PLATEAUを通じて地域コミュニティとエンジニアの協働を促すために
イノベーション賞受賞の「PLATONE」チームと考える、新たなソリューションのヒント〔三菱総合研究所(MRI)編〕
提供: 株式会社三菱総合研究所
国土交通省が推進する、3D都市モデルの整備/活用/オープンデータ化の取組み「Project PLATEAU(プロジェクト・プラトー)」。昨年度に引き続き、今年度もPLATEAUを活用したサービス/アプリ/コンテンツ作品コンテスト「PLATEAU AWARD 2023」において、幅広い作品を募集している。賞金総額は200万円となっている。
今回は、PLATEAUの公共系ユースケースや、全国自治体のPLATEAU補助事業を多数サポートしている三菱総合研究所(MRI)編だ。自治体や地域におけるPLATEAU活用の現状と課題をふまえ、「PLATEAU AWARD 2022」イノベーション賞を受賞した「PLATONE」開発チームとの対話を行った。聞き手は角川アスキー総合研究所の遠藤諭だ。
なお、記事の前半部はMRIへのオンラインインタビュー、後半部はMRIとPLATONEチームの往復書簡による対話を基に構成した。
自治体や地域へのPLATEAU活用の浸透を支援してきたMRI
――(アスキー遠藤)MRIさんは初年度からPLATEAUに関わってこられていますが、まずはどんな分野で、どんな取り組みをされているのか、あらためて全体像を説明いただけますか。
林氏:わかりました。遠藤さんからご紹介いただいたとおり、MRIでは初年度、2020年度からPLATEAUに参加しています。その取り組みは、大きく2つに分けられます。
ひとつが公共分野の取り組みです。地域の社会課題解決に資するようなユースケースについての、企画、開発、マネジメントをする取り組みです。これまで4年間で、およそ60件の公共ユースケースに関わってきました。
こちらではまず「今後どのようなユースケースに取り組むべきか」といったテーマを、国土交通省(国交省)と議論しています。国交省が各ユースケースの事業者を選定したら、プロマネ(プロジェクトマネジメント)の立場で参加し、計画をまとめたり、技術的な調整や現場の調整を行ったり、レポートのまとめをお手伝いしたりといった事業者の支援を行います。
ちなみに初年度は30件のユースケースに関わりましたが、MRI自身が強みを持つ防災やモビリティといった分野では、われわれの知見を生かして最初のプロトタイプを開発したものもあります。
――ユースケースに関しては、国交省へのコンサルティング的な立場と、個々の案件のプロマネ的な立場で関わっていると。もうひとつの取り組みはなんでしょうか?
林氏:2つめ、これは昨年度(2022年度)に創設された「都市空間情報デジタル基盤構築支援事業」、つまりPLATEAUの補助事業をやりたいという自治体のマネジメントをお手伝いする取り組みです。こちらは、昨年度と今年度の合計で80件くらいをお手伝いしています。
先ほどの国交省直轄のユースケースとは異なり、こちらは国交省が全国の自治体に募集をかけ、採択事業は各自治体と事業者でプロジェクトを進めるかたちです。したがって、現場では「情報が足りない」「どう進めればいいのかわからない」といった課題も多く生まれます。そこを知見と技術を持つわれわれがサポートさせていただいています。
ここでは国交省と共に、来年度(2024年度)の応募を考えている自治体からの相談にも乗っています。PLATEAUに取り組む自治体は増えていますが、それでもまだまだ一部ですから、全国にカバレッジを広げていく取り組みも必要だと考えています。
――まとめると、国交省の直轄プロジェクトの支援、全国自治体での補助事業の支援、その2本柱がMRIさんの取り組みというわけですね。
林氏:そうです。つまり、自治体や地域の現場においてPLATEAUをどう使ってもらうか、どう浸透させていくかということに注力して、お手伝いをしてきたわけです。
