スマートロックの裏側での事業拡大。ビットキーがこだわったビジネス抽象化と応用コストとは
株式会社ビットキー CEO 江尻 祐樹氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンク)に掲載されている記事の転載です。
スマートロックで知られる株式会社ビットキーは、独自にID連携・認証認可のためのデジタルコネクトプラットフォームを開発、大手不動産企業等と提携し、事業を拡大している。“あらゆるものをつなぐ”という事業ビジョンに基づいた開発のこだわり、そして知財戦略の考え方について、CEOの江尻 祐樹氏と同社知財担当の北代 理紗氏に伺った。
ID連携、認証・認可の技術基盤で世界をコネクトする
株式会社ビットキーは、「テクノロジーの力であらゆるものを『コネクト』(つなげる)」をミッションに、デジタルコネクトプラットフォームを開発・運営している。東京、大阪、福岡、宮崎に拠点をもち、従業員数は230名超。2018年の創業からわずか4年で、多くの事業会社との業務提携で急速にマーケットを拡充しているのが特徴だ。
「現代社会の問題のほとんどは“分断”に起因します。自社オフィスに顔認証システムを導入しても、入居しているビルのセキュリティゲートにはカードキーが必要で使いにくい。オーナーとテナントが同じ技術でつながれば、スムーズに入退室管理ができますし、運用コストも下がります。さらに、ビル全体のセキュリティがつながれば、例えばショッピングフロアの店舗からオフィスへのデリバリーも容易になる。
こうしたサービスは、いろいろな会社とつながることで成り立ちます。自社だけではスマート化できないので、協業や事業提携して一緒に取り組む、それが我々の考える“コネクト”です」と江尻氏。
あらゆるものとコネクトするためには、ID連携や認証の仕組みを基盤化する必要がある。そのため創業初期はデジタルコネクトプラットフォーム「bitkey platform」の開発に専念し、2020年からは同プラットフォームを活用した「ホーム(暮らし)」「ワークスペース(仕事/働く)」「エクスペリエンス(非日常体験)」の3つのドメインで事業を展開している。
同社はスマートロック「bitlock」のメーカーとして有名だが、bitlockはこのbitkey platformを利用したプロダクトの一例だ。
「最初から複雑なものを売るのは難しい。まずは知名度を上げるためにわかりやすいスマートロックからスタートしました。扉をスマートロックでつなげることで、生活者と配送会社、生活者と住宅の管理会社をつなぐ、という取組みです。その後、より本質的に『分断』のない世界をつくるために、人の営みをベースとし、暮らし、仕事、旅行などの非日常体験の3つに事業領域を整理し、今に至ります」
ホーム事業では、マンション共用部から自宅ドア、宅配ボックスなどのデジタルキー管理。さらに建物の点検や清掃が楽になる仕組み、入居者や管理会社のコミュニケーションポータルの構築、共用施設の検索予約決済システムなど、つながるためのサービスを手掛けている。
ワークスペース事業では、共用部のセキュリティゲート、オフィスのドアロック、エレベーター、自動ドアを含むアクセスコントロールのほか、監視カメラや空調の管理が可能だ。オフィス以外でもコワーキングスペースの混雑状況、位置情報を把握して、最寄りの空いている場所を探せるシステムも提供している。
エクスペリエンス事業は、旅行やレジャーなど非日常体験をスマート化するもの。例えば、旅行の手配には、交通機関やホテル、観光スポット、レストランなどそれぞれに予約システムが異なり、複数のアプリでアカウントを登録して手続きをするのは手間がかかる。それらをコネクトして1つのアプリでまとめて管理できると便利だ。
「基本はそれぞれの領域でhomehub、workhubといったSaaSやスマホアプリと、スマートロックなどのハードウェアを提供しています。建物やドアなどハードウェア部分はメーカーやブランドによって個別性が非常に高い。弊社ではbitkey platformをベースとし、ハードウェアの個性と接続することで、個別最適化していきます」
抽象化して共通化し、構造化することで、応用コストを下げる
既存の仕組みやハードウェアに個別対応していくには、膨大な開発コストがかかりそうだ。予算の限られるなか、どのように個別最適化しているのだろうか。
聞けば、ソフトウェアについては、ビジネスモデルを抽象化することで開発を効率化しているという。Workspace事業では、コワーキングオフィスの運営事業者が、会員の入会受付から入館用のデジタルキーの発行、利用料の請求などの各種業務をworkhubを通じて行っている。さまざまなビジネスモデルに対応できるよう、決済の要素も最初からカバーされている。
「プロダクトとサービスに課金モデルを組み合わせたものが、弊社の考えるビジネスモデルの原型です。課金モデルを抽象化すると、売り切りのショット型、サブスクなどリカーリング型、従量課金型の3タイプしかないので、この3つのロジックテーブルがあれば、あらゆる課金タイプに対応でき、請求・決済が可能になります。将来の応用性を高くするために最初の開発に力を入れて、次の市場に行く際の応用コストを下げることにこだわっています」
