ベンチャー支援は次代の産業構造への挑戦 経産省石井氏×TomyK鎌田氏が語るSXSWへの一歩
「日本発グローバル・ベンチャー公開選考会」経済産業省特別セッション
11月15日、経済産業省とASCII STARTUPによる「日本発グローバル・ベンチャー公開選考会」が開催された。この公開選考会の最初のセッションでは、経済産業省の石井芳明氏と、TomyK代表の鎌田富久氏が登壇。ここではその特別セッションの内容をお伝えする。
最初に登壇したのは経済産業省の石井芳明氏だ。石井氏は、政府が進める「シリコンバレー架け橋プロジェクト」の一環で、国内企業をアメリカのイノベーティブなポイントを繋ぐことに注力しているという。本選考会で選出されるテキサス州オースティンで行なわれている大規模イベントSXSW(サウスバイサウスウエスト)への企業派遣も、その中の具体的な施策のひとつとしての挑戦だ。石井氏は語る。
「今年、オリンピックがありました。次は2020年東京。4年後のオリンピックのころに、日本がどうなっているのか、思い浮かべてみたいと思います。逆に今から4年前、日本のベンチャーは、あまりさえない状態でした。しかし、ここへ来て、日本のベンチャーは盛り上がっています。2020年には、もっと盛り上がってほしいと思っています」(石井氏)
前回のオリンピックが開催された翌年の2013年、安倍政権の成長戦略の一環として、ベンチャー企業に関する新たな動きが始まった。それは「新陳代謝とベンチャーの加速」。ベンチャーが盛り上がることで既存の産業が変わっていく。そのために、政府が手助けしようというものだ。
たとえば、ベンチャーキャピタルの投資額は、4年前と比べて3倍、1800億円ほどの規模に成長した。また、1件あたりの金額も、起業したばかりのシリーズAラウンドでの投資で1億円を超えた額が出資されるようになっているのだ。
「新しいスターもどんどん出てきています。例えばユーグレナ。ミドリムシを大量培養して、機能性食品あるいは燃料油をつくるというベンチャー企業です。ここはすでに時価総額1000億円を超える企業に成長しています。日本ベンチャー大賞も受賞し、安倍総理から表彰状も授与されました。また、ロボットの技術を使って歩けない人が歩けるようにする技術を開発しているサイバーダイン。さらに、ナイロン繊維や鋼鉄より強く、ゴムのように伸びるクモの糸を製油から人工合成する技術を開発しているスパイバーなど、大きな夢を持ったベンチャーが数多く登場しています。このほかにも、ペプチドリーム、メルカリなど。国内だけでなく、世界にも進出しています」
この5年、10年の間に、新たな企業が次々と生まれている。目立ったヒーローが出ることで、また、新しい会社が出始めている。そういう環境が育ち始めていると石井氏は語る。
IoTやビックデータ、ロボットなどのトレンドが加速する
さらに現在、IoT、ビッグデータ、それからロボット技術といった新しいトレンドがつながり始めている。
「製造プロセスの変化やAIを使った動き、あるいは自動運転。暮らしでは、スマートハウス、健康、医療、インフラなど、あらゆる場面で、今、AI・ビッグデータ・IoTなどの動きが加速しています。今まさに、第4次産業革命であるという話も出ていますが、これからが変化の時です。この変化に乗れるかどうかで、われわれの国の豊かさが決まってきます」(石井氏)
経済産業省が、産業構造ビジョンにて試算した結果によると、変革を前向きに捉えて、自ら変わっていくというシナリオと、現状放置のままにした場合とで、日本の持つ富は変わっていくという。現状維持のままでは日本のGDPは524兆円だが、第4次産業革命の変化に乗れば592兆円にも成長するという。さらに、2030年の時点では、実に200兆円以上の開きが生まれる想定だ。
今、変化に対応できるかどうか重大な局面に掛かっていると石井氏は続ける。そのような中で、政府の大きな命題となっているのがベンチャーを応援するということだ。特に、これまでのベンチャー支援は省庁間で個別に行なわれており、横の連携はなかったが、今回は異なる。これまでベンチャーとあまり関係のなかった省庁も含めて連携する動きがあるという。
「実は昨日も内閣官房の会議室に各省から集まりました。あまりこうやって顔を合わせることってないんです。ただ、役人の力だけはダメですので、民間のアドバイザリーボードの意見も聞きながら、民間の力も活用してやっていきたいと思っています」(石井氏)
動きのきっかけは安倍総理のシリコンバレー訪問にある。だが、ただ訪れるだけでなくそこからつなげていかねばならない。経産省が主導するプロジェクトでは、シリコンバレーだけでなく、ニューヨークやシンガポール、そしてSXSWの本場オースティンへも日本のベンチャー企業の人員を派遣する。
「面白い企業を海外に派遣して世界の目を驚かせる。そういうことを目的にしています。経済産業省としては、大企業も中小ベンチャーも盛り上がっていくエコシステムをつくっていく。それによってイノベーションがどんどん生まれてくる国にしたいと思っております。これをほかの役所も一丸となって推進していきます」(石井氏)
