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変わりゆく未踏事業、天才向けプログラムからの転換

2023年度の応募が始まったIPA未踏事業の基礎知識

 IT業界で「未踏」といえば、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の「未踏事業」のことだ。いわゆる探検家が目指すような「人跡未踏の地」のことではない。

 「当然、知っているよ」「あの人もこの人も“未踏出身”」となるのがこの業界では多い。ASCIIの読者であれば「言葉ぐらいは聞いたことがある」という人が多いだろう。ちなみに、未踏事業に応募して採択され、一連の育成プログラムを修了した人を「未踏出身者」と呼ぶ習慣があるが、正しくは「未踏修了生」となる(未踏事業は組織ではなくIPAの人材育成プログラムのため)。

 だが、多くの人にとって、その「未踏」のイメージは、「あれは若いうちにしか応募できないよね」「ソフトウェアのプロジェクト対象で天才プログラマーを育てているんでしょう」「採択のハードルは相当に高いはず」といったところではないだろうか? 実はこうしたイメージ、どれも完全に的はずれではないのだが、実際とはやや違っている。

 未踏事業は2000年にスタート。それから20年以上、事業は何度かの方針転換を経ながら、修了生を延べ2000名近く輩出してきた。いまではたくさんの修了生が、実社会で大活躍するようになっている。

 しかし、長い時間が経つうちには、人々が折々にキャッチした情報が更新されないまま、実態とやや乖離していった面があるようだ。そこで“現在の未踏事業”の姿、事業の目的や実際について、IPAの担当者にうかがった。

 まずは、前述のイメージの誤解を解いていこう。

──未踏事業には若いうちしか応募できない?

IPA池崎良哉さん(以下敬称略)「現在の未踏事業には“未踏IT人材発掘・育成事業”“未踏アドバンスト事業”“未踏ターゲット事業”の3つがあり、年齢制限があるのは未踏IT人材発掘・育成(25歳未満)だけです。最近は、高校生の応募も出てきています。未踏アドバンスト事業、未踏ターゲット事業は年齢制限がありません。とはいえ、年齢が進むとどうやって自分の生活を支えるかという問題も出てきます。現実的なところで20代というのは、あると思います(※1)」

※1 このあたりは採択者に支援される「プロジェクト推進費用」(委託金)の金額とも関係する。詳しくは後述。

──ソフトウェアのプロジェクトが優先的に採択される?

池崎「未踏事業は“未踏ソフトウェア創造事業”としてスタートしています。2002年に20代を対象にした“未踏ユース”ができて、本体/ユースの二本立てになりました。その未踏ユースが2008年から“未踏IT人材発掘・育成事業”となり、さらに2事業が増えたかたちです。2000年代のイメージがまだあるのかもしれません。近年、採択されるテーマ分野は多様化していて、ハードウェアやネットワーク関連のプロジェクトも多数採択されています。そもそも今は、ソフトとハードが密接に開発される時代です。ソフトウェアプロジェクトだから優先されるなどということはありません」

──天才を育てるのが目的の事業だから、採択のハードルは高いのでしょうか?

池崎「これも未踏ソフトウェア創造事業時代にあった“天才プログラマー/スーパークリエータ認定制度”のイメージが強いのでしょう(※2)。認定された人たちが活躍するようになって、未踏の言葉も世の中に知られるようになりました。現在の3事業にはそれぞれ目的がありますが、共通しているのは“独創的なアイデアと情熱を持った人を発掘・育成すること”です。実際の採択は“プロジェクトマネージャー”(PM)の考え方による部分が大きく、これもまた未踏事業の特徴になっています」

※2 天才プログラマー/スーパークリエータ認定制度は現在、“スーパークリエータ認定制度”として継承されている。PMについては後述。

 といったように、現在は3つの事業を展開していて、若年層だけでない、幅広い層の応募が可能になっている。

あまり知られていない「未踏」のメリット(魅力)

 現在の未踏事業のしくみを理解するうえで特徴的なメリットは以下の3点になる。

1)資金:個人またはチームに委託金が支払われる
2)成果物:開発された知財関連は個人またはチームに帰属
3)体制:プロジェクトマネージャー(PM)の存在

 これらの点についても聞いてみた。

―― 資金について、あらかじめどのくらい支援されるのかがわかると、目標設定もしやすいと思いますので、お教えください。

池崎「未踏事業は、個人支援プログラムであることがいちばんの特徴なのです。というのも、この事業は埋もれた人材を“発掘・育成”するのが目的だからです。一般的にスタートアップの支援プログラムは会社との契約になることが多いのですが、未踏事業の場合は完全に個人との契約です。採択された各プロジェクトは、個人に委託されるかたちになります」

―― だから、委託金という名目になるのですか?

