話をTSXに戻そう。先の例はあくまでもファイル単位の話である。ファイルシステムにはすでに、トランザクション管理を行なう機構が備わっているからあまり問題ではない。メモリーに対してこうした管理を行なわせよう、というのがTSXである。
大量のスレッドがある共有メモリー領域を使い、お互いに作業をするというケースでは、ファイルシステム用のトランザクション機構は遅すぎて使いものにならない。OSでもこうしたトランザクション機構を用意しているが、ソフトウェア的に行なっている関係で、どうしてもオーバーヘッドが大きい。これをハードウェア的に行なうことで、オーバーヘッドをなるべく削減しようというのがTSX命令の趣旨である。
実のところTSX命令は、一般的なPCユーザーのメリットになる可能性は、ほぼ皆無である。AVX2にはビデオ編集やエンコード/デコードに適した命令も追加されているので、多少は一般のユーザーにもメリットがある。しかしTSX命令は、比較的大規模(8~16スレッド以上)で動作するプログラム同士のデータ書き込みや調停で初めて効果がでるものだ。現実問題としては、Xeon×2以上の構成で科学技術計算をするとか、そういったシーンが想定される。OS側も今のところ、TSX命令をサポートする予定はないようだ。いろいろと話題の命令ではあるが、あまり一般ユーザーには関係ない、と考えるべきだろう。
追加された拡張命令の最後のトピックは、セキュリティーと仮想化である。セキュリティーに関しては、AVX2命令の中に「CRC」「ARS」「RSA」「SHA」といった、各種暗号化方式に対応した拡張命令が追加されている。これらにより、従来よりもずっと高速に暗号化/復号化が可能になったとしている。
また仮想化に関しては、Nehalemで投入された「EPT」(Extended Page Table)という機構がある。これは通常のページテーブルを拡張して、仮想化OS上の仮想メモリーを一発で実マシン上の物理メモリーのアドレスに変換するための仕組みだ。HaswellではEPTが拡張されて、より効率良く変換できるようになった。また、「TLB」の数を大幅に増やしたことで、ページテーブルが足りなくなってオーバーヘッドが増える状況を改善したほか、新たに仮想化環境で便利な命令を、いくつか追加して高速化を図っている。
2回に渡ってHaswellのマイクロアーキテクチャーについて解説した。いろいろな機能が盛り込まれてはいるものの、あまり一般のPCユーザーには関係ない機能が多いのは事実だ。むしろ一般ユーザー向けには、強化されたグラフィックス機能やメディアエンジンの方が効果的であろうし、また一層の省電力化を図ったことで性能/消費電力比が改善したという方がメリットとして見えやすい、というのが実情だろう。

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