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STARTUP×知財戦略 第75回

エイトローズベンチャーズジャパン 代表/マネージング・パートナー デービッド・ミルスタイン氏

海外VCがとらえる”強い”スタートアップの条件「日本のエコシステム構築には人材拡充が足りない」

2020年11月19日 16時00分更新

文● 谷崎朋子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元

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この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(https://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。

 国内外問わず、ベンチャー・スタートアップへの注目が高まっているが、そのような投資先としての注目は今に始まったことではない。特に最近は、技術や知財を強みとしたテクノロジー・スタートアップへの関心が高まっている。フィデリティ発の独立系VCとして、日本国内のスタートアップ動向やトレンドを20年以上見続け、支援してきたEight Roads Ventures Japanのマネージング・パートナー&日本代表、デービッド・ミルスタイン氏に、海外から見た最新事情や知財への意識、人材戦略などについて伺った。

エイトローズベンチャーズジャパン 代表/マネージング・パートナー デービッド・ミルスタイン(DAVID MILSTEIN)氏
米国ペンシルバニア大学卒業、ハーバードビジネススクールでMBAを取得後、旭硝子に入社。1995年にM&Aコンサルティング会社を起業し、2000年にフィデリティ・ベンチャーズ日本のオフィス代表に就任。国内IT企業への投資や海外投資先企業の日本市場への参入をサポート。2005年にウォルト・ディズニー・ジャパン入社。ディズニー・モバイルのサービス立ち上げ責任者として事業を統括。2010年、ディズニー・インタラクティブ・メディア・グループのゼネラルマネージャーを経て、2012年4月よりフィデリティ・グロース・パートナーズ(現Eight Roads Ventures Japan)の代表に至る。

海外VCが注目する日本のテクノロジー・スタートアップ

 世界7ヵ国10都市にオフィスを置き、運用資産残高はおよそ40億ドル(4000億円以上)、ポートフォリオは300社以上に及び、50年以上の投資歴を持つ大手資産運用会社米フィデリティ。そのフィデリティグループの投資部門Eight Roadsの日本法人が、Eight Roads Ventures Japanだ。2012年に設立された同社は、グロースステージにあるベンチャー・スタートアップを対象に投資および支援を展開、今やポートフォリオは34社に上る。日本法人の代表を務めるデービッド・ミルスタイン氏は、就任以前からM&Aのコンサルティング業務や投資に携わったほか、ウォルト・ディズニー・ジャパンでは新規事業立ち上げで指揮を執るなど、投資と事業双方の視点を備える人物だ。

 そのミルスタイン氏は国内スタートアップ市場について、投資額の規模感がこの十数年で大幅に拡大したと述べる。

「以前は10億円の投資を発表しただけで大いに驚かれましたが、今や『10億円で本当に大丈夫?』と言われるほどです」。ミルスタイン氏は笑いながら、明らかにスタートアップに対する考え方や感覚が変化していると指摘する。

 そうしたなかで、これまで日本企業に関心が薄かった海外の投資家やベンチャーキャピタル(VC)からの注目も高まっている。

「理由のひとつに、スタートアップの取り組むビジネスモデルが海外と共通する点が挙げられます。わかりやすいところでは、FinTechでしょうか。金融制度における各国の法規制への対応はあれども、競争力が認められれば十分な投資対象になると考えられています」(ミルスタイン氏)

 また特に最近人気が高いのは、グローバルでの特許獲得を前提とするようなライフサイエンスやヘルスケアの領域だ。この半年で、再生医療分野の企業やスタートアップにつないでほしいという問い合わせが海外からも激増したと明かすミルスタイン氏。欧米中のバイオテック企業の多くは、創業の段階から同領域でのスタートアップに投資を始め、グローバルに知財をかき集める戦略を実践しており、その波が日本に到来しているのだろうと分析する。

 技術=知財を持っていることがスタートアップの魅力を一段階引き上げることが見て取れる例だ。

「海外のVCは、そのスタートアップがどんな知財を持っているのか徹底的に調査します。知財で技術が守られていることが、顧客にとって大きな安心材料だというのも、その背景にあります。最近は(技術の進歩も手伝って)パクることも簡単です。ビジネスモデルにきちんと投資しているかどうかという観点以外にも、知財の盗用が簡単にできてしまうようなものなのか、判断ポイントとなります」

 実際、Eight Roadsが投資する次世代パーソナルモビリティをデザイン・開発するWHILL株式会社などは、海外諸国の盗用を抑制するため弁護士とともに知財保護を強力に推し進めており、事業拡大を後押ししているという。

 悩ましいのは、国内スタートアップの多くが自身の知財をより幅広く展開する力にやや弱い点だ。

「たとえば、領域が一緒だけど技術が違う遺伝子編集技術を持つスタートアップであっても、その応用範囲で大きく価値が変わってきます。あるバイオ系企業は、自社の技術についてさまざまな応用範囲があるなかで、ゲノム編集技術を創薬の分野に限って海外の同分野スタートアップである米Beam Therapeuticsにライセンス提供をしています。

 このライセンス提供の背景は、日本だけでは閉じてしまう要素をより拡大させる目的があります。創薬に強いメンバーとのパイプ、提供した自社技術への高い評価、そして自社技術を世の中にスピードをもって活用してもらえるといった点は非常に重要です。

 もちろん、これを直ちにヒトへ応用・展開できるかについてはわかりません。ただし、他の応用領域に関して、このように自社もしくはパートナーと組んで拡げていくというのは評価される知財があるからできるのです」

