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ユーザーイノベーション:最も獲得が難しいニーズに関する情報を活用せよ

連載
オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド

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フリーイノベーション

 近年von Hippelは、ユーザーイノベーションの中の利益が絡まないものに注目し、「フリーイノベーション」という新たな理論を提唱している。技術の発展により個人が効果的なデザインとコミュニケーションツールにアクセスできるようになったことがきっかけであるが、デジタル技術の影響を大きく受けている点で、オープンイノベーションコンテストと同様の背景がある。
*von Hippel, Eric [2017], FREE INNOVATION, MIT Press. (鷲田祐一監修・訳 『フリーイノベーション』 白桃書房, 2019年)。

●フリーイノベーションは以下を満たす斬新な製品/サービス/プロセスである:
 ・消費者が金銭的な報酬を得ずに、自身のリソースを使って開発する
 ・開発者が権利を保護しないため、誰もが無料で手に入れられる
●フリーイノベーションを開発する主な動機は以下の通り:
 ・イノベーションの個人的利用
 ・イノベーション開発の個人的な楽しみ
 ・個人的な学びと技術の向上
 ・他者の援助
●フリーイノベーションと供給側イノベーションには以下の関係がある:
 ・フリーイノベーションが供給側イノベーションの競合となる
 ・フリーイノベーションが供給側イノベーションを補完する
 ・フリーイノベーションが供給側に流出して商業製品になる
 ・供給側が情報を提供してフリーイノベーションを支援する
●フリーイノベーションは市場のニーズに無関係であるため、供給側イノベーションよりも先に開発が始まる

ユーザーイノベーションとオープンイノベーション

 イノベーションを創出するうえでニーズに関する情報は最も獲得が難しいものであるが、それを扱うユーザーとの共創は、オープンイノベーション活動を行ううえで重要な取り組みとなり得る。特に新規事業開発においては、課題の理解を深めるだけでなく、ソリューションの磨き込みにもユーザーインタビューが有用である。したがって支援する際にはアーリーアダプターなど見込み顧客を見つけてくることが求められる。

 ユーザーイノベーションの重要性は業界によって異なる。例えば電機/自動車メーカーなどを顧客とする化学業界では、以前から顧客との共創が盛んに行われてきた。また一般消費財業界では、製品コンセプトを考える際に技術的な知見がそれほど求められないという特徴がある。そのためマーケティング的な観点を含めて、製品開発に消費者を関わらせる取り組みがしばしば見られる。

 しかし、消費者を含めたユーザーは生産者である企業と異なり、完全に合理的に行動するわけではない。いったん感情面でこじれると、損得を無視して行動される恐れがある。加えて企業と雇用関係になく、契約面での義務を負わないため、何かを強制することができない。よってユーザー巻き込み型のオープンイノベーション活動を検討する際には、このようなリスク面にも注意を払いたい。

 消費者から集めたアイデアを消費者自身に評価させる取り組みに関する報告によると、消費者は実行可能性を過小評価・平凡な独創性を過大評価する一方で、企業は実行可能性を重視し、高い独創性あるいは無難なアイデアを好むことが明らかにされている。またオンラインの消費者投票はアイデアの質の評価に適していないため、他の方法を探すことが推奨されている。
*Hofstetter, Reto, Suleiman Aryobsei and Andreas Herrmann [2018], "Should You Really Produce What Consumers Like Online? Empirical Evidence for Reciprocal Voting in Open Innovation Contests," Journal of Product Innovation Management, 35(2), 209-229.

 このようにユーザーイノベーションはぜひとも活用したいものであるが、BtoC企業のオープンイノベーション担当者の立場で考えた場合、知的財産権と個人情報の取り扱いに関する慎重な配慮が必要である。新規な取り組みを始めるにあたっては、それぞれを担当している知財法務部や情報システム部を説得する手間も掛かる。そこで1つの解決策はオープンイノベーション仲介業者の活用となり、例えば以下のような候補が考えられるだろう。

・クオン:Beach
 https://www.q-o-n.com/service/
・エイス:Wemake
 https://www.wemake.jp/

コラム:ユーザーイノベーションを活用した企業の失敗事例

 オープンイノベーションを全面的に取り入れて消費者向け製品開発を行ってきた企業であるQuirkyを調査した研究がある。Quirkyはユーザー任せにし過ぎると失敗するという事例としてよく引き合いに出される。その経緯は以下の通り。

●2009年にニューヨークで設立され、アイデア創出・検証・開発・商品化・流通・マネタイズのすべてにメンバーが関われるコミュニティを運営してきた
●2009~2013年の間に投資家から1億7,000万USD以上を調達した
●2015年に破産し、所有者の変更と運用上の調整を経て、2017年に再スタートした
●2021年までに130万人のメンバーが参加し、321,000件の製品アイデア(玩具・ガジェット・家電・接続機器など)の開発が行われた
*Abhari, Kaveh Abhari and Summer McGuckin [2023], "Limiting factors of open innovation organizations: A case of social product development and research agenda," Technovation, 119, 102526.

 失敗の主な原因が3つのレベルで分析されている。

●戦略
・オープンイノベーションプラットフォームと消費者向け製品ブランドという二面性を持ち、あまりにも多くの製品カテゴリーで試行錯誤した
・パートナーに大きく依存することで、利益率が低下した
・短期間で急成長したことにより、開発に必要なリソースがまかなえなくなっていった
・組織の再編成・技術プラットフォームの再設計・ロイヤリティの調整・パートナーとの関係性の見直しを繰り返した
・提案したアイデアの流用に関するメンバーの懸念を払しょくできなかった
●プロセス
・各製品の開発に投入されるリソースの調整がうまくいっておらず、CFOが不在で資金のモニタリングが行われていなかった
・手早く注目を集める製品を作ろうとして、品質面を犠牲にした
・メンバーへのロイヤリティーに大きく依存したモデルであったため、モチベーションの維持に苦労した
・メンバーによる投票制でのアイデアの選定が、実際にはニーズが存在しないものも開発されることにつながった
・メンバー間の協力よりもアイデア創出を優先した修正が繰り返し行われ、メンバーのエンゲージメントが低下した
●コミュニティー
・中心メンバーに報酬が集中することで、他のメンバーのエンゲージメントが低下した
・他のメンバーが提出したアイデアの評価などに注意を払わなくなっていた
・プロセスの複雑さやロイヤリティの変更が、運営や他のメンバーの不信につながった
・多過ぎる情報が過剰な競争をもたらし、多くのメンバーが参加をためらうようになった

著者プロフィール

羽山 友治
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。NEDO SSAフェロー。
https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022

※次回は8月21日掲載予定です

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