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知財で読み解くITビジネス by IPTech 第11回

知財戦略は自社のマーケティングに寄り添う形で考える

JINS MEMEの事例から見えるユーザー接点と連携したウェアラブルの新たな価値

2020年05月13日 09時00分更新

文● IPTech特許業務法人

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 スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIと、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人による本連載では、Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。

 ユーザーとのさらなる接点確保を目的に、大手IT企業がウェアラブルデバイス分野への進出を進めています。アップルは2015年にApple Watchの提供を開始、グーグルも2019年にスマートウォッチのFitbitを約2300億円で買収する形で本格的に参入を進めています。

 IT企業がデバイス開発に進出する一方で、以前から時計や眼鏡などのアイテムを提供してきた企業がセンサーやソフトウェアの開発を進め、自社製品のウェアラブルデバイス化を進める動きも加速しています。

 本稿では、スマートウォッチと同じく注目が集まるスマートグラスについて、ジンズホールディングスが提供する「JINS MEME」を題材として、同社のマーケティング戦略と知財戦略の関係について見ていきたいと思います。

眼鏡の高付加価値化で他社との差別化を図るジンズ

 ジンズのウェブサイトや決算資料には「Magnify Life」という言葉がたびたび登場します。Magnifyは「レンズを通して拡大して見る」ことを指しますが、同社ではアイウェアを通じてユーザーが新しい世界を切り開いていくビジョンを掲げています。

 人々の生き方そのものを豊かに広げ、これまでにない体験へと導きたい。私たちはメガネのその先について考え抜き、「あたらしい、あたりまえ」を創り、まだ見ぬ世界を拓いていく。
 引用:https://www.jins.com/jp/about/story.html

 同社ホームページでは、自社のイノベーション事例として下記の4つが紹介されていますが、これらは同社が進めてきた他社との差別化の歴史、そして「Magnify Life」というビジョンを具現化した歴史とも言えます。

 ・低価格アイウエア
 ・軽量アイウエア
 ・機能アイウエア(ブルーライトカット、花粉カットなど)
 ・センシングアイウエア(眼電位センサ、ジャイロセンサなど)

 SPA型の製造小売ビジネスモデルにより、低価格を訴求点として眼鏡市場に参入した同社ですが、2010年に差し掛かるにつれて、業界全体として、単価下落、購買人口減少に伴う市場規模の縮小傾向へ対処することが大きな課題となってきます。

 2011年8月の決算資料で同社は、新たに「機能性アイウエアシリーズの投入で新たな市場創造にチャレンジ」と説明します。これを受けてブルーライトをカットするというコンセプトの機能性アイウェア「JINS PC」(後の2015年に「JINS SCREEN」にリニューアル)をリリースし、2012年8月の決算資料には「非視力矯正市場を創出した」と打ち出しています。

 その後、2015年8月の決算資料で「Magnify Life」というビジョンを示すワードが登場し、2016年8月の決算資料では、「アイウエア単価が上昇」した、との説明が登場します。このようにして市場規模の縮小に対処し、同社は売上も営業利益も伸ばしてきたといえます。直近の決算資料(2019年8月)を参照すると、「アイウエア販売構成比率」において「非矯正」の製品がおおよそ10%を超える割合で占めており、一定の存在感を示しています。また「アイウエア単価」についても引き続き決算資料で説明されています。

 価格競争での差別化が難しくなった市場において、ユーザーが求める付加価値を追求することで、当初の低価格訴求とは異なる「高機能・高単価」の製品で他社との差別化を進めていることがわかります。また、後述するように、同社は2010年代前半からアイウェアをセンシングのデバイスとして捉えて研究開発をしています。

 当時、アカデミックから見ても強い関心が寄せられるテーマであったといえ、この開発により「JINS MEME」が登場しました。このような開発の成果を効果的にマーケティングすることにより、同社のビジョンを具現化したものとしてブランド価値の向上に一定の寄与をした、ともいえそうです。

ジンズホールディングス・2019年8月決算資料より引用。アイウエアの販売本数は前年とほぼ変わらないが、購入単価が増加している

 ジンズと売り上げ規模が近い日本の眼鏡チェーンストア、三城ホールディングスの決算資料を見てみると、眼鏡を販売する店舗施策を最初にアピールしています。

三城ホールディングス・2019年3月決算資料より引用。顧客の年齢層や客単価に合わせた店舗展開をアピールしている

 また同じく眼鏡チェーンのメガネスーパーを展開するビジョナリーホールディングス社も、決算説明ではユーザーの店舗での体験を拡充させる施策、視力以外の検査も含めたトータルアイ検査やリラクゼーション、フィッティング等のサービスを前面に押し出したアピールを行っています。

 この3社を見比べてみると、店舗での体験の向上に加えて「眼鏡そのもの(後述の関連サービス含む)の高付加価値化」で市場創出を試みつつ、他社と差別化を図るジンズの特徴が見えてくるように思います。

マーケティング戦略と紐づいたジンズの知財戦略

 そのうえで、同社が提供するウェアラブルデバイス「JINS MEME」に関連する特許を見ていきたいと思います。

 「JINS MEME」は、眼鏡に取り付けた6軸センサー、眼電位センサーから得た情報を元に、ユーザーの身体の動き、ユーザーの視線・まばたきを計測します。これらセンサーの測定結果に基づいて、ユーザーの身体のブレ、ユーザーの集中度などを計測し、日々の生活を良くする手助けをすることを目指したウェアラブルデバイスです。日々の集中力を計測する「JINS MEME OFFICE」、運転中のドライバーの覚醒度を計測する「JINS MEME DRIVE」など、ユーザーの用途に応じたアプリケーションを提供してきました(一部のサービスは本稿執筆時点の2020年4月の時点でサポート終了)。

