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採択されたプロジェクトから見る「未踏事業」の多様さ

新しいプログラミング言語から、海洋観測システムまで!

 IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が展開する「未踏事業」の、最近の動向について紹介した前回記事では、IPAの担当者を取材し、採択されるテーマ分野が多様化していることを語ってもらった。それでは、実際にどんなテーマが採択され、採択者自身がどう成長していったのか? 2021年度の採択者の事例から見てみよう。

「未踏IT人材発掘・育成事業」採択者たちの報告から

 未踏事業では約9ヵ月の人材育成/開発期間の最後に、成果報告会が開催される。そして未踏を構成する3つの事業のうち、「未踏IT人材発掘・育成事業」と「未踏ターゲット事業」の2事業の成果報告会が、一般に公開される(未踏アドバンスト事業の成果報告会は事業化が前提のため非公開で開催されるが、後日YouTubeで公開される)。

 成果報告会の様子は、IPAのYouTubeチャンネルにも公開されている。その動画を見ていくと、採択者たちがどんな動機でプロジェクトに取り組み、どう開発を進めていったのかがよくわかる。未踏を目指す人がどんなテーマ設定でプロジェクトに取り組むとよいのか、参考にもなりそうだ。

 まずは、未踏IT人材発掘・育成事業の成果報告会から、4つのプロジェクトを紹介しよう。これは各人がプレゼン形式で成果を発表する「Demo Day」として開催されたものだ。

“バーチャルなものに触りたい”
―プロジェクト「3Dプリンタで創る音の触感」(望月草馬さん)

 筑波大学 情報学群 情報メディア創成学類の望月草馬さんが目指したのは、集束超音波を用いた「触覚ディスプレイ」の実現だ。VRが好きで、「バーチャルなものに素手で触りたい」という思いが最初にあったのだという。

 3Dプリンタで造形してアルミホイルを巻きつけた位相記録板(凹凸形状のある板)と、スピーカータイプの振動子をたくさん並べた振動子アレイを作ってみたことがプロジェクトのスタート。位相記録板の上に振動子アレイを置くと、記録板の凹凸に合わせて振動子も上下に配置され、そこから発する超音波の位相のずれによって触感を表現する。採択後のプロジェクトでは、位相記録板と振動子アレイに改良が重ねられたが、単純な動作原理から、紙ねんどのような身近な材料で位相記録板を作るなどといった応用が効くことも判明した。

 成果報告会の動画で、超音波フェーズドアレイを実演する様子がおもしろい。肝心の触感は「手のひらがもやもやする」感じなのだそうで、もやもやの先にある新しい音の触感を知りたくなってくる。

“ふつうにパソコンでやれることがVRではできない”
―プロジェクト「XR向けWindow System」(木内陽大さん、江口大志さん)

 「VRを体験すると『VR凄い! なんてリアルなんだ!!』となるけれど、最初だけなんですよね」と語り出したのは、東京大学の木内陽大さんと江口大志さんのチーム。「ふつうにPCでやれることがすぐにできなくて、違和感がある」「VRで授業を受けながらパワポを開けたりはできないじゃないですか」――こんなVRあるある問題を解決したいというのが、このプロジェクトだ。

 XR向けWindow Systemでは、仮想空間上に複数の3Dアプリや、2Dのアプリのウィンドウが配置されていて、それらの間でファイルのドラッグ&ドロップもできる。採択期間中にゼロから開発を始めて、「ZIGEN」と名付けるところまで来た。

 成果報告会の動画では「ZIGEN」デモの様子が圧巻で、二人がバーチャル世界に新しい窓を開けたことがよくわかる。なお、このプロジェクトは2022年度未踏アドバンスト事業に採択されている。

“ブレストが活発になって便利なアプリはある?”
―プロジェクト「チャット型インタフェースを用いた集団発想法支援ツールの開発」(野崎智弘さん、三橋優希さん)

 気軽な対話が発想やアイデアを広げるブレインストーミング。そのブレスト場面で発想がどんどん湧くように支援するアプリを実現したいと考えたのが、野崎さんと三橋さんだ。そのアプリ「hidane」は採択期間中に完成度高くできあがり、評判のアプリとなった。しかし、開発ではかなりの試行錯誤があったらしい。

 いちばんの試練は、コンサルタントへのヒアリングで「実際の現場では使えない」と言われたことだという。そこで二人は「本当に使えないものなのか?」と深く悩みながら、ブレストの本質を考察。使用場面を切り分けて、それぞれのユーザー体験を追求していった。未経験だったAI機能を組み込み、人間の「ひらめき」をAIが手助けする仕様にまで仕上げたという。

