「いまはベンチャーが大手を選択する時代」超先端分野で東芝がNextremerと組んだ理由
『TECHNO-FRONTIER×IoT H/W BIZ DAY』コラボゾーン出展募集説明会/講演会レポート
量子コンピュータを高速シミュレートできるSBMを発明したが、
先端的な技術をどうやってビジネスに展開するのか
セッションは続いて、オープンイノベーション最前線という切り口で、東芝デジタルソリューションズ×Nextremerの事例へ移る。まずは、東芝デジタルソリューションズのプレゼンから。
東芝デジタルソリューションズの新規事業開発室 参事(兼)デジタル人材開発・技術管理部 参事である綿引 賢氏は、1985年に東芝に入社し、30年間流通業・物流業の営業を行ってきた。2014年に商品統括部に異動し、2019年の4月からは新規事業開発室に入っている。東芝は社会インフラ、エネルギー、電子デバイスという3つの事業を行なっているが、それをデジタルで支えているのが、東芝デジタルソリューションズだ。既存事業として一番大きいのはシステムインテグレーションで、加えてIoTやAI事業も手掛けている。直近の年間売上高は、2500億円強。
「いろんなソリューションをやっていますが、私どもとして力を入れているのがIoTとAI関係です。特許数もそれなりにあり、IBMとマイクロソフトに続いて、世界第3位の特許を取得しています。モノに関わるAI『SATLYS』(サトリス)と人に関わるAI『RECAIUS』(リカイアス)というふたつのAIに取り組んでいます」(綿引氏)
続いて、Nextremerと組んでオープンイノベーションを進めているきっかけになった技術「シミュレーテッド分岐マシン(SBM)」について新規事業開発室 参事の岩崎元一氏が紹介してくれた。もともと東芝デジタルソリューションズでは、量子分岐マシンというコンピュータを研究しており、「SBM」はその量子コンピュータの動きを既存のコンピュータ上でシミュレーションできるソフトウェアとなる。
量子コンピュータは、組み合わせ最適化問題を解決することを期待されている夢のコンピュータだ。たとえば、物流を最適化するために、どういうルートで行けば時間の削減になるのかという問題を解く場合は、一般的にはしらみつぶしで評価を行う。しかし、条件となる拠点の数が多くなってしまうと、現在のコンピュータで総当たり評価をすると、数億年もの時間が必要になってしまうのだ。
量子コンピュータであれば、シンプルにいってしまえばいろいろな計算を同時並行でできる。現在は数億年かかる計算であっても瞬時に答えを出せると期待されている。
このような目的のため、目下、世界各所で量子コンピュータの利用が提案されている。中でも「量子ゲート方式」は、既存のコンピュータを置き換えられるようなあらゆる問題を解けるような夢のマシンで、実用化には10~20年ほど時間がかかると言われている。そこで、現在は最適化問題のみに特化した「イジングモデル方式」が実用に近いのではないかと注目されているそうだ。
東芝デジタルソリューションズが目を付けたのは、「イジングモデル方式」の中の「アニーリング方式」。従来のコンピュータを利用して、量子コンピュータをソフトウェア上でシミュレーションするというものだ。当然、処理速度は遅くなるのだが、アルゴリズムを用いて高速計算できるようにするというのが今回の発明のポイントになっている。
従来からあるシミュレーテッド・アニーリングという方式では、1つひとつの状態を変えながら一番いい組み合わせを探すというもので、原理的に並列処理による高速化が難しい。そのため東芝デジタルソリューションズの「シミュレーテッド分岐」という方式では、各次元の微分方程式を同時に解くことができ、並列化が可能になるという。
しかし、高速なエンジンを発明することはできたのだが、これをどうやってビジネスに活かすのか、という点で壁に直面したという。
「SBM(シミュレーテッド分岐マシン)というソフトを弊社が発明したのですが、実はどうやって使ったらいいかがわかりませんでした。組み合わせ最適化問題があればそのまま使えるわけではなく、問題自体を定式化して、それを『SBM』に乗せるようなフォーマットにするまで、いろいろ手を加える必要があり、どうしても1社だけではできませんでした」(岩崎氏)
AI対話システムを手がけるベンチャーが東芝と出会った
ここで話題はスタートアップ側に移る。株式会社Nextremer(ネクストリーマー)は、2012年に設立されたAIベンチャーだ。自然言語処理機能を有するAI対話システムと、画像認識・解析技術を用いたアルゴリズム事業を手がけている。
対話システムはPaaS(Platform as a Service)として提供されており、たとえば東京電力グループのファミリーネット・ジャパンと共同事業として「AI管理員」を開発し、事業運営している。マンションやビルの管理人という役割を、フロントはGUIのコンピューティングにして、背後ではセンターと連携しながら、人とテクノロジーの協働というカタチでサービスを行なっているそう。
「事業をやっていると、次の研究テーマをやっていかないといつか必ず負けてしまいます。ベンチャー企業なので先行投資は厳しいのですが、そこは熱い気持ちでやっていこうと、最先端研究をしています」(向井氏)
2016年から量子コンピューティングについても研究を重ね、産学連携で早稲田大学の田中 宗准教授と共同研究もしている。
「対話×量子、ということで高速な仮説推論に可能性を感じています。たとえば東京に住んでいる人が、そのシステムに対して大阪の天気やゴミの出し入れ日を聞いたとします。それについてAIはもちろん回答できますが、その背景として、『もしかしたら大阪に出張に行くのかな』という仮説推論ができれば、AI側から大阪への切符手配の必要性を確認し、自動予約するといったアクションにつなげられると考えています」(向井氏)
この仮説推論というAIにおけるテーマは、前述した組み合わせ最適化問題に落とし込める。そこを解くというところで、東芝の「SBM」を使って研究を行っているというわけだ。
東芝との出会い自体は、2016年の大規模展示会だった。当時ブースで対話システムのデモを行なっていたところ、東芝のエンジニアと意気投合。そこから付き合いが始まり、2017年には「リカイアス」のシステムを共同開発した。そして、現在は「SBM」を利用したアプリケーションの研究を手がけている。
「2016年の当時は、対話システムと言ってもだれもわからなかったんです。そこで、わかりやすいものを作りたいと考えて、アパホテルの社長をbot化しました」(向井氏)
こちらの様子は「アパホテル社長が人工知能になった Slush Asia 2016」で紹介している。