「(これから開校する高専なので)前例はないけれど、楽しそうだから入学してみよう」という姿勢だ。先に触れた「β Mentality」にも通じる感覚かもしれない。
自分のキャリアの中で起業をどうとらえているかを尋ねると、2人ともはっきりと「起業を考えている」と答えた。しかも遠い将来の話ではなく、できれば「学生のうちに起業したい」という。起業家と接する機会も多い彼らにとって、起業は「当たり前の選択肢」になっているようだ。
中本さんは「学生のうちに起業したいです。一回(起業の体験を)してみないと怖いから」と語った。すでに具体的なビジネスのアイデアはあるが、それをどう起業まで持って行けばよいのか、そこでどんな課題が生じるのかについて、早く経験しておきたいのだという。
山口さんも、ビジネスにできそうなアイデアは具体的に持っているという。ただし調べて見ると、会社設立はゼロ円でできるものの、それを維持していくために毎年数万円の税金がかかるため、少し尻込みしている最中だと笑った。
「コトを起こす」姿勢は、日常の中でも発揮されている。寮生活にまつわる“面倒なこと”を自分たちで改善しようと、それぞれ開発経験ゼロの状態から、自学自習でスマートフォンアプリを開発したという。中本さんは、学校スタッフが毎朝各部屋を訪れて行っていた点呼作業をアプリ化した。山口さんは、外出や外泊に必要な申請フォームへの入力を簡素化するアプリを開発している。
「やったらええんちゃう?」と応援するおおらかさを
こうした学生の自発的な取り組みや課外活動に対して、神山まるごと高専では一貫して「応援する」姿勢をとっているという。アドバイスはしても指示はしない、学生が自ら考えて「やる」と決めたら見守りつつ必要な支援をする、そんなスタンスだ。課外活動の支援資金「チャレンジファンド」も用意している(ただし学生自身で予算計画を作成し、学校側にピッチを行って審査を通過する必要がある)。
事務局長の松坂氏は、「応援する」という姿勢は神山町がもともと持つ風土とも関係していると述べた。
「神山町には新しいことや人と異なる選択を応援する、『やったらええんちゃう?』と後押ししてくれる、そういう風土がしっかり根付いています。わたしたちも、そんな風土を体現したいと思っています」(松坂氏)
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神山まるごと高専の「まるごと」という言葉には、文系/理系を横断した学びというだけでなく、「授業も課外活動も寮生活も、神山町が“まるごと”学びの場」「成功も失敗も“まるごと”糧になる」という意味合いも込められているという。
近年では政府も、小中高校教育において起業家マインドの育成に取り組み始めている。それを推進し成果を上げていくためにも、先行する神山まるごと高専の実践は大いに参考になりそうだ。学びの場を限定せず、失敗もおおらかに許容すること。まずは、大人が「やったらええんちゃう?」を口ぐせにするところから始めよう。