日本の種苗、品種を守り育む 最新手法、取組を知る
2022年2月2日開催 オンラインイベント「魅力あふれる農林水産業へ! タネからはじまる新たな未来」レポート
日本で開発された高品質な農作物が海外に流出し、国内の農家や種苗開発業者に大きな被害を与えていることが、近年大きな問題となっている。そういった国内の種苗、品種を守り育むための様々な取り組みについて解説するオンラインイベント「魅力あふれる農林水産業へ! タネからはじまる新たな未来」が2022年2月2日に開催、レポートをお届けする。
最新のDNA分析手法「MIG-seq法」を解説
まずはじめに、東北大学大学院 農学研究科教授の陶山佳久氏が、DNAを利用した品種識別の最新手法「MIG-seq法」について説明した。
DNAを利用した品種識別は、栽培環境などの影響を受けることなく、DNA情報に基づいた客観的な情報を用いる品種識別方法ではあるが、高精度に識別するためには品種ごとにDNAの違いを探索し、マーカーを開発しなければならず、そこにコストや手間がかかっていた。そういった問題を解決するために陶山氏が開発したのがMIG-seq法だ。
MIG-seq法では、PCRで増幅した数千万以上のDNA領域の塩基配列を読み取って、数千から数万箇所のDNA領域を比較することで、生物種を問わず高精度に品種を識別できるという。しかも、約3日間と素早く解析が行え、手法が簡便、試薬代は1サンプル1000円程度と安価、多くのDNA領域の塩基配列情報が得られる。また、低品質かつ微量のDNAでも利用でき、様々な生物に適用可能という点が大きな特徴だと陶山氏は説明した。
また陶山氏は、このMIG-seq法の有効性について、きのこ品種を対象として正確な品種識別が行えるか実証を行ったという。実際にシイタケ181品種566菌株、エリンギ12品種12菌株、ナメコ25品種28菌株の全606菌株用意して検証したところ、品種Aに対する他検体の配列一致率は、同一品種の他菌株では100%一致するとともに、近縁品種で90.7%、無関係な品種では40%~70%の一致率になったそうだ。これにより、MIG-seq法で正確な品種識別が可能なことを実証した。
合わせて、品種Bと、その侵害疑義品の一致率を比較したところ、ほぼ100%の一致率になったそうで、偶然に起こりえない一致率となり、侵害疑義品が品種Bと同一であると確認できたそうだ。さらに、輸入乾燥シイタケでも試してみたところ、55検体中50検体で鑑定できたそうで、有用性の高さを示した。
最後に陶山氏はMIG-seq法について、「対象がゲノムDNA配列そのものなので、手法や検査者に依存しない揺るぎない事実を根拠としていること、全ゲノムからの無作為多数抽出のため偽装が極めて困難なこと、そして種を問わない共通の手法であること」から、非常に優秀な品種識別法であると結論づけた。
トウガラシを例に遺伝資源と遺伝解析に関する研究について紹介
続いて、信州大学 学術研究院農学系 准教授の松島憲一氏が、遺伝資源や遺伝解析に関する研究を紹介した。松島氏は、トウガラシやソバを研究対象として、遺伝資源の探索、収集、評価を行い、それらを用いて遺伝解析を行うとともに、品種開発にも携わっている。実際の研究では、様々な地域に出向き植物遺伝資源としての在来農作物を探索、収集し、その遺伝解析を行い、最終的には新品種開発につなげているという。
農林水産省は、2014年から植物遺伝資源収集のプロジェクトを進めている。日本だけでなく、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ネパール、キルギスなども参加する国際的なプロジェクトで、ナス科、ウリ科の果菜類の他、様々な葉根菜なども対象として収集評価した植物遺伝資源の育種、研究への利活用を行っているという。
そのプロジェクトでは、まず探索対象地域に、その国の国立研究機関の共同研究者と共に赴いて在来品種についての聞き取り調査を行い、その在来品種を観察するとともに、種子を採取。採集した種子は相手国と分けて保存し評価が行われている。実際に信州大学では、2019年にミャンマーにおいて全61サンプルの植物遺伝資源を収集したという。
また松島氏は、国内の各地域にある伝統野菜についても研究を行っている。例えば、松島氏の研究拠点である長野県にも伝統野菜が多くあり、長野県は食文化を重視するとともに、その伝統品種を守り育てるために「信州の伝統野菜」認定制度を用意し、現在81品種を選定しているという。そして、その中にはトウガラシが9品種も選定されているそうで、ここまで多様性豊かなトウガラシが存在するのは他の地域にはほとんどないという。このような伝統野菜は前述した植物遺伝資源として科学的に重要なのはもちろんのこと、地域の食文化を伝承する文化財として、また、他地域との区別性持つ地域資源といった観点からも非常に重要であり、だからこそ植物遺伝資源の域内保全が必要であると松島氏は強調した。
この他、ししとうの辛味果発生やトウガラシの辛みの変動についての研究をする中で、辛みをコントロールする遺伝子をいくつか突き止め、それを応用することで辛みの制御が可能になることが期待されているという。また、長野県の老舗七味唐辛子メーカー、八幡屋礒五郎と共同で、長野県の中山間地向け七味唐辛子原材料用新品種の開発も行っており、地域貢献に繋がったと紹介した。
