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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第107回

【JSTnews7月号掲載】特集1

18桁の精度で「秒」を刻む! 最先端の時間計測技術「光格子時計」とは

2026年07月15日 12時00分更新

文● 荒舩良孝 写真● 島本絵梨佳

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 時間の基本単位である「秒」は、もともと地球の自転の長さを基に決められていた。現在、「秒」はセシウム原子の振動を基準として精密に定義されている。正確な時刻・周波数を生成する原子時計は、高速・大容量通信や人工衛星による測位など、現代社会を支える基幹技術となっている。東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊教授は、セシウム原子時計より1000倍も高い精度で時間を計測できる「光格子時計」を開発。光格子時計のネットワークを構築して社会実装することで、新たな社会インフラの確立を目指している。

精密な時刻計測は社会の基盤
測位・通信を支える時計へ

 社会生活の中で私たちは常に時間を意識して暮らしている。交通機関の利用、授業や会議への出席、友人との約束、病院の予約など、何かをするために時間は欠かせない。

 歴史をさかのぼると、1秒は1日の長さの8万6400分の1という定義から始まっている。その基準となる1日の長さの根拠には地球の自転周期や公転周期が使われた。しかし、科学が進歩するにつれて1日の長さには誤差やずれがあることがわかった。そこで、より高い精度で1秒を定義するため、1967年にセシウム原子を利用した新たな「秒」の定義が採用された。

 セシウム原子時計は、大変安定した状態にあるセシウム原子のエネルギー状態をわずかに高める時に必要なマイクロ波の周波数(振動数)を基準にして1秒を定めている。セシウム原子時計は、小数点以下15桁まで正確に測定できる精度があり、3000万年に1秒の誤差しか生じない。

 これに対し、東京大学の香取秀俊教授は、セシウム原子時計よりさらに高い精度で時間を計測する「光格子時計」を開発した。精度は小数点以下18桁。300億年に1秒しかずれない計算だ。

 それにしても、なぜこんなに高い精度で時間を計測する必要があるのだろうか。

 実は、高精度で時間を計測する技術は、高速・大容量通信や人工衛星による測位など現代社会を支えるインフラの基盤となっている。「歴史を振り返ると、精密な時計を持つことは、航海、測位、通信などの基盤技術を左右してきました」と香取さんは説明する。例えば、セシウム原子時計が刻む精密な時間を利用するGNSS(Global Navigation Satellite System:全球測位衛星システム)は、人々の生活やビジネス、社会インフラのあり方を大きく変えた。

 香取さんは、最先端の時間計測技術をいち早く実用化して学術・産業分野に導入すべく、独自に開発した光格子時計の小型・軽量化、安定動作を実現する技術研究を推進。光格子時計をネットワーク展開して社会実装することで、次世代の超高精度な時空間情報の共通プラットフォームを構築することを目指している。

逆転の発想で新原理を考案
計測時間を100万分の1に

 香取さんが光格子時計の原理を発表したのは2001年のことだ。当時、セシウム原子時計に代わる次世代原子時計の最有力候補は、絶対零度近くまで冷やしたイオン1つを電極の間に捕獲し、100万回の計測を繰り返して18桁の精度で振動数を測定する「単一イオン光時計」と考えられていた。

 だが、当時の単一イオン光時計は、実現したとしても18桁の精度に到達するために10日もかかると考えられていた。香取さんは、「1つのイオンを10日間(100万秒)観測して平均を取る代わりに、100万個の原子を1秒観測して平均を取ることで18桁の精度を出せないかと考えました」と当時を振り返る。「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光で作った微小な入れ物に相当する「光格子」に、電気的に中性の原子を1つずつ閉じ込め、原子の振動数を精密に測定する光格子時計の仕組みを考案した。原子には、絶対零度近くまで冷却したストロンチウムを用いた。

 2001年の国際会議で香取さんがこの考えを発表した当時は“Young man's game”(若手の勢いによる未成熟なアイデア)とも見られ、実現性を疑問視する声も少なくなかった。しかし、2003年に基礎実験に成功し、光格子時計の実現可能性を示した。この時の光格子時計の精度は15桁ほどだったが、その後、10年以上の時間をかけて技術を磨くことで、目標とする18桁の精度を実現した。

 18桁の精度の時計を実現した香取さんが最初にしたことは、アインシュタインの一般相対性理論を応用した標高差の計測だった。一般相対性理論では、重力場を物質の周りに生じた時・空間のひずみとして表現し、重力の強いところでは時間はゆっくり流れる。地球上でも、標高が低くなると重力が強くなり、標高が高い場所と比べて時間の進みが遅くなるが、その差はとても小さく、従来の時計では標高の違いによる時間の進み方の違いはわからない。「18桁の精度になると、わずか1cmの標高の差を、原子の振動数の変化として検出できます」と香取さんは説明する。

