電力も原料も分散する。エネルギー転換で日本の産業はどう変わるか
電力・化学・燃料の変化から見る、この先10年の産業地図
世界各地で頻発する猛暑や洪水、日本各地の豪雨など、気候変動による影響が世界各地で相次いでいる昨今、温室効果ガスの排出削減に向け、各国では再生可能エネルギーの導入が進められている。欧州では2030年に向けて再エネ比率を大幅に引き上げる目標が掲げられ、中国でも太陽光や風力を中心に再エネ電源の導入が急速に進んでいる。日本も2030年度に電源構成の36〜38%、2040年度には4〜5割程度を再生可能エネルギーとする方針だ。
こうしたエネルギー転換は、石油やガスがそのまま再生可能エネルギーに置き換わるという単純な変化ではない。太陽光や風力が増えれば、電気をつくる場所は全国に分散する。蓄電池が増えれば、電気を貯める場所も増える。石油化学では、ナフサに加えて廃プラスチックやバイオマス、CO₂など複数の原料の扱いが模索されており、また水素や合成燃料が広がれば、エネルギーをつくり、貯め、運ぶ経路も増えていく。
エネルギーと資源の選択肢が増えるほど、産業システムは複雑になる。電源、蓄電池、送電網、工場、データセンター、再生原料、水素、CO₂を、どこで、どう組み合わせるか。産業の立地条件もこれまでとは変わっていくだろう。
この複雑さは、日本にとって不利に働くのか。それとも、異なる設備や原料をつなぎ、安全に、長く、安定して動かしてきた製造業やインフラ産業の強みを生かせる領域になるのか。本特集では、この先10年で変わるエネルギーと資源の流れから、日本の産業の可能性を考える。
電力の多様化:発電する場所が全国に広がる
これまでの日本の電力システムは、大型の火力、原子力、水力発電所で大量の電気をつくり、送電網を通じて都市や工場へ送る集中型電源が中心だった。再生可能エネルギーの導入が進むと、この構造に分散型電源が加わっていく。
太陽光発電は、住宅や工場の屋根、遊休地などにも設置できる。風力発電は、風況のよい北海道や東北、洋上などが有力な候補地になる。経済産業省によれば、2040年度の電源構成では、太陽光23~29%、風力4~8%、水力8~10%、地熱1~2%程度。再エネ全体では4~5割程度まで高める計画だ(経済産業省「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」)。
また、再生可能エネルギーといっても、その性質はさまざまだ。太陽光や風力は天候や時間帯によって発電量が変わる一方、水力や地熱は比較的安定して発電できる。地熱では近年、クローズドループ型やEGSなど、従来より利用可能な地域を広げる次世代技術の開発も進んでいる(国際環境経済研究所「次世代地熱発電技術への取り組み」)。
再エネの導入が進むということは、性質の異なる電源が全国各地につくられていくことでもある。では、各地で異なるタイミングに発電される電気を、どうやって一つの電力システムとして安定して動かすのか。電源が多様になるほど、次に重要になるのが「コントロール」だ。
多様化する電力のコントロール
太陽光や風力は天候によって発電量が変わり、電気を使う量も時間や場所によって変化する。発電した電気と使う電気は常にほぼ一致させる必要があるため、「いつ、どこで、どれだけ発電し、使っているのか」を細かく把握し、全体をコントロールする仕組みが必要になる。
その仕組みが、電力網に通信やデジタル制御を組み合わせた「スマートグリッド」だ。家庭や工場の電力使用量を把握するスマートメーター、太陽光や蓄電池など各地の設備をまとめて制御するVPP(バーチャルパワープラント)、需要に応じて電力使用量を調整するデマンドレスポンス、配電網の混雑や電圧を監視して分散電源を制御するDERMS(分散型エネルギーリソース管理システム)などを連携させ、電力の需給を細かく調整する。
こうした分野には、送配電事業者だけでなく、電機メーカーやシステム事業者も参入している。例えば東京電力パワーグリッド株式会社は次世代スマートメーターを活用したエネルギーマネジメントを進め、株式会社東芝や三菱電機株式会社はVPPなど分散型電源を制御するシステムを展開している。
再エネの比率が高まれば、制御システムだけでなく、余った電気をため、必要な時間帯に放電する大型蓄電池の役割も大きくなる。分散した電源を安定して使うには、発電設備を増やすだけでなく、「いつ使うか」を調整する設備も欠かせない。大型蓄電池が電力システムの中でどのような役割を担うのかについては、本連載の第2回「発電量より、時間と場所をどう合わせるか。系統用蓄電池が変える産業インフラ」で整理する。
排出を減らすだけでなく、CO₂を回収する
電源の脱炭素化や省エネが進んでも、CO₂排出を完全になくすことが難しい産業は残る。セメントや鉄鋼、化学などでは、燃料の使用だけでなく、製造工程そのものからCO₂が発生するためだ。
