実績を作りたいスタートアップが顧客にNoを言う難しさ。ディープテックの壁と苦悩
実績を作りたいスタートアップが顧客にNoを言う難しさ
創業から4年が経った現在、「YaneCube」が日本郵便に導入されるなど着実に実績を築きながらも、その道は簡単なものではなかったという。創業初期はEV充電器の開発から始まり、スタッフが10名に満たない状況で事業化を進めてきた。幸いにも大企業との取引にこぎつけたものの、いざ頼ってもらえるようになると、事業の主領域とは異なる電力の分析や計測のオーダーが増えた。
売上は立つが開発したEV充電器は購入してもらえないまま、気づけば顧客の要望に応えるために、本来は技術開発に専念すべきメンバーまでもが顧客対応も含めて現場への対応に注力する日々を過ごしていたという。
大企業との取引を始めて半年が経ったころ、顧客との商談中に「もしかして製品は購入されないのでは」と吉岡氏は思い当たった。思い起こせば、ニーズの食い違いでおかしいと思う点はあったが、調達も含めた経営戦略上の実績づくりをしたい一心で顧客の要望に「No」と言えなかったという。このままではまずいとチームが感じた瞬間だった。
「お客さんとの接点や売上は当然欲しいものですが、ディープテックスタートアップとしてやる以上、リソース配分が死活問題となる中で、まずはプロダクトの開発に専念すべきだったと思います。結果的にその時の経験がYaneCubeの開発などにもつながっているので、まったくの無駄だったとは思いませんが、断る勇気が持てずに時間だけを過ごしてしまった期間を反省しました」(吉岡氏)
頭を悩ませた「実証実験と新規開発とのバランス見極め」
ここまでYanekaraは、多くの実証実験も経験してきている。その中で頭を悩ませたのが、新規開発とのバランスだ。
スタートアップの事業開発で用いられるようになってきた実証実験は、大企業や国、自治体でも年々盛んになってきている。実証実験で大企業や行政との取り組みを実現し、ニュースの発信を積極的にやっているスタートアップと聞くと、いわゆる”調子が良さそうな企業”に外からは見える。
Yanekaraも投資家などのステークホルダーと相談しながら、実証実験のプロジェクトを推進し、受注を生み出し、顧客の声を拾うことを2~3年続けた。その結果、直面したのはプロジェクトと開発の時差ずれによるリソース分散だ。
実証実験は、ひとつのプロジェクトにつき半年から1年間で実施することが多い。その間、スタートアップであれば新たな開発やアップデートを進めているため、半年もあれば新しいバージョンができあがりはじめてしまっている。
しかし、大企業や自治体からの受注では、要件や仕様の途中変更は容易ではなく、新バージョンを導入するにしても不具合が出るリスクも否めない。
結果として、古いバージョンで実証実験をするしかない状況になり、新バージョンの開発と平行して、安定稼働させるためのフィールドエンジニアリングの工数がかかる状況が発生してしまうことになる。
顧客の獲得や認知度の向上、フィードバックなど実証実験によるメリットは多いものの、実施タイミングの難しさや実証実験自体を進めていくコストは無視できない。
これらのエピソードに対して吉岡氏は「本来のゴールを貫き、何が必要なのかを見極めることが重要だった」と話す。現在、Yanekara社内では開発資金を得るために顧客獲得に走ることを防ぐため、顧客獲得の資金は開発資金に充てず、補助金やVCなどによる資金調達のみで実施するルールを定めた。また、開発段階の技術は販売しないことも決めたという。
このような難関を経験してきた中で、苦しい状況でさえもその現場に行くことでのやりがいや、チームでなんとかするという雰囲気がYanekaraの会社を支えてきたと吉岡氏は語る。