シイタケを例に育成者権侵害への対策と課題を解説
次に、森産業株式会社 経営企画室の小西宏明氏が、育成者権侵害への対策と課題について解説した。森産業は、きのこ種菌の製造販売やきのこ栽培施設の設計、施工、資機材販売、きのこ類の製造販売などを行っている企業だ。国内ではきのこ種菌の販売シェア1位を獲得しているという。
その森産業が近年悩まされているのが、育成者権侵害だ。
品種の育成には多大な時間、労力、資金が必要なものの、種菌自体は第三者により簡単に増殖できてしまい、育成者に資金が還元されなくなってしまうので、農林水産省は、国内で育成された品種を保護するために種苗法を制定し、品種登録することで独占的な育成者権が与えられるようになるように品種登録制度を設けている。
品種登録されたものを第三者が無断で増殖・販売した場合には、種苗法違反となるが、実際には様々な農産物でその例が絶えないのが現状だ。小西氏によると、シイタケにおいても、登録品種が中国から逆輸入されるという育成者権侵害の例が多く見られるという。
現在のシイタケ栽培は菌床栽培が主流で、2020年には生シイタケの国内生産量の92%を占めているという。ただ、中国で作られて日本に輸入された菌床を利用して生産されたものも多く、92%のうち17%を占めているそうだ。現在の食品表示法では、シイタケの収穫された場所が原産地になるそうで、中国から輸入された菌床で育てたシイタケも日本産として流通してしまうという。
そして、その中国から輸入された菌床の中に、日本で品種登録された品種が使われているものがあるそうだ。小西氏によると、2011年から調査を行っているが、これまでに種菌の輸出実績がないにもかかわらず、調査した9割以上が森産業の登録品種だったそうで、中国から輸入される菌床のほとんどが侵害品である実態があると説明。しかも、2017年より中国からの菌床輸入が伸びるにつれて、国内での生シイタケの販売価格が急落し、国内生産者に打撃を与えていると指摘した。
これに対し森産業は、中国製造の菌床で生シイタケを生産・販売し、自社の登録品種を無断で使用していた者に対して民事訴訟を行い、損害賠償請求や侵害行為の差止請求を認容する判決が下されているという。ただ、訴訟を行うには侵害品が登録品種と同一の品種であることを比較栽培により立証する必要があり、それには時間や手間、コストがかかるが、その手助けとなると期待されているのがMIG-seq法を用いたシイタケのDNA品種分析技術であるとして、MIG-seq法の優位性を説明。また、関税での侵害品の輸入差し止めも育成者権侵害への対策として有効であるとするが、それにはDNA品種識別手法の確立が不可欠と指摘し、こちらでもMIG-seq法が有効な手段であるとした。
そのほかの対策として小西氏は、中国での品種登録や、新規顧客の身元チェックの強化が必要であるとし、また、国としても改正種苗法に基づいた登録品種の海外への持ち出し制限や、輸出貿易管理令に基づくシイタケ種菌の輸出制限などの対策を実施していると説明した。
DNA品種識別の現状について
最後に、秋田県立大学 生物資源科学部生物環境科学科 環境管理修復研究グループ生態工学研究室 准教授の岡野邦宏氏が、「DNAで農林水産分野の未来を開く」と題し、DNA品種識別の現状について解説した。
これまでの3名による講演で、品種を守る重要性は伝わったと思うが、とはいえ生産物の形や味は育てる環境で変化するため、新種の識別は非常に難しい。そこでDNAでの識別が重要になると岡野氏は指摘した。
DNAは生命の設計図のようなもので、見た目が違っていてもDNAは変わらないため、DNA配列の違いで種別を識別できる。ただ、DNAの情報量は比較的大きいだけでなく、品種間のDNA情報の違いは極めてわずかなので、識別が非常に難しいという。例えば、コシヒカリとあきたこまちのDNA情報の違いは0.00009%しかないそうだ。
そこで、そういったごくわずかな違いを識別するために有効な手段となるのがMIG-seq法とiD-NA法であるとし、高精度で迅速、安価なDNA品種識別法を開発したと説明した。
その手法では、MIG-seq法でDNA情報を取得するとともに、シンプルな独自アルゴリズム(iD-NA法)で高精度にDNAの違いを検出。そして検出したDNAの違いを用いた効率的なDNAマーカーの探索と開発によって、フレキシブルなDNA判定キットを開発するという。最終的な目標としては、誰でも、どこでも、特殊な機器を使うことなく、1検体につき1,000円程度と安価、かつ1時間程度で判定できるよう技術開発を進めているそうだ。
この、岡野氏が手がけている判定技術を利用した品種識別の例として、いんげん豆を利用した鑑定について紹介された。
いんげん豆も種苗が海外に不正流出し、収穫物が逆輸入される例が増えているという。例えば、中国産いんげん豆をDNA鑑定したところ、国内登録品種であることが判明した例もあった。そこで、実際に国内で登録済み品種を問題なく識別できるか確認するとともに、流通している品種、混合品種、お菓子に含まれる品種を特定できるか検証してみたそうだ。その結果、いずれの例でも問題なく品種を特定できたそうで、精度の高さが確認できたと説明した。
また、DNA分析は品種特定だけでなく、品種の価値を守ったり、新品種を効率的に育てたり、異品種の混入を防いで適切に管理する、といった用途でも活用できるとの考えを示した。