そこで重要になるのが、排出されたCO₂を分離・回収し、貯留したり、原料として再利用したりする技術である。すでに三菱重工業株式会社や川崎重工業株式会社などの大手企業がCO₂回収設備の開発・実装を進める一方、回収効率やコストを左右する吸着材や分離膜などでは、スタートアップによる新しい技術開発も進んでいる。
CO₂回収がどこまで実用化し、どのような技術や事業がその周辺に生まれているのかについては、第3回で整理する。
石油化学も原料の入口が増える
電力だけでなく、化学産業でも原料の多様化が始まっている。これまで石油化学は、原油からつくられるナフサを分解し、エチレンやプロピレンなどの基礎化学品をつくり、そこからプラスチックや各種化学製品を製造する流れが中心だった。
今後は、この入口が増える。廃プラスチックを再び化学原料に戻すケミカルリサイクルや、バイオマス由来原料などへの転換だ。経済産業省も化学産業のカーボンニュートラルに向けて、化石資源以外の原料への転換を重要な課題に位置づけている。
大手化学各社は、すでに具体的な開発や設備投資を進めている。住友化学株式会社は、バイオマスから製造できるエタノールを原料としてプロピレンを直接つくる独自プロセスを開発し、2030年代前半の事業化を目指す。三菱ケミカル株式会社はENEOS株式会社と、使用済みプラスチックを油化し、再び化学原料として利用するケミカルリサイクル設備を整備している。
地域単位での動きも始まっている。西日本では、旭化成株式会社、三井化学株式会社、三菱ケミカルの3社が、エチレン製造設備について、バイオマス原料の活用や原燃料転換を含むグリーン化を共同で進める。東日本の京葉臨海コンビナートでも、住友化学、丸善石油化学株式会社、三井化学が、バイオマスの活用やケミカルリサイクル、マテリアルリサイクルのプロセス開発・実装を共同で検討している。
これからの石油化学では、石油由来のナフサだけでなく、廃プラスチックやバイオマス、廃油など、性質の異なる原料を扱う機会が増える。原料ごとに品質や組成、供給量、価格が異なるため、どの原料をどの設備で、どの程度使うかという判断も複雑になる。
重要になるのが、既存のクラッカー(分解炉)や製造設備をどう生かすかだ。性質の異なる原料を受け入れながら、安定した品質の製品をつくれるか。原料転換と既存設備の使い方については、第4回で整理する。
電化しても、燃料は残る
電力の利用が広がっても、すべてのエネルギー需要を電気に置き換えられるわけではない。航空機や船舶、長距離輸送、高温の熱を必要とする産業などでは、エネルギー密度が高く、貯蔵や輸送がしやすい燃料が引き続き必要になる。
そこで開発が進んでいるのが、SAF(持続可能な航空燃料)やバイオ燃料、水素、アンモニア、合成燃料などだ。従来は原油を精製してガソリンや軽油、ジェット燃料などをつくってきたが、今後はバイオマスや廃油、再エネ由来の水素、回収したCO₂など、燃料の原料そのものが多様になる。
石油会社が既存の製造・供給インフラを活用する一方で、地域の再エネを使って水素をつくり、近隣の工場で利用する取り組みも進んでいる。さらに、既存の都市ガス導管を活用できるe-メタンなど、新しい燃料の供給方法も生まれている。こうした燃料と供給網の多様化が産業にどのような変化をもたらすのか、第5回で詳しく見ていく。
エネルギーが分散すると、工場の場所も変わる
電源や原料が分散すれば、産業の立地条件も変わる可能性がある。これまで日本の製油所や石油化学コンビナート、製鉄所などが臨海部に集まってきた背景には、原油やLNG、鉱石などを海外から大量に運び込む必要があった。
これからは、電力や資源のある場所に需要側を近づけるという発想も重要になる。すでにデータセンターでは、地域の電力価格や再エネの調達しやすさが立地を左右する要素になりつつある。将来は、再エネ由来の電力、水素、バイオマス、回収したCO₂などを使う工場でも、必要なエネルギーや原料へのアクセスが立地条件の一つになるだろう。
そうなれば、北海道や東北の風力、九州の太陽光や地熱、森林地域のバイオマス、工業地帯で発生するCO₂など、それぞれの地域が持つ資源の意味も変わる。従来の大都市圏や臨海工業地帯とは異なる場所に、新しい産業集積が生まれる可能性もある。
この先10年で起きるのは、石油から再エネへの単純な置き換えではない。電源が分散し、化学原料や燃料の選択肢が増え、それらをつなぐ仕組みも複雑になる。どこでエネルギーをつくり、何を原料にし、どこに工場を置くのか。エネルギー転換は、日本の産業地図そのものを描き替える可能性を持っている。
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