 「JINS MEME」の発売(2015年11月)に先立ち、アカデミア研究者から見た「JINS MEME」の先進性について語られる動画が発表されました。眼の動きと心の動きが関連している可能性を言及しつつ、6軸センサーにより身体の動きを捉えつつ、眼の動きを同時にセンシングすることによって、「ココロ」と「カラダ」の両方をセンシングできることの可能性が語られています。

 同社はJINS MEMEの開発において、眼鏡に搭載するセンサーの基本技術、センシングを改善する技術、そしてセンシングした情報を活用したアプリケーション開発を行い、順次、特許の権利化を進めています。これらの技術の特許を獲得しつつ、同社が自ら「独自」と謳う技術を、他社との差別化要因としてウェブサイトで記載しています。

 まず、同社独自機能となる「3点式眼電位センサ」に関する特許が2012年に出願が行われており、審査を経て登録となっています(特許第5661067号)。アイウェアに3つのセンサーを配置し、その電位差によってユーザーが上下左右のどちらを向いているか判定するという、JINS MEMEの基本技術になります。

 さらに、「眼電位と視線方向の対応を、ユーザーに合わせて調整する技術(特許第6266417号)」、「電位を検出するセンサを、より確実に顔に接触させる技術(特許第6306926)」など、センシング技術の改善についても権利化を進めています。

特許第5661067号

 加えて、センサーから取得したまばたき・視線移動・身体の動き等の情報を活用して、ユーザーの集中度、身体の動きを評価した結果を表示するアプリケーションも提供しており、その特許化も行われています。

 例えば、「JINS MEME RUN NEXT」は、「ランニングのムダを成長に変えるアプリ」というコンセプトを打ち出しています。歩行中・ランニング中のフォームのブレを、センサーから取得した身体の動きの情報により検出し、フォームのブレの程度をユーザに提示しつつ、フォームの安定性に問題が生じた時点をもユーザに提示します(特許第6670710号)。ランニングをしているユーザーであれば、走行中のどの地点からフォームがどのように崩れ始めたかを知ることができ、走行ログに基づきフォームの研究・改善をすることができます。

 この他にも、「JINS MEME」では、眼の動きから得られる情報をもとに、集中(Focus)、活力(Energy)、落ち着き(Calm)の状態を評価した結果をもとに、これらを総合するパラメータをユーザーに提示する、というUI開発の成果もウェブサイト上で示されています。このようなUI観点での権利化も行われていますが、特に眼の動きのセンシング方法については限定されずに権利化がされています(特許第6621133号)。

 つまり、ユーザーの行動や動作の結果を蓄積するためのセンシングの技術開発から始まりつつ、これらセンシング結果をユーザーにわかりやすく届ける・提示するといったUIの観点でも権利化をし(特許第6621133号、特許第6621134号)、具体的な用途に着目したアプリケーションの権利化も進めるという、まさにセオリーに沿った権利化活動をしつつ、顧客に訴求する観点での権利を獲得してきた、といえます。

 新しい技術を搭載した製品は、まず、この製品によって変わる未来を想像できるアーリーアダプターによって評価されるところから始まる、というマーケティングの考え方があります。「JINS MEME」のアプリケーションにおいて、製品を早期に採用するユーザーを支援する観点での開発と権利化が行われているのは、合理的であることがわかります。

 競合他社との差別化に繋がる「アイウエアのスマートデバイス化」をアプリケーション開発も含めて行い、その内容についてウェブサイトでユーザーに訴求するポイントを着実に権利化していることが分かると思います。

働き方改革にも繋がるJINS MEMEの技術

 本稿では、「アイウエアの高付加価値化」で競合他社との差別化を目指すジンズ社のマーケティング戦略を確認し、その戦略に合わせて特許の権利化が行われていることを見ていきました。

 本稿執筆時点において、「JINS MEME」が売上規模で見れば決算資料でアピールされるほどの水準には至ってはいないと考えられます。しかし、製品が普及していくのに長い年月を要することも珍しくないため、研究開発事業が縮小したとしても、特許などの権利を残しておくことが重要となるといえます。やがて事業のタイミングがきたときに、権利のポートフォリオがあることで、選択肢が増える可能性もあります。

 昨今の新型コロナウイルスの流行によるリモートワークの普及、それ以前から必要性が叫ばれていた働き方改革が進むにつれて、働く時間の管理ではなく、成果を出すための集中力の管理の重要性が高まっていくと考えられますが、JINS MEMEも「働き方改革」への貢献について言及しています。

 日常的に身に着けるウェアラブルデバイスを通じてユーザーとの接点を確保し、ユーザーの理解を深めることで、働き方改革のように時流の変化に合わせたサービス開発を的確に行うことができる。これがジンズの今後の強みになっていくのではないでしょうか。

特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」では、必ず知るべき各種基礎知識やお得な制度情報などの各種情報を発信している

■関連サイト

著者紹介:IPTech特許業務法人

著者近影 安高史朗

2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。(執筆:佐竹星爾弁理士)

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