一歩踏み出すと新たな景色が見えてくる
続いて登壇したのが、自らがベンチャー企業を上場させた経験を持ち、現在も多くのベンチャー企業を支援しているTomyK代表の鎌田富久氏だ。
鎌田氏は、東大でコンピュータサイエンスを学ぶ傍ら、自らACCESSというソフトウェアベンチャーを立ち上げ、iモード黎明期にコンピュータ、インターネット関連の事業を開拓。2001年には、自ら経営する企業をマザーズに上場させている。その後10年、上場企業の経営を経験したあと、現在は東大周辺で活動するテクノロジーベンチャーへの支援を行なっている。
「スマホとかネットのサービスにおいては、いっぱいベンチャーが出てきますが、ちょっと濃いテクノロジーといいますか、時間はかかっても大きなイノベーションを起こすようなものをやりたくて、ロボットですとか、人工衛星ですとか、IoTっぽいテクノロジーなどを数多くやっています」(鎌田氏)
鎌田氏は2014年より、東大生や卒業生などが自ら企画したSXSWに行くプロジェクト「Todai to Texas」を支援しており、今年も4年目のプロジェクトが進行中だという。旅費や出展料を出すことにより、いきなり世界デビューをさせるのが目的だ。
行く前の学生たちは、当然ながらオースティンにも行ったことがなく「英語でちゃんと説明できるか」など、不安なことだらけだという。しかし、実際に行ってみると大きく成長できるという。
「アメリカでは、新しいものはきちんと評価してくれるんです。ちゃんと『面白いね』や『何時発売になるの?』と行ってくれる。これがやる気につながり、若者たちにとっていい刺激になっていると思います」(鎌田氏)
鎌田氏のプロジェクトではこれまで述べ22チームがSXSWに行っている。中には、イベント経験をきっかけにスピード感を持って事業を立ち上げ、資金調達も実現したというベンチャーも登場している。
初年度となる2014年に行ったAgIC(エージック)というベンチャーがある。東大の川原圭博氏が2013年9月に発表した論文での技術をベースに、東大出身の清水信哉氏と杉本雅明氏がその3ヵ月後に会社を立ち上げた。そして、プロトタイプを開発するタイミングでSXSWに参加した。このとき同時にKickstarterも準備し、思惑は当たり8万ドルを集めた。また、その年の5月にはシリコンバレーで開催されたMaker Faireに出展し評判を集め、Amazonでの販売も開始している。
現在AgICでは教育分野でビジネスをするために学校教材のルートを持っており、内田洋行や山崎教育システムと組んで製品開発も行なっている。また、さらに産業用ではさまざまな素材に電子回路を埋め込む「フレキシブルエレクトロニクス」というテクノロジーも展開している。ここまで創業からわずか2年間のできごとだ。
「一歩を踏み出して、SXSWに行って勢いをつけてやった結果です。今、世界をリードできるポジションにいますが、半年ぐらい『どうしよう』と考えていたら、たぶんこの波に乗り遅れてしまったと思います」(鎌田氏)
鎌田氏がもうひとつ例に挙げたのが、高専ロボコンで優勝した、沖縄高専出身メンバーによるSKELETONICS(スケルトニクス)のチームだ。これも卒業後、東大に来ている学生がおり、2014年にSXSWに連れて行ったという。
作っているのは人体の動作拡大型のスーツだ。電力などの動力はなく、梃子(てこ)の原理のようなもので、人体動作を拡張する。これが現地でも大きな評判を呼んだ。ちょうど会場に来ていたテレビ局から、「夜の生番組に出てくれ」といわれ、いきなり米国でデビューを果たした。
「帰国後、アミューズメント用にハウステンボスに1台売れました。また、その年の紅白では、氷川きよしのバックダンスで踊っていました。また、年明けにはドバイの王様が欲しいというので、ホワイトカラーのドバイ・バージョンをつくりました。これもわずか2年。SXSWをきっかけに思っていなかったことが起きたんです」(鎌田氏)
日本初ベンチャーが世界へ羽ばたくためにSXSWへ
セッションの最後には、石井氏と鎌田氏による対談が行なわれた。(以下、やり取りは敬称略)
石井:広い観点から、お伺いしたいと思います。ベンチャー政策をやっていて、最近、日本に対してのお問い合わせが増えてきたような気がします。海外のメディアから、「日本のベンチャーはどうなっているの?」と聞かれたり、あるいは、先日、アメリカの有名VCに日本に来ていただくイベントをやったんですが、そのときにクライナー・パーキンスのようなシリコンバレーの一流VCが来てくれたり、あるいは500 Startupsのようなアクセラレーターが日本に来たり。目がこちらに向いてきています。人によっては、「物づくりで日本と組みたいんだよ」という話も出てきています。そのへんの状況については、どのようにご覧になっていらっしゃいますか?
