「特許は必ずしも取れなくてもいい」トラブルを防ぐためにスタートアップに知ってほしいこと
TMI総合法律事務所 パートナー 弁理士 大石幸雄氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンク)に掲載されている記事の転載です。
スタートアップの知財意識は徐々に高まってきているが、創業期から知財活動に取り組んでいる企業はまだまだ少ない。またせっかく特許を取ってもうまくビジネスに生かせていないことも。スタートアップの限られたリソースでより高い効果を得るための特許の押さえ方、大企業に対抗するための特許戦略について、TIM総合法律事務所の弁理士大石氏に話を聞いた。
SIerから特許事務所、企業知財部を得て、特許のプロとして幅広いサービスを提供
大石氏は大学卒業後、野村総合研究所のSEとして7年間従事している。弁理士に興味を持つようになったのは、社内研修で弁理士の講演を聴講したのがきっかけだ。
「新しい技術に触れることは好きですし、調査することも自分の性格に合っている。理系の経験を生かした専門職として魅力を感じました」と大石氏。
その後、特許業界へ移るべく、ネットで見つけた求人募集に応募し、一色国際特許業務法人に入所し、週末に予備校に通いながら弁理士の資格を取得。丸5年ほど勤務し、2003年にソニーの知財部門へ転職する。
「最初の事務所は弁理士15人、全体で70人ほどの規模で、知財の基礎をつくるにはいい環境でした。ただ特許事務所のクライアントは大手企業が中心で、定型的に回していく業務が多く、もう少し違うことをやってみたくなり、いったん外に出てみようかと。ソニーの知財センターの中途採用の説明会に参加したら、非常に面白そうな仕事だったので転職することにしました」(大石氏)
ソニーでは、テレビの中のソフトウェアの特許取得、係争、ライセンスなどを担当。米国の特許に関連するやり取りが多く、米国の特許弁護士と頻繁に電話会議をして、戦略方針をやり取りしていた。そのような国内外の仕事について、企業の立場から知財の現場を見られたのは大きな経験になったという。
「米国の特許弁護士との仕事は非常に刺激的でした。彼らは特許のプロとしてクライアントにサービスを提供しています。ソニーの知財部員は200人ほどいて、私個人が弁理士である必要性を感じる場面は多くなかった。私も彼らのようにクライアントに対して弁理士としてのサービスを提供できれば面白いのではと、もう一度外部の専門家として働いてみたい気持ちがわいてきました」
スタートアップはビジネスプランに応じた柔軟な知財戦略を
2010年、特許訴訟や交渉など幅広い事件を手掛ける大手法律事務所のTMI総合法律事務所へ入所。期待していた通りさまざまな案件があり、特許訴訟のほか、スタートアップ関連の仕事もたくさん舞い込んできたという。
大石氏が関わった訴訟としては、2017年のfreee対マネーフォワードの特許訴訟がある。
「所内の弁護士がマネーフォワードの経営層とつながりを持っていたことがきっかけで相談があり、弁護士と弁理士数名で対応しました。当時のマネーフォワードは知財に関する対応が十分と言える状況ではなく、訴えられたことで知財のリスクや重要性に改めて気づき、訴訟後は知財の出願計画などを一緒に進めさせていただくことになりました」(大石氏)
マネーフォワードのケースはスタートアップが陥る特許トラブルの典型例だ。訴訟では勝訴となったが、当時上場準備を進めていた同社にとっては、大きな横やりが入った形だった。
創業初期はビジネスを進めること以外に手が回らず、特許の重要性を認識していても後回しになってしまう経営者は多い。訴えられて初めてビジネスへの影響の大きさに気付くのだが、痛い目に合ってからでは手遅れだ。そもそもスタートアップは初期段階で知財の弱点を狙う必要がなく、拡大後のビジネスでも重要なタイミングになったときほど攻撃を受けやすい。
トラブルを防ぐには、商標や特許を出願して自社の権利を守ることだけでなく、第三者の権利に対する意識を持ち、サービスのリリース前に知財調査をすることが重要だ。とはいえ調査や出願に使える費用は限りがあるので、メリハリを付けながら、重要な知財を押さえておく必要がある。
「最も重要なのは、トップが理解すること。スタートアップは、意識が向けられれば非常に行動が早いので、いかに早く気付くかが大事です。マネーフォワードの場合も訴訟後の知財補強は速やかに進みました。当時は法務部門の責任者の方がひとりで知財を担当されており、手が回らなくなってきたので、効率的に進める方法や人材の採用についても悩みを聞きながら一緒に考えて、社内の知財体制を整えていくお手伝いをしました」
