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宇宙の用途を拡大、軌道上への祈りを送る宇宙寺院という発明

テラスペース株式会社 代表取締役 北川 貞大氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

 この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンク)に掲載されている記事の転載です。

 既知の技術でもその使い方に新規性があれば「用途発明」として特許が認められる。軌道上に宇宙寺院をつくるプロジェクトに取り組むテラスペース株式会社は、「軌道上の人工衛星から祈願や供養データを光で飛ばす」というアイデアで特許を取得している。経営学の視点から生まれた宇宙寺院の概要と同社の特許戦略について代表取締役の北川 貞大氏に聞いた。

テラスペース株式会社 代表取締役 北川 貞大(きたがわ・さだひろ)氏

1968年生まれ。京都大学経営管理大学院卒。経営学修士(MBA)。1996年4月カゴヤ ・ジャパン株式会社取締役、2000年9月同代表取締役に就任。2020年2月テラスペース株式会社を設立し、代表取締役に就任。

光情報を宇宙に飛ばし、人工衛星が燃え尽きたあとも永久に供養を

画像提供:テラスペース

 テラスペース株式会社は、超小型人工衛星による宇宙寺院の開発に取り組む京都大学発スタートアップ。宇宙寺院は、小型衛星の中に願い事や亡くなった方の戒名などの電子データを格納し、祈願や供養をする衛星軌道上の宗教施設だ。

 宇宙開発は、国際宇宙ステーション協力計画(ISS計画)からアルテミス計画へと進展し、人類が宇宙で活動する範囲は広がりつつある。従来のような低軌道での短期間滞在だけでなく、いずれは月面や火星で生涯を過ごし、次世代が生まれ育つ時代がやってくる。しかし、今のところ宇宙には心のよりどころになるような宗教施設が存在しない。人類の本格的な進出に合わせ宗教も進出しておくべきでは、というのが北川氏が宇宙寺院を作る理由のひとつだ。

 もうひとつの理由は、日本の仏教が抱える檀家制度での課題解決にあるという。

 各檀家は特定の寺院と先祖からの付き合いがあった。このような制度は、戦前のようにほとんどの日本人が農家で、代々同じ地域で生活していた時代には理にかなった仕組みだったが、現代では地域間の移動も多く、仕事で移ることも一般的だ。檀家制度は個人よりも家に紐づいているため、家を離れてしまうと寺とのつながりは薄くなる。法要や墓参りのためだけに行き来するのが負担になり、お墓の移転や墓じまいをする人も増えている。

 宇宙寺院は、高度400~500キロメートルの低軌道を周回し約90分で地球を一周する想定だ。「土地や地域に依存せず、宇宙を意識すればどこにいてもお寺との関係が途切れることがなくなる」と北川氏は語る。

 ただし、宇宙寺院はあくまで人工衛星なので、寿命は数年から10年程度と短い。そのため同社では人工衛星から指定した方角に向かって祈願や供養情報を光情報にして送信する宇宙供養の仕組みを考案し、こちらも特許を取得している。例えば、故人が北斗七星に思い入れがあれば、その方向へデータを送信する、といった供養方法だ。遠くの星の光が観測できるように、放った光はそのまま宇宙を飛び続けることになり、その方角に故人に向けた祈りが存在するようになる。

宇宙寺院から新しい人工衛星、宇宙活用のニーズの幅を広げたい

 宇宙寺院は、宇宙工学的な研究から生まれたものではなく、北川氏によるビジネスモデルの研究成果をもとにした経営学視点のプロジェクトだ。

 機体は自社開発で、和歌山大学の秋山演亮教授をはじめとする外部大学の教授陣に技術顧問として参加してもらい、エンジニア3名体制で開発している。初号機は2023年4月に米国での打ち上げ予定で、現在はフライトモデルの一歩手前の設計と製造に着手している段階。本格的な宇宙寺院は同年11月~12月あたりの予定だ。その後も年1回のペースで打ち上げていく計画としている。

 同社の超小型衛星は宇宙寺院専用のワンメイクではなく、同タイプの衛星を量産することを前提としており、ペイロードに各種センサーを搭載して、地球や宇宙空間の観測など汎用的に使えるものとしている。

 機体には安価な民生のパーツやデバイスを使いコストを抑えている。マネタイズとしては提携した寺院からの開発協力費のほか、宇宙祈願、宇宙供養の際に載せるデータの容量に応じて都度料金を受け取る形だ。将来は、宇宙寺院に限らず、安価に超小型衛星を飛ばしたい企業のニーズに対して受託開発を提供するビジネス展開も考えている。