池崎「そうです。委託金は、個人の活動実績に応じての時間単価換算になります。これは作業費であって、育成を受けた時間に対する報酬です。人件費や開発費ではありません」

―― 具体的な金額は決まっていますか?

池崎「事業ごとに、1テーマ(あるいは1プロジェクト)あたりの上限が決まっています。未踏IT人材発掘・育成事業は、時間単価1900円で作業時間の上限が1440時間、総額273万6000円が上限となります。未踏アドバンスト事業は、2023年度から上限が1440万円になりました。未踏ターゲット事業は、時間単価2000円で上限360万円です」

―― 未踏アドバンスト事業の額が大きくなっています。

池崎「昨年度までは1000万円でしたが、1440万円へと大幅にアップしているので、要注目です。ここはチームでの応募が多くなるので、それを勘案しての額です」

IPA森嶋良子さん(以下敬称略)「年齢制限がないにも関わらず、未踏ターゲット事業の報酬が少ないのではないかと思われるかもしれません。しかしながら、ここには委託金額には現れないメリットがあります。テーマになっている量子コンピューティング技術での開発環境が準備されるほか、専門家の助言も得られます。莫大な費用がかかる環境を使えるのがいちばんの魅力でしょう」

―― そうした契約のもとで採択者はプロジェクトを進めていくわけですが、その成果は個人やチームのものになるのですよね?

池崎「国や団体による委託事業は、委託した側に知財関連の権利が帰属するのが一般的です。そこで未踏事業では、“日本版バイ・ドール制度”を活用して、開発した人(受託者)に知的財産権が帰属するようにしています。簡単に言うと、お金をもらって開発して、開発したものは自分のもとに残るというかたちが、書面1枚のやり取りで可能になっています」

―― お話にたびたび登場するPM(プロジェクトマネージャー)はどんな役割で、どんな活動をされているのですか?

池崎「PMは、未踏事業で人材の発掘・育成を実際に行う人です。産学界の第一線で活躍する方々が担当、メンターとして採択者を伴走支援します(※3)。未踏事業ほど、PMが採択者のプロジェクトを引き上げてくれる事業やプログラムはないかもしれないです。というのも、採択の審査は合議制でなく、PMが採択したい人を採択できるしくみになっています。審査段階から、PM自身が『この人に期待したい、この人を育成したい』と採るんですね。よって、プロジェクトの全期間を通してPMの支援が厚く継続していく傾向があります」

※3 PMは各年度ごとに任命される。各年度のPMは未踏事業ポータルページ(www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/portal_index.html)に掲載。

―― 採択者同士、PMとのコミュニケーションはどのように取られているのですか?

池崎「どの事業でも、リアル交流の大きな機会が3回あります。最初は、採択者全員とPMが一同に介しての“キックオフ会議”。そこで各自がプロジェクトを発表してテーマを説明します。10~11月に“中間報告会”、最後に“成果報告会”があります。いずれも意見交換をして、アドバイスを受ける機会になります。当然、PMごとに採択者が集まってのミーティングをしていますし、PMとの個別ミーティング、PM同士でのミーティングも随時行われます」

―― それは、大学の研究室に近い雰囲気ですか?

池崎「研究室とは少し違うと思います。PM次第ですが、指導教員がいるような体制ではないのです。PMは助言や指導をするけれど、主体はあくまで採択者。PMは採択者の成長を見守る立場です」

森嶋「PMを中心にしたつながりでもありません。技術に取り組む人たち、同質のマインドを持った人たちがフラットにつながる感じです。技術ジャンルは違ってもアイデアをやり取りしたり、意見を交換したりすることで新しい視点が生まれることもあります。こうした結びつきがプロジェクト終了後もゆるやかに続いていくのが、未踏事業のメリットにもなっています」

―― 未踏事業の現場がわかってきましたが、未踏アドバンスト事業、未踏ターゲット事業はどのような違いがあるのでしょうか。

池崎「未踏アドバンスト事業は年齢制限がなく、プロジェクトをビジネスや社会問題の解決につなげたいと考えている人に向いています。こちらにはPMにくわえて、“ビジネスアドバイザー”(BA)がいます。PMは技術的な面を支援、BAはビジネス面の組織運営、資金調達、法律や知財のあたりをサポートします。専門的な知識を持った方がBAを務めています」

―― すでに起業したり、会社に所属したりしていてもここに応募できるのですか?