 そのことを実証するために、2016年に東京都文京区にある東京大学の研究室と埼玉県和光市にある理化学研究所の研究室に設置した光格子時計を光ファイバーでつなぎ、振動数の変化を測定。直線距離で約15km離れている2地点の標高差が約15mであるという結果を得た。この値は、国土地理院による水準測量と5cmの誤差で一致し、香取さんが開発した光格子時計による時間計測の精度の高さを示した(図1)。

図1 東京大学に1台、理化学研究所に2台、低温動作ストロンチウム光格子時計を設置し、直線距離で約15km離れた東京大学と理化学研究所の間を約30kmの光ファイバーで接続して振動数の変化を計測。15mほどの高低差をしっかりと捉えた。

企業と連携し可搬型装置開発
東京スカイツリーで実証実験

 小数点以下18桁の精度で時間を計測できる光格子時計にも弱点があった。初期の装置は約50㎡の実験室がいっぱいになるほどの規模で持ち運ぶことができなかったのだ。光格子時計を小型化できれば、高精度な時間計測技術の広範な応用を可能にし、科学技術の進展だけでなく社会インフラや新たな技術革新にも大きな影響を与えられる。

 そこで、香取さんたちは2015年から装置の小型化に取り組んだ。光格子時計は、ストロンチウム原子を入れた真空槽、レーザー装置、分光器など複数の装置で構成される。真空槽やレーザー装置の小型化は香取さんの研究室で対応できたが、レーザーを制御する電気回路の小型化には島津製作所に協力を仰いだ。

 島津製作所の技術者は、香取さんの図面に基づいて、さまざまな役割のレーザーを精密に制御する回路を組んで100枚以上の基板を試作。2020年には、18桁の精度を保ちつつ、容積を920Lと従来の20分の1ほどに小型化した可搬型の光格子時計が完成した。

 香取さんらがこの可搬型光格子時計の実証の場として選んだのが、東京スカイツリーだ。地上階と展望台にそれぞれ可搬型光格子時計を設置し、時間を計測したところ、地上階から高さ450mほどの展望台に設置した時計の方が1日あたり10億分の4秒早く進んでいた。この結果は、一般相対性理論から導かれる予測値とよく一致した。2台の時計の進み方の差から計算した地上階から展望台までの高さは約452.6mで、GNSSや国土地理院の測量結果とほぼ一致した(図2)。

 この研究で得られた検証精度は、従来、地上と高度約1万kmの衛星を用いた実験に迫るものだという。「光格子時計をどこにでも持ち運んで設置できるようにすることで、GNSSや水準測量による測定に匹敵するようになります」と香取さんは語る。

 その後も香取さんらはさらなる小型化に取り組み、2024年11月には容積が250Lの新たな光格子時計を発表した。この光格子時計では、それまで4つあった装置を、真空槽を含む物理パッケージ、光共振器、レーザー/制御システムの3つに減らし、電子機器を収めるための標準規格のラックである19インチラック2個にまとめられるようにした。2025年には島津製作所が小型光格子時計の受注を開始し、社会実装に向けて大きな一歩を踏み出した(図3)。

図2 光格子時計を使えば、一般相対性理論から導かれる時間の進み方の違いを地表で確認できる。東京スカイツリーの実験では地上階と展望台の時計で21.18Hzの振動数の差が観測された。これは約450mの標高差に相当し、GNSSによる測量結果と一致する。
©2020 香取秀俊 東京大学教授

図3 島津製作所が発売したストロンチウム光格子時計「Aetherclock(イーサクロック) OC020」。装置を小型化しただけでなく、正しく計測できる状態に自動で調整する機能を搭載することで、より扱いやすくした。

国際比較で精度を検証
「秒の再定義」へ前進

 現在でも、1秒の定義は1967年に制定されたセシウム原子時計によるもののままだが、国際度量衡委員会の時間・周波数諮問委員会では2010年代後半から、より精度の高い原子時計についての議論が進められている。2030年の国際度量衡総会では「秒の再定義」が予定されており、2026年秋にはその最終候補が発表される見込みだ。香取さんが開発したストロンチウムの光格子時計も、単一イオン光時計や他の種類の原子を使った光格子時計とともに、新たな秒の定義に用いられる原子遷移の有力候補に挙げられている。

 香取さんらは、秒の再定義に向けた議論を加速させるために、イギリス、ドイツ、フランスの研究グループとの国際共同研究にも取り組んでいる。2023年に可搬型光格子時計をイギリスとドイツに運び、現地の光格子時計と比較する実験をしたところ、小数点以下17桁までは一致したが、18桁目は一致しなかった。「1cmの高さで数値が変わる18桁の精度の時計では、時計を設置した場所の重力ポテンシャル差を正確に求めなければ正しい評価はできません。可搬型を開発したことで、世界中の時計の整合性を評価できる基盤ができました。これは、今後の議論を進める上で、とても重要になります」と香取さんは実験の意義を説明する。