“シェルスクリプトの弱点をどうにかしたい”
―プロジェクト「シェルスクリプトへのコンパイルを行なう静的型付けスクリプト言語の開発」(矢尾田貴大さん)

 本来は移植性を向上させて開発現場の効率アップに役立つはずのシェルスクリプト。だが、もはや言語が古びていて難しく、バグの原因になることも多い。

 「現代的な構文と機能を持つ新しいシェルスクリプト言語がなくて、みんな困っていますよね?」ということで取り組みを始めた矢尾田さん。前出の「ZIGEN」プロジェクトのようにしっかりした技術力によって、言語開発という高い峰を目指した矢尾田さんは、採択期間中に「Cotowali」バージョン0.1.1を作り上げた。

 実際にGitHubで公開したところ、待っていましたとばかりに世界中からたくさんの高評価をもらい、矢尾田さんはさらなる機能拡張と完成度の向上への意欲を高めたという。

「未踏アドバンスト事業」採択者たちの報告から

 一方、未踏アドバンスト事業の2021年度の成果報告会も見てみよう。最初に紹介する大渕さんは、2020年度未踏IT人材発掘・育成事業の採択者で、大渕さんは前年度に作った「Ax Studio」の開発を続けながら、社会実装への道を探っていった。

ターゲットを見直して製品のアプローチ法を再検討
―プロジェクト「高速なネイティブアプリ開発を可能にするノーコードプラットフォーム」(大渕雄生さん)

 「AxStudio」は、プログラミングなしにアプリを開発できる、ノーコードプラットフォームだ。筑波大学の大渕雄生さんが、アイデアやイメージしているデザインをひとつのアプリに落とし込むのは、想像以上に時間がかかると実感したことから誕生した。

 未踏アドバンスト事業では、AxStudio自体の機能拡張としては、リモートワーク下で複数箇所での同時編集にも対応できるように、共同編集機能を実装した。共同編集機能の追加するために大幅にソフトウェア全体を開発し直しており、本年度だけで20万行のコードの追加を行なったという。さらに、UIフレームワーク「SwiftUI」やデザインツール「Figma」といった外部のツールとの連携機能が搭載され、より洗練されたものとなった。

 市場や顧客に目を向け、企業ヒアリングにも力を入れたのは、未踏アドバンスト事業の採択期間ゆえだろう。従前は個人やフリーランスをターゲット顧客としていたのを、事業化を視野に入れて、大渕さんは企業向けへと方針を変えた。想定する職種も、デザイナー向けからエンジニア向けへと移した。そして2022年、大渕さんは株式会社AZStudioを起業した。

積極的に実証実験を繰り返して事業化
―プロジェクト「海洋資源探査を効率化するための3次元海洋観測システムの開発」(野城菜帆さん、早田圭之介さん、宮ノ原優斗さん、笹川大介さん、坂間奏斗さん)

 慶應義塾大学大学院 理工学研究科の野城菜帆さんらのチームは、「海で使える機械を作ってみたい」という技術的好奇心から、プロジェクトを開始。現在は本格的な海洋観測システムの開発を目指している。

 開発しているのは、海洋上の固定型観測機器と移動型観測機器、それらのデータを陸上で随時把握するためのWebアプリだ。沖合の漁場や養殖場の水温等や画像のデータを確実に把握することが、日本の水産業にとって非常に重要であることは、採択期間中に各地で行なわれた実証実験でも実感した。

 このようなシステムがあれば、養殖において、環境変化への対応不足によって数千万円単位の損害が発生するのを、回避できる可能性があると漁業関係者に示唆されたそうだ。製品開発と同時に市場開拓も模索して、チームは採択期間中に株式会社MizLinxを創業。

 この2つの事例からもわかるように、未踏アドバンスト事業では、事業化に向けての具体的な活動が行なわれる。アイデアの実現や開発に集中するのが未踏IT人材発掘・育成事業ならば、それに加えて専門家のアドバイスを受けながら市場調査やヒアリングを繰り返し、市場や顧客を確実に見定め、事業の見通しを立てていくのが未踏アドバンスト事業になる。

 プロジェクトはテーマ分野が多様なだけでなく、その本質的なタイプもさまざま。未踏の期間は限られているため、「hidane」のように、当初から開発と市場性の両方を視野に入れつつ、期間内でリリースするものもあるが、「ZIGEN」や「Ax Studio」のようにまずは開発に専念し、その後に事業につなげていくものもある。「Cotowali」や株式会社MizLinxのように、長期視点でターゲットとなる業界の認知度を上げつつ、サポーターを増やしていくものもあるだろう。

 そして、未踏事業はそれぞれのタイプに対応した支援を提供する。現在の未踏事業は支援体制においても、柔軟でトータルなサポートを提供できるようになっているのだ。

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