最近はこうした特許訴訟の事例や知財の重要性が知られるようになり、スタートアップの知財意識は高まってきているが、それでもすぐに知財対策を始めよう、とはなかなかならない。スタートアップの限られたリソースの中でどこから進めていけばいいだろうか。
「極端な例に見えるかもしれませんが、特許は必ずしも取れなくてもいいのです。取得できる可能性が低くても、特許を出願してプレスリリースに記載するだけでも他社へのけん制になります。一方で、絶対に他社の参入を阻止したい場合は、徹底的に考える必要があります。サービスの独自性、特許が取れるのかどうか、他社が参入するかどうかを踏まえて、どのように出願するべきかを柔軟に考えることがスタートアップでは重要です」
自社のみでビジネスを拡大していくか、特定のタイミングでM&Aなど売却するかによっても戦略は変わってくる。事業はうまくいかないが、買う側にとって特許を持っていれば、高額で知財ごと買収されるケースもあるという。また将来の売却をにらんでいるならば、特許を国際出願しておくと買い手が付きやすい。知財戦略は、経営者の長期的なビジネスプランと密接に関わっている。
大手企業に対抗しうる特許の押さえ方
大石氏は特許庁の知財アクセラレーションプログラムであるIPASに2018年からメンターとして参加している。
「印象に残っているのは、ある最新テクノロジー分野の会社の支援です。同社は非常に面白い技術を持っていましたが、基本特許を米国のIT大手が押さえているなか、どのようにビジネスを進めていくかが大きな課題でした。大手に対抗するための戦略を立てるのは題材として面白く、やりがいがありました。結果としていい特許が取れましたし、ビジネス面でどのようにマネタイズしていくかの議論もでき、どのようにライセンスを取るか、という細かい話まで踏み込めたと思います」(大石氏)
スタートアップに限らず、後発として参入すると基本特許が押さえられていることが多い。その場合、どのように戦えばいいだろうか。
「大手企業に対応するためには、いかに相手にとって嫌な特許を取るかが重要。自社のプロダクトを守れる特許を持っていたとしても、大手にとって関係なければ脅威にはなりません。自社の実施内容だけでなく、他社のビジネスの方向性、持っている特許を踏まえたうえで、将来的に相手が欲しがるであろう特許を押さえていく。大企業は売り上げ規模も大きいため、ひとつの特許が与えるインパクトも大きく、それを持っていれば交渉で有利に働きます」
既存の成功者に対抗しうる特許を持っておくことは、企業価値を高めるためにも重要だ。例えば、大手企業同士がある領域で競争していたとき、彼らにとって武器になる特許をスタートアップが持っていれば高く買ってもらえる可能性がある。日本では事例が少ないが、米国ではよくある話だ。意識的に米国での特許をとっておき、企業価値を高めていく戦略もありうるだろう。
「ビジネスプランがなければ知財戦略が立てられないので、IPASは非常にいい仕組みです。ビジネスメンターとチームを組んでやれるのは、我々弁理士にとってもメリットがあります。参加企業も知財意識が高いので、メンタリングが楽しい。問題が漠然としていても、知財に取り組みたいという思いは高いのでやりがいを感じます」
最後に、大石氏にとってスタートアップを支援する醍醐味、日本のスタートアップエコシステムに求められるものを聞いた。
「ひとつひとつの出願が経営に結びついているのがスタートアップ支援の面白さです。経営者との話し合いでは、個別の特許の話だけでなく、いかに特許をビジネスに生かしていくか、という大きな話ができるので非常に刺激があります。最初のうちは人的リソースが足りないので、外部の専門家をうまく使ってほしいですね。
まだ弁理士に相談するのは敷居が高いと感じているスタートアップが多いので、もっと気軽に付き合える環境を作っていきたいです。スタートアップは横のつながりを持っているので、そこに弁理士も絡んで知財コミュニティを形成していければいいと思います」
大手の場合、訴訟などからの話が多いようだが、最近は大手や個人でもスタートアップとの取り組みを進める弁理士は増えている。まず相談を進める形でより取り組みが増えるようになってほしい。
大手事務所は相談料金が高く、スタートアップには敷居が高いと思いがちだが、スタートアップ向けの低料金を設定している事務所や個人的に調整してくれる弁理士も多い。一度、声をかけてみては。