あらゆるものとコネクトする、というコンセプトゆえに、応用市場は幅広い。現代社会ではID認証・認可技術はあらゆるシーンで使われる。広範に使えるエンジンを作ることでスピーディーに市場を拡大していくのがビットキーの戦略だ。
ビットキーの顧客・業務提携先は不動産大手企業などを中心に幅広い。セキュリティー基準が厳しい企業の要求に応えるため、個人情報を含むデータの取り扱いなどもテクノロジーポリシーとしてあらかじめ組み込んでいる。また、標準化したオールインワンソリューションとして提供することで、ほかのビルやプロジェクトでも応用機能を追加するだけで対応できる。
みんなとつながるオープン戦略をとるために知財を確保
大手との取引も多いため、技術とからんだ知財戦略への感度もビットキーの場合、非常に高い。
創業初期は、江尻氏自身が特許庁に赴き、特許や商標出願の手続きをしていたという。同社特許の約9割は江尻氏のアイデアによるもので、デジタルコネクトプラットフォーム「bitkey platform」の基盤技術は2019年1月に出願している。
「創業前からID認証・認可技術のベースは考えていたので、2018年に一時的なアクセス権を与える技術、スマートロックに応用する技術を設計し、エンジニアのメンバーや外部の弁理士とやり取りしながら出願しました」(江尻氏)
創業期から知財に力を入れていた理由として、「長期的なビジョンを実現するためには途中でつまずきたくなかった。我々がつくりたいのは“コネクト”という世界観。他社と一緒につくるオープン型のプラットフォームで、排他的なものではない。みんなとつながり、ユーザー体験価値を上げたい。もしほかのプレーヤーに権利を取られてしまうと、そのようなオープン戦略がとれなくなってしまう。そのため、ベースとなる認証・認可、権利の確認といった技術の特許を押さえていきました。ゆくゆくはこれらの技術はオープンにしてもいいと思っています」と江尻氏。
参入障壁を築くというよりも、長期的なビジョン達成のために守りの特許を固めることで、パートナーとつながっていく戦略だ。また特許があることで投資家や取引先への技術説明にも役立ったという。
スタートアップは事業の目的や価値をベースに知財戦略を
2019年には、大手の投資家や事業会社から出資を受けるタイミングだったこともあり、連動性を高めるために財務と知財の兼務で外部の弁理士事務所とのやりとりする担当者を設置。「ビジネスが伸びてきた時期だったので、出願というよりも、新たに進出する事業の領域で他社の知財を侵害していないかの調査や社内規程の整備を中心に進めていきました」
2021年4月からは知財担当として北代理紗氏がジョインし、知財法務チームが立ち上げられた。
「当時は特許性を有する技術やアイデアはたくさんあるのに、それらを生かしてビジネスの守りがしっかり固められていなかったんです。そこで社内に専門家を入れて、しっかりと特許を出願していきました。北代は事業理解度が高く、単に出願の明細書を書くためだけではなく、『どうすれば抽象化できるか』、『応用性が高くなるか』、『ビットキーにとって価値が高いか』、『戦略的に取れるか』を一緒に考えてくれる。アイデアや芽の段階で事業価値を理解してくれるので、エンジニアからの信頼もすごく高いです」
北代氏の前職は大手メーカーの特許技術職で、同社VPoEから誘われたのが入社のきっかけだ。
「面白いことをやっている事業に関わりたい、エンジニアや営業と一緒にアイデアを出して会社の財産を作っていきたい、という気持ちが強くあり、ちょうど新しく知財チームを立ち上げると聞いてジョインしました。江尻さんから大枠のアイデアをいただき、それを実現するための具体的なシーケンスに落とし込んで、ほかにやり方はないかを探し、他社に回避されないよう網羅的に考えられる方法を弁理士さんとも相談しつつ、できるだけ広めに権利を取れるように工夫しています」(北代氏)
前職のメーカーでは参入障壁の構築が中心だったが、ビットキーでは特許を使って他社と協業することが前提。大手企業と組む中で、目指している超長期的なビジョンにとっていかに有利に働くかを考えながら権利化を進めていくことが課題だそう。知財戦略構築のほか、職務発明規程の策定や、社内のエンジニア向けに知財の啓蒙活動にも取り組んでいる。
ビットキーは商標出願にも力を入れており、出願件数は140件超とかなり多い。これは、投資家からのアドバイスもあり、モジュール名なども登録するようになったという。社内で商標の出願基準を設け、新しい製品名称などが出たら発表前に出願登録するフローを作っているとのこと。
なお、多くのユニークなアイデアや技術をもっている同社だが、特許の登録件数は少ない。大手メーカーではエンジニアに特許出願件数のノルマが課されるなど、ともすれば数を出すことが目的になりやすいが、スタートアップは事業の目的や価値をベースに知財戦略を考えられる。またIPチームが社内のあらゆる部署と連携することでその戦略がうまく機能している。最後にスタートアップが成長する中で、知財チームをつくることのメリットを江尻氏に聞いた。
「創業期から自分でも最低限の知財知識を学んできましたが、知財チームをつくり、専門家と話すことで知財知識をレベルアップできました。大手企業と交渉するときにも知財の意味や意義を理解しているフロントと、それを支えてくれるメンバーがいることで、ビジネスの武器になっていると実感しています。メンバーにとっても、僕の考え方や構造化、汎用化の具体例を伝えられて、双方のレベルアップにつながっているように思います」