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マツダが約30年ぶりにレースに復帰! eスポーツからのドライバー育成も狙う

2022年12月18日 12時00分更新

文● 栗原祥光(@yosh_kurihara) 編集●ASCII

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MAZDA SPRIT RACING/ MAZDA3 Bio concept

 日本で最も偉大な草レース「スーパー耐久シリーズ」。ST-5クラスに昨年からマシングレーのロードスターが参戦していることをご存じだろうか。その名も「マツダ・スピリット・レーシング」。マツダにとって約30年ぶりとなるモータースポーツ活動となる同チームは、果たしてどのようなものか。

 その目的などを伺いに、2022年のスーパー耐久シリーズ最終戦が行なわれた鈴鹿サーキットへ向かうことにした。

ル・マンを制したマツダが
再びレースに参戦した理由

MAZDAのGr.Cカー。写真手前が89年767B(202号車)、写真奥が787B JSPC Ver.(SUZUKA Sound of ENGINE 2019で撮影)

MAZDA 787B JSPC Ver.

RE雨宮 K&N RX-7(2022 GRAN TURISMO D1 GRAND PRIX SERIES Rd.6&7 “2022 AUTOPOLIS DRIFT”で撮影)

 マツダのモータースポーツ活動というと、誰もが頭に浮かぶのは1991年のル・マン24時間レースで総合優勝を果たしたマツダ787B(55号車)だろう。ロータリーエンジン最後の年に、ロータリーエンジンとしては初、そして日本車初の総合優勝は、今でも伝説として語り継がれている。その後、マツダは翌年を最後にル・マン24時間レースから撤退。いつしか国内外のメジャーレースも気づけばマツダ車の姿は消え、マツダのロゴを見るレースは、マツダUSAによるIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権か、ロータリーの神様として知られる雨宮氏のショップRE雨宮のD1(ドリフト)参戦、ロードスターのワンメイクレースくらい……。

 日本国内に関しては、モータースポーツとは無縁と思われていた同社が、どうして再びモータースポーツ活動に力を入れ始めたのだろう。まず、その点から、中核メンバーのひとり、カスタマーサービス本部カスタマーサービスビジネス企画部エンゲーメント推進グループの松崎庸輔マネージャーに質問をぶつけてみた。

カスタマーサービス本部カスタマーサービスビジネス企画部エンゲーメント推進グループの松崎庸輔マネージャー

 「マツダは1968年のマラソン・デ・ラ・ルートという84時間レースを皮切りに、相当昔からレースにエントリーしていまして、“耐久のマツダ”と言われていました。その後も様々なレースに挑戦しつづけ、91年のル・マン24時間レースの日本車初の総合優勝に結び付きました。それから30年。何もしていなかったわけではないのですが、ミスター・ル・マンと言われた寺田陽次郎さんをはじめとした先人たちの意思を未来に、という想いで、昨年からマツダ・スピリット・レーシングという活動を立ち上げました」。先人たちの意志という重たい話が飛び出したが、それは逆に言えば不退転の決意の表れともいえそうだ。

デグナーを立ち上がるMAZDA SPRIT RACING/ MAZDA3 Bio concept

 “耐久のマツダ”が参戦の舞台に選んだのが、スーパー耐久シリーズである。「マツダ・スピリット・レーシングの前身となる活動は2019年のシリーズ最終戦・岡山に遡ります。この時、プライベーターの村上モータースさんに、立ち上げ人である前田シニアフェローが参戦しました。いわゆる武者修行です」。

ユーグレナ藻の油脂と食用油から生成したバイオ燃料

MAZDA 3 バイオコンセプト

 その後、マツダに思わぬ追い風が吹く。スーパー耐久シリーズをクルマの実験場として、バイオフューエルや水素燃料などを用いて活用する「ST-Q」クラスの誕生だ。トヨタ自動車などからマツダも参加しませんか? と声をかけられ、2021年のシリーズ最終戦・岡山にディーゼル仕様のデミオ・バイオコンセプトを持ち込み、ワークス活動が始まった。2022年はバイオディーゼル燃料で走る「MAZDA 2 バイオコンセプト」で参戦。カーナンバーは栄光の55番。それは先人たちの意思を受け継ぐ、という十字架を自ら背負った形だ。そして2022年の最終戦に、「MAZDA 3 バイオコンセプト」を投入。もちろんバイオディーゼル燃料だ。

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