小津氏:ちなみに、国交省との取り組みはいま林が説明した2つですが、これと関連しつつ、別途、自治体と直接プロジェクトに取り組むケースも増えています。具体的には、PLATEAUベースで「都市のデジタルツイン」を作り、それを政策に活用する可能性を探っていくという取り組みを、東京都や静岡県と進めています。
自治体業務への適用や地域活用の「ハードル」をどう乗り越えるか
――公共分野、あるいは地域分野でのPLATEAUの取り組みを続けられてきて、この4年間でどのような変化があったと感じますか。
林氏:まず感じるのは「PLATEAUが有名になった」ということですね。1、2年前はご存じない自治体も多かったのですが、いまはもうPLATEAUと言えばどこでも通じるようになっている。そこはすごいなと思います。
その一方で悩ましいのは、自治体業務に適用していくことのハードルがなかなか下がらないことです。自治体では組織ごとに事務分掌が細かく決まっており、人員も限られていて新しいことがやりにくい。そのため、これまでの2次元GISではできない、3次元のPLATEAUだからこそ解決できる課題とは何かを探っていく必要があります。そこが次の課題だと認識しています。
――PLATEAUの知名度は高まったものの、全国規模で見ると取り組めていない地域、自治体はまだまだたくさんあります。どうすればいいんでしょうね。
林氏:やはり、その自治体にとってのメリットを明確に示すことだと思います。たとえば防災のために3次元モデルを使うことで、これまではなかなか住民に伝わらなかった災害リスクを一目で伝えられるようになる、自治体と住民が避難の方法を一緒に考えられるようになる――。そうした具体的なメリットですね。
国の補助事業ということで、初期投資の半分は国から出るわけですが、その後のシステムの運用だとか地域での活用だとかいった部分は、やはり自治体自身で頑張らなければならない。具体的な課題を解消できるというメリットが示せれば、じゃあやってみようかとなると思うんですよね。
――なるほど。小津さんはどう思われますか。
小津氏:わたしもやはり、地域でのデータの整備や活用を進めるためには、自治体側に「PLATEAUを業務で使いたい」というWill(意思)が生まれることが大事だと思います。それと同時に、地域の民間企業の側でも「PLATEAUがあればこういうふうに使える」あるいは「こう使っている」という声が盛り上がらなければならないと考えています。
なので自治体にせよ民間にせよ、実際にPLATEAUを使った結果とメリットが、もっといろいろな場所、いろいろなかたちで共有されるようになるとありがたいですね。成果がオープンになることで、その地域内でもさらにPLATEAUの活用が盛り上がるでしょうし、ほかの地域にもその動きが波及していく。PLATEAUを応援する意味でも、使った結果はぜひ報告、共有してほしいと思います。
――自治体を動かすためには、地域の民間企業も盛り上がらないとだめだと。全国を見渡すと、企業とうまく連携して地域のPLATEAU活用を盛り上げている自治体もありますね。
林氏:そうですね。特に現在は人口減少が始まっていて、自治体職員も定数削減の方向ですから、自治体だけで地域のあらゆることをマネジメントするのは無理なんです。そこで、新しいことに取り組む際には地域の企業や大学、NPOなどの力を積極的に借りる、ある程度そう割り切って考えている自治体のほうが動きは活発だと思います。
そういう意味で、PLATEAUの周辺に産学官連携の基盤がどんどんできていくといいなと思っています。産学官のさまざまな団体がPLATEAUについて集まり議論する場であるPLATEAUコンソーシアムもそのひとつだと言えますが、そうした全国版のものだけでなく、地域レベルの連携基盤も広がるとよいですよね。
――さて、今年度もPLATEAU AWARDが開催されるわけですが、MRIさんとしてはどんなことを期待していますか。
林氏:昨年度(2022年度)の受賞作品をあらためて見返してみたのですが、やはり“to C”、つまり消費者(コンシューマー)向けのテーマや、テクノロジーの面白みを追求した作品が多いですね。
ただし、自治体のお手伝いをしているわれわれとしては、もう少し地域の課題解決に役立つような現場寄りのソリューションなども提案していただけるとうれしいなと思います。まだわれわれも発想しきれていないような、新しい視点でのソリューションが見てみたいですね。