池崎「できます。が、これも契約は個人になるので、そこを前提に考える必要があります」

―― 未踏IT人材発掘・育成事業の修了生でも応募が可能なのですか?

池崎「その流れができ始めているところです。2022年度未踏アドバンスト事業に採択されている『ZIGEN:XR Window System』の木内陽大さんと江口大志さん、『あらゆる衣服をバーチャル試着可能にする3Dモデリングシステム』の新井康平さんは未踏IT人材発掘・育成事業の修了生です」

―― それはビジネス化のための応募なのでしょうか。未踏IT人材発掘・育成事業で入門して、未踏アドバンスト事業で発展させてというかたちになるのですか?

池崎「未踏IT人材発掘・育成からもう一歩進み、ビジネスや社会課題の解決につなげるのはひとつのルートです。とはいえ、未踏IT人材発掘・育成が入門、未踏アドバンスト事業が発展というわけではありません。アイデアの実現方法は、ビジネス化だけではないですから。それに、未踏アドバンスト事業も人材育成が目的であるので、スタートアップ支援ではなくて個人やチームの支援になります。プロジェクトの実社会への実装を人材育成で支援していくプログラムです」

―― 未踏ターゲット事業はどうでしょう?

池崎「こちらは先進分野の人材を発掘・育成するための事業です。先進分野でもターゲット分野を設定して提案を募集しています。2021年度から、ターゲット分野は“量子コンピューティング技術”となっています。活用先のひとつとして2022年度からは“カーボンニュートラル部門”ができました。大枠が量子コンピューティング、部門としてベーシック/カーボンニュートラルの2つがあります。量子コンピューティング技術は発展途上の分野なので、応用先を探しながらチャレンジしていく人材を育成するのが目的です」

―― 個人で応募するには、少し敷居が高いように感じます。

池崎「先進的でニッチな分野の人材育成が目的なので、『これができたら面白そう』というスタンスで応募してもらって大丈夫です。すでに研究している人や事業に取り組んでいる人でなくても歓迎ですし、初めて量子コンピューティング技術に触る人も毎年何名かいます」

3つの事業の形態について

 3事業の内容が見えてきたところで、それぞれの概要と特徴を簡単にまとめていこう。

3事業の概要

プロジェクトをやり遂げて成長したい人のための「未踏」

 最後に、未踏事業に適している人材や人物像について聞いた。

―― 未踏事業の場合、周囲の人にすすめられて応募するというケースが多いのですか?

池崎「やはり、近くにいる修了生、未踏を応援してくれている先生から教えられて未踏のことを知り、それで応募するという人が多いですね」

森嶋「そのため、学校や地域に偏りがあるのは事実なのです。全国から、各学校からとまんべんなく応募があるわけではないのが現状で、われわれとしてもそこが残念です。未踏事業は、個人やチームにとてもメリットがあるプログラム。近くに背中を押してくれる人がいない場合でも、地方でこれまで検討のきっかけがなかった人にも、ぜひ応募を考えてもらいたいです」

―― お話をうかがっていると、未踏に縁遠かった人ほど、実はメリットがあるのではないかと思えます。採択されればよいつながり、よい環境下に入れることになるのですから。

池崎「未踏事業は採択者本人の成長を応援するもので、成果やプロダクトを求めるものではありません。このように個人に予算がつく事業は、そうそうないのです。その予算も増えた今がチャンスです。臆せずにチャレンジしてもらいたいです」

森嶋「プロジェクトでは本人の技術力、やる気が大事です。そして、やり遂げる力が必要になります。未踏は、一人でやっていてもなかなか実現しにくいことを、ゴールまで持っていけるように後押しするプログラムです。やり遂げる力がかなり鍛えられます。そうした成長をしたいと考える人の応募をお待ちしています」

 未踏事業は、自由な発想で自由に展開される個人のプロジェクトを応援するものだ。どこに所属しているとか、どんなジャンルを手がけているとかは問題ではない。ましてや、輝かしい才能や実績が求められているわけでもない。

 自分の頭の中のアイデアや発想をかたちにするために、手を動かして調査もして時間を使ったけれど、もっと発展させるには誰かの助けやアドバイスが欲しいし、資金も足りない。自分自身もまだまだ成長できそうで、よりよいものもできそうなのに、手立てが見つからない――などという方。そんな方々の成長を、環境を含めて強力にバックアップしてくれるのが、未踏事業なのだ。

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