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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第100回

【JSTnews6月号掲載】特集2

必要な支援決定がすぐ行え、子ども支援につながるスクリーニングシステム

2026年06月09日 12時00分更新

文● 肥後紀子 写真● 大林博之

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 虐待やいじめ、貧困など、潜在的に問題を抱えているにもかかわらず、周囲に気付かれていないために必要な支援の手が差し伸べられていない子どもは、全体の約30パーセントにも上るといわれている。大阪公立大学イノベーションアカデミー共創研究院の山野則子特任教授を代表者とする研究プロジェクトでは、小中学校に通う全ての子どもを対象としたスクリーニングで、子どもが抱える問題を可視化し、学校、家庭、地域が一体となった適切な支援へとスムーズにつなげる「YOSS(ヨース)クラウドシステム」を開発。社会実装に取り組んでいる。

厳しさを増す子どもの環境
SSW制度の効果は限定的

 貧困や虐待など子どもを取り巻く環境は厳しさを増しており、何らかの問題を抱えている子どもは少なくない。子どもの問題を解決する機関には、都道府県が設置する児童相談所や市町村の「こども家庭支援センター」などがあるが、それらで全ての子どもを救えるわけではない。

 大阪公立大学イノベーションアカデミー共創研究院の山野則子特任教授は、「児童相談所や市町村の相談機関が対応しているのは、子ども全体の8~10パーセントです。そこから外れているものの、潜在的に問題を抱えている子どもは、全体の約30パーセントもいます」と現状を語る(図1)。この30パーセントに含まれる子どもたちについて、山野さんとともに研究を進める橋本麿和特任講師は、「同級生や教師、家族、地域の大人とのつながりから外れ、他者との接触があってもソーシャル・サポートが乏しく、困った時に助けを求めにくい状態に置かれているのです」と続ける。こうした状態が続けば、抱えている問題はいずれ顕在化する可能性が高いという。

 子ども家庭福祉を専門とする山野さんはこれまで、スクールソーシャルワーカー(SSW)の学校現場への導入を目指す研究活動を進めてきた。SSWとは、教育分野に関する知識に加えて、社会福祉などの専門的な知識や技術を持ち、児童生徒本人だけでなく、保護者や教員、関係機関と連携して、問題を抱える児童生徒の課題解決を図るコーディネーター的な存在だ。

 いくつかの自治体の先駆的な取り組みや、SSW導入効果を学問的に評価した山野さんらの研究を受けて、2008年には文部科学省が「スクールソーシャルワーカー活用事業」を全国的に展開。2017年には制度として学校教育法施行規則にも位置付けた。

 しかし、SSWは常勤が少なく、業務に関われる時間が限られており、全ての子どもに目を配り、教員と情報共有することは難しい。約50パーセントの自治体ではSSWの来校は2カ月に1回程度だという。

図1 問題が顕在化しているゾーンの子どもには児童相談所やこども家庭支援センターが対応しているが、潜在的に問題を抱えている全体の約30パーセントの子どもは支援が必要にもかかわらず放置されている。

多角的な入力情報基に識別
AI用いて支援の方向性提示

 こうした状況を改善すべく山野さんが開発したのが、「YOSS(Youngsters' Obstacles  Screening System ヤングスターズ オブスタクルズ スクリーニング システム)クラウドシステム」と名付けた小中学生向けのスクリーニングシステムだ。スクリーニングとは、全ての子どもの中から支援が必要だと考えられる子どもをピックアップし、適切な指導や対応に振り分けることである。スクリーニングを習慣的に実施することで、虐待、いじめ、貧困の問題など表面化しにくい問題を早期発見・早期対応して、重大事案の発生を未然に防ぐことが可能となる。

 これまでは、スクリーニングを実施しても教員によって基準がばらばらであるため、支援が必要かどうかの判断が異なることがあった。全ての子どもを同一の基準で確認していないと、支援が必要な子どもを見落としてしまうこともある。

 YOSSクラウドシステムでは、全ての子どもを対象として、遅刻や欠席、忘れ物、諸費支払状況や健診結果など、問題につながる可能性のある項目を教員や養護教諭など複数の関係者が多角的な視点から入力。そのデータに基づいて点数化し、潜在的に支援を必要とする子どもを識別・可視化する。学校内のチーム会議で議論して、教職員の関与を増やすことや、子ども食堂などの地域資源の活用、児童相談所など専門機関の活用といった、支援の方向性を決めて実行するサイクルを年3回程度繰り返していくことで、子どもの状況を改善していく(図2)。システムに入力する項目は、山野さんの児童福祉分野における研究と教員への聞き取りなどから決定した(図3)。

 山野さんらは当初、表計算ソフトを使ってシステムを開発してオフラインで運用していたが、使いやすくするためにクラウドに移行。さらに、どれだけ点数が高くても教員がピックアップしない傾向が強く、AI技術を用いて支援の必要性とその方向性を提示するようにして、2022年12月にオンラインで提供を開始した。AI機能は大阪公立大学工学部の中島智晴教授と共同開発。生徒の個人情報を扱うため、セキュリティー面での安全性には特に配慮したという。こうした取り組みについて、現場で実践がうまく進むようにサポートするコーディネーターの神谷直子さんは、現場の負担を抑えながら継続的に運用できる点が、学校での実装において大きな意味を持つとしている。システムの導入だけではなく、学校現場での実践をサポートする担当者がいる体制で取り組むことが、効果的かつ継続的な支援につながるポイントだ。