相対論的センシングも可能に
日本発の技術が世界を変える

 香取さんらは、光格子時計の応用先を広げる研究にも取り組んでいる。具体的には、国立天文台水沢VLBI観測所のグループとの共同研究を始めている。VLBIとは、超長基線電波干渉法(Very Long Baseline Interferometry)の略称で、遠く離れた複数の電波望遠鏡で同時に1つの天体を観測する手法だ。それぞれの電波望遠鏡で観測したデータを組み合わせることで、1つの巨大な電波望遠鏡で観測したような解像度の高い天体データを得られる。

 VLBIでは現在、それぞれの電波望遠鏡が同じ時刻で観測したことを示すために主に水素メーザー原子時計が使われているが、いずれはより高精度の光格子時計に置き換えられる可能性が高い。その際に光格子時計をスムーズに導入できるように、研究設備にどのような変更を加えればよいのかを検討している。

 その過程で見えてきたのが、緯度による潮汐力(ちょうせきりょく)の影響だ。私たちは、地球の形が変化していることを意識することは少ないが、実は、太陽や月の重力の影響を受けて、微妙に形がゆがむ。潮汐力による地形の変化は緯度によって異なるため、埼玉県和光市と水沢VLBI観測所のある岩手県奥州市を比較すると、5cmほど標高差が変化することもある。現在、潮汐に伴う重力ポテンシャル差の時間的な変化を調べることで、さまざまな場所にある18桁の精度の時計の時間を合わせる手順がわかりつつある。

 光格子時計の小型化が進めば、時間の遅れから標高差を計測する「相対論的センシング」の活用も広がっていくと期待される。地球上の位置や海面からの高さが正確に決められた基準点に設置したり人工衛星に搭載したりすることで、プレート運動や火山活動による地殻の上下変動の監視や、数時間から数年かけて起こる地殻変動の観測などで数cm精度での計測が可能となり、社会基盤としてさまざまな用途で貢献することが見込まれる(図4)。

 さらには、さまざまな場所に設置した光格子時計をリンクさせることにより、超高精度クラウド・クロック環境が実現し、高速・大容量通信や位置情報サービスの高度化が加速するはずだ。「米国生まれのGPSが世界を大きく変えたように、日本から生まれたタイムインフラを世界に広げていきたいです」と香取さんの夢は広がる。日本発の新たな時間計測技術が、次世代の社会インフラを支える日も近づいている。

図4 光格子時計をさまざまな場所に設置し、光ファイバーで結んだ観測網を構築することで、火山、地震、潮汐などによる微細な地殻の変化を詳細に観測できる。高度な時計技術は、将来、新たなビジネスを生み出す牽(けん)引役になると期待されている。
©2018 香取秀俊 東京大学教授

まだ誰もやっておらず、答えの出ていないものに取り組むことが、研究の面白さであり、醍醐(だいご)味だと思っています。やってみて、手応えがなければ別の道を探せば良いのです。大きく花開く研究は、実際にいいタイミングでいい成果が芽吹きます。そうすると、次の面白いターゲットが見つかるという好循環につながり、自分のオリジナルへと成長していくでしょう。

「卵パック」に原子を収める? 光格子時計の仕組み

 香取さんが開発した光格子時計の計測ではまず、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長の複数本のレーザー光を干渉させて作った微小空間「光格子」のそれぞれに、一度気化して絶対零度近くまで冷却したストロンチウム原子を1つずつ閉じ込めて、原子同士の相互作用が起こらないようにする。周囲よりもエネルギーが低い部分が整然と並ぶ光格子は、卵パックに例えられることが多い()。次に、これらの原子にレーザー光を当て、光を吸収する「原子の振り子」の振動数を精密に測定。ストロンチウム原子のエネルギー状態が遷移する光の振動数を測定することで時間を計測する。光格子全体には多数の原子を閉じ込められるので、それらの「原子の振り子」の振動数を一度に測定して平均を取ることで、計測を短時間で終えられるのが特徴だ。

 一般に、原子にレーザー光を当てると、その光の強度に従って原子のエネルギー状態が変化する。光格子は、空間的に原子のエネルギー状態を変化させるので、原子時計には不向きと考えられていた。だが、魔法波長のレーザー光では、エネルギーが最低の状態と高い状態が全く同じようにシフトするので原子固有のエネルギー遷移周波数を測定できる。

図 光格子の模式図。複数本のレーザーの干渉でエネルギーの低い部分である「光格子」を高密度に作って卵のパックのような入れ物を用意し、この入れ物の中に原子を1つ
©2018 香取秀俊 東京大学教授

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