3Dモデルに基づき没入感のあるサウンドスケープを生成する「PLATONE」
――ここからは、「PLATEAU AWARD 2022」でイノベーション賞を受賞されたPLATONE開発チームのお二人(アレックス・オーショリッツ氏、銭 イーエン氏)にも加わっていただきます。まずは、PLATONEとはどんなものなのか、あらためてご紹介をお願いします。
PLATONE:PLATONEは、地理参照情報に基づく空間オーディオを生成して都市を拡張するためのプラットフォームです。このプラットフォームが、未来の都市インタラクションのための強力なリソースとして機能し、デザイナーやコミュニティに革新的なアプリケーションを生み出す力を与えることを目標として、開発しました。
街なかで没入感のあるサウンドスケープを生成するためには、リスナーに届く音に大きな影響を与える周辺環境(ビルや道路など)の3D形状を考慮する必要があります。ここにPLATEAUの3D都市モデルを活用することで、オクルージョン、残響、回折といった、音の伝搬効果を大規模かつ正確にシミュレートすることができます。
正確なオーディオ空間を生成するためには、3Dモデル内でのリスナーの正確な位置や方位の情報も必要になります。そこでわれわれは、屋外環境で高精度な位置や姿勢をトラッキングできる、ウェアラブルなトラッキングデバイス「GP-01」を開発しました。
PLATONE:実は、われわれが地理空間オーディオプラットフォームを開発したのはこれが初めてではありません。2019年末から2020年初頭にかけて、同様の技術を使ったナビゲーションシステムの開発に取り組んでいたのですが、当時はまだ都市の3D形状を考慮していませんでした。PLATONEではその要素を取り入れ、全体的な精度やリアリティの面において、前回開発したシステムを大きく進化させることができました。
――PLATEAUの3D都市モデルを活用して、都市の形状を考慮していないナビゲーションシステムから、没入感の高いサウンドスケープを生成するPLATONEへと進化させることができた。まさにPLATEAUの理想的な生かし方ですね。
「具体的な“舞台設定”」が新たなソリューションのヒントになる
――MRIさんでは、PLATONEについてどのような感想をお持ちですか。
MRI:PLATONEチームのプレゼンテーションでは、東京の「日本橋」という特定のエリアを舞台として、新たな音体験を提案されていました。この点が、地域課題に取り組むソリューションをもっと見たいというわれわれの期待にもつながってくると感じています。
地域課題を解決する新たなソリューションを考えるヒントのひとつとして「具体的な“舞台設定”をすること」が挙げられます。たとえテクノロジー先行で発想されたアイディアだったとしても、それを具体的なエリアやシーンに適用するという視点から考え直すことで、より社会実装や地域実装により近いかたちで提案できると思います。
――エンジニアが具体的な地域、エリアに入り込んでソリューション開発に取り組むには、どうしたらよいでしょうか。
MRI:やはりまずは特定の地域の方々、具体的には自治体やまちづくりの団体(自治会やNPO法人など)、地域の住民や企業と会話をして、地域の実態やニーズ、新たな技術やツールへの期待感等を確認することだと思います。地域にある大学や研究機関、シビックテック団体などであれば、比較的連携しやすいかもしれません。PLATEAUでは「自治体ニーズシート」も公開されていますから、それを参照いただくのもよいと思います。
PLATONE:MRIさんが強調されている「地域密着」の重要性は、注目すべき点ですね。
エンジニアリングの観点から、地域社会や地域の組織とより密接に関わるためには、主に2つの方法があると考えます。1つめは、MRIさんもおっしゃっているとおり、新しいテクノロジーやツールに対する地域のニーズや期待を理解し、それに応えることです。そしてもう1つ、わたしがより関心を持っているアプローチは、開発されたソリューションを地域に合わせて「応用」していくというものです。