 国内で超小型衛星を量産している企業では、株式会社アクセルスペースなどがあるが、テラスペースの開発する超小型衛星はさらに小さい6UサイズでISSからの放出もできる。海外には6U、3Uの汎用衛星の競合メーカーがいるが、今は競合の存在よりもニーズが少ないことのほうが課題だ。

「AmazonやSpaceXは何百基も飛ばしていますが、それらは自社のニーズか、あるいは国家プロジェクトであり、民生向けの事業はまだ少ない。弊社の開発する6Uの人工衛星には3U分のフリーで使えるペイロードがあり、それを複数社でシェアして使うことを想定しています。例えば、1基を購入して飛ばすのに1億円近くかかるとしても3社でシェアすれば約3000万円。さらに機体と打ち上げ費用を安く抑えることで、市場を広げていきたい。宇宙寺院はあくまで活用の一例で、新しい人工衛星、新しい宇宙の活用ニーズ提案を同時にやっていきます」(北川氏)

特願2021-193178。地球周回軌道上の人工衛星を利用して複数のユーザにサービスを提供するコンピュータシステム、そのコンピュータシステムにおいて実行される方法およびプログラム

 宇宙寺院というアイデアはかなり斬新な提案だが、意外なことに寺院側の反応は良かったそうだ。

「京都の醍醐寺さんにお話したとき、お寺側も人々が宗教から離れていくことへの問題意識を持たれていたこともあり、ご理解は早かったです。また宇宙寺院の考え方は、仏教の思想や教義とも相性が良いと賛同いただけました」

 仏教も宗派によって教義が異なるが、醍醐寺は真言宗の宗派で、人はもともと宇宙の一部で亡くなった後は宇宙と一体化していく、といった仏教的な宇宙の摂理を象徴した教義を持っているという。これまでの真言宗の寺院は、宇宙と人間を一体化させるために、地上に疑似的な宇宙を創る考え方で寺や五重の塔を建設し、お経を唱えて間接的に宇宙に働きかけたり、煙を空に上げて宇宙と”通信”してきたが、宇宙寺院を作れば、より直接的にそれができるようだ。ただし、醍醐寺に檀家制度はないため、今後は宗派を問わず、多くの寺院との提携を目指している。

 世界的には、米国の福音派が衛星放送を使って布教活動をする例はあるが、施設そのものを人工衛星で打ち上げる例はないと北川氏。というのもキリスト教の教会は自らが施設の中に入って祈るための施設であり、宇宙に作ろうという発想にはなりにくい。偶像崇拝を禁じているイスラム教も同様だ。そのため、目下同社の海外からの反響は、香港、台湾、タイなど仏教国からが多いという。

特許はわかりやすい資金調達ツール

画像提供:テラスペース

 テラスペース社内には知財担当者は置いておらず、北川氏と取締役で管理している。現時点では、人工衛星の製造や開発ノウハウ部分に関わる特許の出願予定はなく、宇宙開発の新しい用途のアイデアが特許出願の中心。というのも、安く作り確実に動作することを最優先にしており、新しい技術は故障のリスクにもなるのであえて使わないようにしているからだ。ただし、新しい用途のアイデアが生まれれば、それを実現するための技術的な発明が生まれる可能性はある。

 知財については、特許権と商標権は取れるものは取っておく、というのが北川氏の考えだ。

 上述した人工衛星から光で祈願や供養情報を送信する発明は、アイデア段階から特許になる要素があるのかを特許事務所に相談して出願している。この技術は宇宙寺院だけでなく、ウェディング業界などの用途にも使えそうだ。このような特許取得の目的のひとつは防衛のためであり、積極的な特許のライセンス活用などは考えていないという。

「特許によって宇宙の利用を制限したり、他社の開発を妨げるのはあまりよくないと思います。しかし、自社の技術が特許で守られなければ、研究開発に資金を投じることが難しくなる。大企業や国家プロジェクトとは異なり、スタートアップは他社の投資を受けることになるので、特許で独自性が担保されると投資家に対して強いアピールになります」

 もちろん特許を取ったからといって確実に技術が守られるわけではなく、侵害されていたとしてもそれを発見し、警告や訴訟をするには相当な労力がかかる。それよりもユーザーや投資家へわかりやすくサービスの独自性を説明するためのツールとして捉えているそうだ。

 実際、これまでは自己資金と縁のある会社からの支援がメインだったが、2021年12月に特許が登録されたことで、VC・CVCからも声がかかるようになってきたそうだ。今後は打ち上げに向けて本格的な資金調達を予定している。

 目下の目標は、2023年の初号機の打ち上げを成功させること。同時に売り上げを立ててビジネスとして成功させるため、マーケティングにも力を入れていく予定だ。

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