現場エンジニアとの密な連携や情報共有を通じて知財を強化、ロボティクスで食産業の自動化に挑む
【「第5回IP BASE AWARD」スタートアップ部門奨励賞】コネクテッドロボティクス株式会社 代表取締役 沢登 哲也氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
第5回「IP BASE AWARD」スタートアップ部門奨励賞を受賞したコネクテッドロボティクス株式会社は、食産業向けロボットサービスを研究開発するスタートアップだ。食品工場向けの盛付ロボット「Delibot(デリボット)」などを開発し、実際の店舗や工場に導入されている。2022年から社内に知財部門を設置し、競合他社の製品開発を先読みした知財ポートフォリオの補強など、競争優位性の構築などに知財を活用。また、ライセンシングなども視野に入れ、企業価値向上のための知財化を推進している点が受賞の決め手となった。同社が知財に取り組むようになった経緯とその効果について、代表取締役の沢登哲也氏と法務・知財統括の横山悠人氏にお話を伺った。
ロボティクスで食産業の自動化・省力化に挑む
コネクテッドロボティクス株式会社は、飲食店や食品工場の自動化・省力化を目指し、食産業向けロボットシステムを開発する会社だ。製造業全体では工場の自動化が進んでいるが、惣菜などを扱う食品工場はいまだ労働集約的で、人手不足の解消や効率化が業界の課題になっているという。加工食品、特に惣菜は品種が多く、同じ品でも日々調理されるごとに形や大きさは微妙に変わる。さらに衛生面にも注意が必要で、人からロボットへの置き換えが難しい。
沢登氏が食産業の課題に着目したのは、祖父母が飲食店を営んでいたのがきっかけだった。さらに自身も飲食店で働いた経験があり、課題を実感したという。大学・大学院を通じてコンピュータ科学を学んでいた沢登氏は、「ロボットコントローラのエキスパートとして、このスキルを生かして食に関わる課題解決に貢献したいと思った」という。
コネクテッドロボティクスは、「食産業をロボティクスで革新する」ことをミッションとし、「つらい労働がなくなる」(労働者へのメリット)、「人手不足を解消し高い生産性を実現」(経営者へのメリット)、「いつでも美味しく健康な食を楽しめる」(消費者へのメリット)の3つをビジョンに掲げている。
事業開始当初は、飲食業の調理の自動化に取り組んでいた。開発したタコ焼きロボット「OctoChef」は2017年の「Maker Faire Tokyo」などのイベントで注目を集めたが、2021年からは食品工場向けのロボットの開発に軸足を移している。
契機となったのは、経済産業省の「令和3年度 革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」に採択された一般社団法人日本惣菜協会の事業――「ロボットフレンドリーな環境構築支援事業」への参画だ。日本総菜協会の主導で、ロボット導入が進まない食品分野、特に惣菜製造業におけるロボットやAIの導入を促進するための環境構築を目指したプロジェクトで、ここで得た知見やノウハウをもとに盛付ロボットの事業化を進めた。
「当初は調理ロボットに取り組んでいたのですが、実際の飲食店では1人が動き回り、調理や片づけ、配膳、会計などいろいろなことを行うので、調理だけを自動化しても生産性は上がりにくい。一方、食品工場では多くの人がラインに立って一定の作業をしているのでロボットへ置き換えやすかった。調理の自動化の前に、まずは食品工場のラインでの作業を自動化することに注力することにしました」(沢登氏)
多様な食品の盛り付けに対応したロボットシステムを目指す
食品工場の自動化には、これまでもいくつかのロボットメーカーが盛り付けの自動化に挑戦してきたが、なかなか実用化には至っていないという。
「過去の事例から学べたのは幸いでした。から揚げやコロッケなど大片食品の盛り付けは、ロボットが1個ずつピックアップするのに対して、人は片手で3個ずつつかみ、素早く盛り付けできてしまう。これではロボットへの置き換えメリットを出しづらい。そこで我々は、ポテトサラダや煮物、和え物など重量を計りながら盛り付ける、細片食品から始めることにしました」(沢登氏)