図2 スクリーニングの流れ。スクリーニング会議では入力結果を教員全員で確認して校内チーム会議に上げるかどうか議論し、校内チーム会議では担任教員やスクールソーシャルワーカーなど多職種で話し合って支援の方向性を具体的に決定する。

図3 スクリーニングシートの例。支援の現状、児童生徒の状態、支援の方向性などの項目を用意し、担任教員、養護教諭、事務職員、管理職などがルールに従って入力。入力内容を点数化する。

経験や勘頼りから数値化へ
違和感を共有し導入効果も

 従来、子どもの違和感に気付き、問題を見つけ出すのは、それぞれの教員の経験や勘に頼る部分が多かったと山野さんは指摘する。遅刻が多い、髪が汚れている、給食費を滞納しているなど、子どもの言動に多少の違和感があっても、各人が見ている範囲内では問題とまではいえない場合もあったという。しかし、YOSSクラウドシステムによって学校関係者全員で問題を共有し、数値化することで違和感を可視化できる。

 可視化されれば、これまで担任教員が1人で抱え込みがちだった子どもの問題を学校全体で認識できるようになり、教員の負担が軽減すると同時に、チームとして支援の方法を考えられるようになる。AIが具体的な支援の方向性を提示することで、問題が放置されることも減少する。「これまでは5.9パーセントだった支援決定が約60パーセントまで上がったというデータもあります」と山野さんはYOSSクラウドシステム導入の効果を語る。

 顕著な効果があったケースとして、ドキュメンタリー映画『取り残された人々:生きるのが辛い子どもたち』(コラム参照)でも取り上げられている愛知県豊田市立高橋中学校がある。導入前に比べて保健室を訪れる子どもが激減し、不登校が好転、就学援助の受給率が上昇するなどした。YOSSクラウドシステムの支援方針の1つに「声かけ」があり、教員が声をかけてくれることで保健室に行かなくても子どもが満たされるようになったのが理由だという。ほかにも、YOSSクラウドシステムによるスクリーニングを実施することで、不登校生徒数と保健室来室者数が減った中学校もある(図4)。

図4 2024年度にYOSSを導入したある中学校における、月別の不登校生徒数と、保健室来室者数の年度別変化。

全国の導入校比率1%未満
ツール連携や「場」作りに力

 一方で、全国レベルではYOSSクラウドシステムはまだまだ知られていないという。全国の小中学校約3万校のうち、現在の導入校数はのべ230校程度で、全体の1パーセントに満たない。YOSSクラウドシステムがより多くの学校に導入されるように山野さんは取り組みを進めている。

 その1つが、すでに学校に導入されているツールとの連携だ。現在、校務支援システムを提供するEDUCOM(愛知県、東京都)と連携して、スクリーニングシステムをより使いやすくすることを検討している。「校務支援システムには出席管理や保健室のデータが入力されているので、システムを連携すれば入力の手間が省けて教員の負担を軽減できます」。

 2024年12月には産官学の共創コンソーシアム「こども未来創造プラットフォーム」を立ち上げた。「場」を作ることで、子どもが抱える問題に取り組む持続的な環境を整え、企業と研究者、自治体が連携しやすくすることが狙いだ。

 スクリーニングシステムの機能強化も続けている。例えば、カメラで捉えた子どもの視線や、筆圧や書き方の変化といった筆記時のデータをAIで分析し、教員が日常の観察では把握しづらい子どもの主観的な項目をYOSSクラウドシステムに取り込んで活用する実験もしている。

 山野さんは、家族や学校だけで子どもを見守る社会を変えたいと願っている。「みんなで見守るのが理想です。子どもを見守る目を増やすことで、早めに支援の手を差し伸べられます。家族や学校の単位ではなくて、地域にまで広がった大きな風呂敷で、子どもを中心にみんなで助け合える社会を作りたいです」と目を輝かせる。YOSSクラウドシステムは、山野さんが理想とする社会に一歩ずつ近づくことに今後も役立っていくだろう。

1人のスクールソーシャルワーカーは1日5人程度しか面談できません。でも、研究者として方針を出せば国を動かして、より多くの子どもを救えるかもしれません。1人でできなくても、自分が担うところを決めて、研究者同士がコラボレーションして進む方法もあります。夢があるなら、諦めないで続けてください。

子どもたちが直面する問題を追うドキュメンタリー
『取り残された人々:生きるのが辛い子どもたち』

 YOSSの導入がきっかけで生徒も学校も大きく変わったという愛知県豊田市の高橋中学校の事例は、ドキュメンタリー映画『取り残された人々:生きるのが辛い子どもたち』(2027年1月公開予定)でも取り上げられている。同映画では、オーストラリア出身のライオーン・マカヴォイ監督が日本の若者の自殺や若者が直面するさまざまな社会問題に迫っている。同監督はこれまでに、日本におけるシングルマザーの苦境や子どもの貧困問題を取り上げたドキュメンタリーを製作し、世界各国の映画祭で注目を集めた。上映情報など詳細は公式サイト(https://onesleftbehind.com)を参照。

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