鎌田:パソコンのソフトとかインターネットサービスはアメリカ勢が圧倒的に強かったというのが20年ぐらい続いたのですが、IoTになって、ロボットやハードウェアがからむのが増えてきて。「ここって、もともと日本が得意だったよね」という感じに世界中が思っていますね。
日本でも、そういうハードウェアの「ものづくり」のハードルが下がっています。ハードウェアベンチャーが出始めてきたことで、あらためて見直され、注目しはじめていると思うんです。実際、日本勢は強みがあると思っています。
ネットサービスやソフトのときは、人とお金が一気に集まるシリコンバレーの瞬発力はものすごい。そこのスピード感には日本を含めて世界中、勝てなかった。しかし、ものづくりとなると、ものをつくって量産しなければいけない。検査も必要だし、品質も重要です。そんなに簡単ではないんです。ある程度時間もかけざるを得ないので、もともと日本人が得意な時間軸に、引き戻せるというか、自分たちの得意なペースにできる。そういう意味で日本にもう1回チャンスが回ってきているように感じます。
ただ、ハードウェアだけだと、最初は付加価値で韓国・中国勢にも勝てたけれど、やはり負けたというのがあります。そこにプラットフォーム、サービスもくっつけていって、プラットフォームで、ソフトやネットを組み合わせることが、勝ちにいくところかなと思います。
石井:おっしゃるとおり、時間軸でちょっと優位に。それからモノが介在することでちょっと優位に立てます。ただ、1つ注意しなければいけないのは、どこで稼ぐかということですよね。モノだけだと稼げないので、おっしゃるように全体をとおして勝ち続けるような仕組みがつくれるといいですね。
鎌田:特にIoTの稼ぎ方って、けっこう難しいんです。センサーをいっぱいつけて、データを集めるところまではやったとしても、それを分析してアクションを起こして、売上をあげたり、既存事業を効率化するというのは、あまり破壊的ではない。それに加えて、データを使った新たなビジネスといいますか、むしろ既存の物売りを壊すぐらいのサービスに変えていくぐらいのことをやれば、大きな可能性があると思うんですけど、IoTの攻めどころといいますか、そこがやはり勝負かなと思います。
石井:そのときに、やはりチームの組み方も大事になるんじゃないですかね。僕らがいつも付き合っている中でも、すごい技術を持つ町工場があります。本当にミクロン単位で仕上げたり、「こういう加工はここでしかできない」というところがあるんだけれども、それだけだと稼ぎきれない。それをマーケティングする人とか、デザインをする人とかとつなげることが必要かなと思っています。ガジェットをつくる人たちと、ビジネスデザインをするところと、うまくつながるといいなと思うんです。
鎌田:デザインは重要ですよね。先ほど話したベンチャーも、デザインがいいと注目を浴びやすいと思います。また、ビジネスモデルや、企画などはエンジニアや研究者だけだと難しいんです。最初からいなくてもいいですが、ある程度でききて、資金調達ができて、まあまあの給料を払えるぐらいになったときに来てほしいというのがあります。
大企業である程度経験された人がベンチャーに来ると、すごくいいんですが、なかなかまだそこの流動性があまり高くない。課題は人の交流も含めた、大企業とのマッチングですね。
石井:今日のテーマであるSXSWですが。本当に若者がすごく楽しそうにしているし、僕も今日、(審査会の)ブースで見たところ、昔から知っているベンチャーの人が何人かいて、ポン、ポンとステップアップしていくんです。それを見るのは、すごく楽しいなと思います。SXSWでのAgICなどのお話が出ましたが、注目を集めるにはどうしたらいいか。それをきっかけに伸ばしていくにはどうすればいいか。こういったイベントをどのように使えばいいかというところを、アドバイスいただければと思います。
鎌田:SXSWは、そういう意味でうまく使うと非常に効果的だと思います。アメリカのメディアがかなり来ていますので、そこで取り上げられると世界に広げられるということがありますし。あとはクラウドファンディングを使えるようなものであれば、それに合わせてKickstarterを同時に、期間中の初日に合わせてやるのはかなり効果的です。そうすると来た人がすぐにスマホでUPしてくれたりします。
石井:そこはやはり戦略がいるんですか? 僕らとしては、うまくバズったのが、それで終わらずに再現できたら、その戦略を日本企業みんなが取っていけばいいなと思うんですが。
鎌田:作戦が必要だと思います。あとは「Todai to Texas」の例で言うと、固まっていっているというのがよくて。そこのコーナーに、日本から来ているIoTのスタートアップがみんな集まっていて、誰かが興味を持って来たときに、「こっちにも面白いのがあるよ」と言って引きずり込んで、お互い協力してプロモーションするみたいなこともできるんです。
なかなか単独でポンと点で行っても難しい。やはり今回の経済産業省のプロジェクトもそうですが、ある程度チームで行くというのがいい。それは日本人だけで固まるという意味ではなくて、お互いの強みを生かして、より大きな力でグローバルにつながるということができるといいと思います。
石井:今回のミッションも、「METIセレクション」という形で、国を代表するようなものとして、もっと戦略的に押し出していきたいと思っています。
今、日本にチャンスがある。それから鎌田さんが紹介してくださったように、大きな動きで海外に出ていく若者が増えていく。こういった形を生かしていければと思っております。
鎌田:日本企業全体が、今、イノベーションが必要とされていて、グローバルに出ていかなければいけないというタイミングです。ぜひ協力して、そこを開いていきたいと思います。よろしくお願いします。