 2019年にNASDACに上場した米Beam Therapeuticsは、遺伝子編集の分野の先端スタートアップであり、ヒトの疾患治療における難病への適用を目指しており、それゆえ期待度も高い。同社CSOは、3社目の創業であり、エコシステムの中で人材や経験が積み重なっている。いかに優れた技術を持っていようと、それを最終的にどのようなビジネスとして回すのか、問題解決をするときにどうやって換金するのかが重要だとミルスタイン氏は強調する。

 だが応用範囲が広いグローバルな知財ポートフォリオ構築は、ベースとなる研究内容に左右されるところも大きく、簡単に実現できるものでもない。それでも、投資先により大きな成長を遂げてほしいと願うミルスタイン氏は、海外の最新事情や情勢がどうなっているのか、他の企業がどこで行き詰まっているのか、さらなる投資を得るためにはどんなマイルストーンをクリアする必要があるのか、どんなデータがあれば次のステージに進めるのかといったポイントを、これまで数多くのスタートアップを支えてきた経験をフル活用してサポートしていると述べる。

大手との提携やM&Aでは戦略的交渉で知財を守る

 だがこれから投資を検討するスタートアップについて、過去の調達条件により投資できなくなることもあるという。原因のひとつは、大手企業との提携話だ。

「たとえばバイオテック・スタートアップが資金調達に苦労していたところ、ある大手製薬会社が5億の資金提供を申し出たとします。スタートアップは研究を続けるためにも資金が必要と考え、製薬会社と契約します。その後、次の資金調達ラウンドでVCに相談へ来るわけですが、VCに指摘されて愕然とします。というのも、契約では知財で成功した際の価値がすべて製薬会社に渡る仕組みとなっており、スタートアップ側には何も残らない内容になっていたからです。これではVCも投資することができません」(ミルスタイン氏)

 もちろん、大手企業側に必ずしも悪意があるわけではないとミルスタイン氏は付け加える。ポイントは、「大手企業と対等に渡り合う、戦略的交渉のすべをスタートアップはぜひ身につけることです」と強調する。

 米国の場合、提携やM&Aの際には双方から経験値のある弁護士が列席し、互いの価値を最大化するにはどうすればよいのか、フェアな落としどころはどこにあるのかなどを対等に交渉するという。「シリコンバレーのような起業文化が養われていることもありますが、ある種のルールというか”お作法”のようなものがあるんです」

 残念ながら、日本ではまだそうした戦略的交渉をする慣習や文化は育っていない。経験の差ではあるが、「このような要求だとスタートアップは死んでしまうから、こういう方向で提携できないか」と提案することを恐れず、またそうした交渉ができる専門家を雇うことが重要だ。知財を守る上でも、ぜひ実践してほしいとミルスタイン氏は言う。

バイオテックにこそ連続起業家の存在が必須

 もうひとつ、国内スタートアップで弱いのは、人材面だとミルスタイン氏は述べる。

「特に、バイオテックのスタートアップで層がまだ薄いと感じています。たとえばテクノロジー分野であれば、2000年代にグリーやDeNAで起業から人材調達、資金調達、新株発行、M&Aまでを経験したベテラン勢がいます。半導体分野でも、京セラや東芝などで黎明期を知り、成功体験のある人材が豊富にいます。こうした人たちは、転職しながら新規ビジネスを立ち上げ、業界全体を盛り上げていこうという意識を強く持っています。

 ですがバイオテックや研究開発型企業では、そうした経験豊富な人材がなかなか外に出てこない。国内の製薬業界は成熟しているはずなのですが、そこから外にスピンアウトして活躍する方をあまり見かけません。まだ私がそういう方と出会っていないだけかもしれませんが……」(ミルスタイン氏)

 適切な人材を集められない現状を嘆くなら、むしろ最初から海外で起業した方がいいとアドバイスすることもあるとミルスタイン氏。海外には、バイオテックスタートアップを立ち上げて、ある程度軌道に乗ったら次の企業を立ち上げるという、連続起業家が少なくない。こうした人たちは、業界全体を俯瞰する力があり、研究とビジネスのバランスをうまくとることのできる人材の可能性が高い。

「そうした人材を獲得することで、さらなる成長が期待できます。課題としては、彼らを惹き付けられるだけの魅力的なストーリーを経営陣が持っているか、ということでしょう。でも、海外という可能性に賭けるのも一つの手だと思います」

エコシステム内の人材の重要性をもっと多くの方に理解してほしい

 一方で、国内で足場を築きたい場合も、優秀な人材確保ができるまでスタートアップ・エコシステムは成長しつつある。たとえば、国内の連続起業家の数は確実に増えていることが挙げられる。

「0から1を生み出せる人材、1から10に成長させられる人材、10から100に引き上げられる人材と、異なる能力をもったスタートアップ創業経験者が増えており、そうした人材を確保できる可能性は高まっています」と、ミルスタイン氏は指摘する。

 こうした人材を獲得するには資金が必要だが、前述のとおりスタートアップへの投資額は年々増えている。経験も能力もある人材を相応の対価で雇用することも夢物語ではなくなった。

「あとは、スタートアップへ転職した場合に所得税率の優遇措置があれば最高です。そうすれば、人材の循環が活性化して、国内スタートアップもより元気になります。もちろん、悪用されることへの対策も併せて考える必要はありますが、それだけ人材は重要であることをもっと多くの方に理解してもらえればと考えています」

 国内スタートアップがさらなるステップアップをするための基礎は踏み固められつつある。次の一歩を大きな一歩に変えるために、今後も尽力していきたいとミルスタイン氏は語った。

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