PLATONEでは、ユニークなサウンドスケープが体験できるフレームワーク、プラットフォームを開発しましたが、地域のコミュニティと協力して具体的な実装を行い、誰もが体験できるようにすることはできませんでした。エンジニアが斬新なソリューションを開発し続けることで、コミュニティや企業、組織とデザイナー、エンジニアが、ユーザー中心のアプリケーションと体験を展開できる機会が増えていくと思います。
都市、自然環境、バリアフリー――エリアやシーンを変えて考えてみる
――PLATONEを使ったサービスを都市部で展開するとして、どんなサービスであれば豊かな体験が提供できると思いますか。
PLATONE:都市部では、よりパーソナライズされたサービスが鍵になると思います。たとえば個人の興味に基づく観光スポットのマッピング、あるいはさまざまな趣味やサブカルチャーに対応したキュレーション、コミュニティガイドといったものです。
われわれはエンジニアとして、現実の都市空間上に、特定の個人やグループにとって重要な意味を持つ場所のバーチャルな“しるし”を追加したカスタムマップをオーバーレイできるようにしたいという強い動機を持っています。これにより、個人的な空間の延長として公共の都市空間に接することができるようになり、やがては都市や地域とわたしたちの結びつきが再構築されるのではないでしょうか。
――とても興味深い発想ですね。それでは対称的に、自然環境の中ではどんな体験が提供できるでしょうか。
MRI:自然による音環境にPLATONEが創り出す音環境を組み合わせた、新たな体験が生み出される可能性がありますね。山岳、丘陵、河川、街並みといった景観と、音環境を連動させるのも面白いと思います。
PLATONE:まず、位置と方位に追従するという点では、ほとんどの都市型ARシステムは視覚的な(カメラ映像に基づく)測位技術に頼っており、対応する都市以外では機能しません。一方で、PLATONEではGNSS(全球測位衛星システム)を利用していますから、都市も地方も問わず、理論上は地球上のあらゆる地域で動作させることが可能です。
一方で、PLATONEはPLATEAUの3D都市モデル(建物のデータ)に依存していますから、その代わりとなる(自然地形などの)データの入手性や互換性が最大の障害だと思います。山間部や森林地帯でARオーディオをどう処理するのか、これはまだ誰も考えていないテーマです。技術的に解決できるのかどうか、いつかトライしてみたいです。
――同じPLATONEでも、都市ではなく自然豊かな地域を舞台に設定すると、まったく違った面白い応用が生まれそうですね。
PLATONE:新しい体験という点ではもうひとつ、われわれはPLATONEの開発当初から、視覚障害者のナビゲーションに十分な精度を持つプラットフォームにすることを想定していました。わたしたちの夢は、いつか東京マラソンで、視覚障害のあるランナーをサポートするナビゲーション用の空間音声を実現することです。
――バリアフリーなまちづくりへの適用ですね。PLATEAUのデータは、そうした方面でもさまざまな活用が期待できそうです。
MRI:東京マラソンという屋外イベントを例に挙げられましたが、屋内空間も表現できるLOD4のデータが整備されたエリアであれば、LiDARなどの屋内対応可能な測位技術を用いることで、屋内におけるスポーツやアクティビティなどにも適用の可能性が広がりますね。
PLATONE:おっしゃるとおりです。われわれが将来的に期待しているのは、屋内と屋外のトラッキングプラットフォームが一つに統合されることです。それにより屋内と屋外を区別する必要がなくなり、ありとあらゆる場所でシームレスな測位が可能になります。
――MRIさんとPLATONEチームの話をうかがい、あらためて、地域やそこで活動する事業者などを含めたコミュニティとエンジニアの間にある障壁を取り除くことが、PLATEAU AWARDの意義のひとつであると再確認できました。ぜひ、なんらかのかたちで地域課題にチャレンジした作品の応募も期待したいと思います。