コネクテッドロボティクスではロボットのパーツすべてを開発しているわけではないという。既存のロボットに独自開発のハンドや装置などを組み合わせて、さまざまな食材や現場に合わせたシステムとして総合的に作り上げられるのが同社の強みだ。
「ロボットはこれからソフトウエア化していく、すなわち、さまざまなものを組み合わせてシステムアップできるようになっていくと考えています。ロボットのメインとなる部分は国内企業の既存製品でも非常に良いものがあるので、ゼロから全部を作る必要はありません。ハンドなどの重要な部分や足りない部分を確実に作っていくために、我々は知財も含め、ノウハウや技術を集中させています」
こうして開発した盛付ロボット「Delibot」は、中食・惣菜の盛付ラインに特化したロボットだ。2台のロボットで1時間に800~1000食を盛り付け、4人分の作業をこなすという。
「2021年に開発した最初のバージョンは、ポテトサラダの盛り付けを極めた製品です。一定量を取ることができれば盛り付けるのは簡単だろうと思われるかもしれませんが、例えばポテトサラダのような総菜はロボットのハンド部分にこびりついてしまうので、200gを取ったとしても容器に落ちるのは半分程度になってしまう。そこで、こびりつきが起きないようにハンドの動きや形状、ハンドにビニールを被せるなどの工夫をしています」
カメラによる画像認識を使わず、計量器で食材の残量と重さを推測することで低コストと高速性を実現しているというのも特徴のひとつ。また狭い工場内でも生産性を上げていくために、バージョン2以降は小型化してスペース効率にもこだわっているそうだ。
現在のバージョン3では、ポテトサラダ以外のいろいろな食材や量、盛り付け方に対応しているという。今後は扱える食材の種類をさらに増やし、単品の細片食品ラインのすべてを自動化することが目標だ。まずは大手から導入を進め、コストを下げて全国の中小の工場へと広げていきたいとしている。
「多品種の不定形な食材を測って盛り付けるロボットの実用化はまだ誰も成し得ておらず、まさに我々の発明です。知財の活用を重視するため、知財担当を採用し、『Delibot』の事業が始まってからは、どんどん新しいアイデアを製品に取り入れています」
いずれは食品で培った技術をプラットフォーム化し、さまざまな食品、さらには食品以外を扱える汎用的なロボットの技術へと進化させていきたいそうだ。
社内のCXO陣と社外専門家や提携先企業とも連携して知財体制を確立
ロボットの量産や全国展開に向けては他者との連携が必須となるが、そのためにも知財の活用は重要になる。
第5回「IP BASE AWARD」奨励賞の受賞では、参入障壁を構築するための広範囲な権利取得、ライセンス活用を見込んだ知財戦略、社内の知財意識向上の取り組みなど、積極的な知財活動が評価された。沢登氏が知財を重視するようになったのは、過去の失敗がきっかけだそう。
「最初のうちは知財の重要性に気づいておらず、専任担当者も置かずに、外部の特許事務所に特許出願を依頼していました。しかしやっていくうちに、後になって『もっとこういうふうに出願しておけばよかった』と気づくようになりました。何度も試行錯誤する中で、将来的なビジョンを含め、何が重要になるのかを社内でしっかり考えておかないと、やはり良い特許にはならないとわかるようになった。そうしたときに我々がラッキーだったのは、投資してくれたVCの知財担当者からアドバイスを受けられたことです。社内の知財体制や戦略を考えるようになり、2022年2月に法務・知財統括として横山に入ってもらいました」(沢登氏)
現在は、知財の実務については横山氏が全般を担当し、活動方針の策定や契約についてはCXO全員と協議して決めているそうだ。また、沢登氏と横山氏、COOの佐藤氏にVCの知財担当者も交えて定例ミーティングも実施している。このほか、契約関連については法律事務所と、他社特許への対応には事業提携先企業の知財企画部とも連携しながら取り組んでいるという。
これまでの知財出願の累計数は、特許が出願95件(登録済24件)、意匠が出願13件(登録済13件)、商標が出願21件(登録済19件)で、出願数は横山氏が入社した2022年以降から大きく伸びている(2024年5月16日時点)。
現場エンジニアとの密な情報共有が発明発掘や権利化へつながる
知財活動の方針について横山氏の考えを伺った。
「可能な限り広い権利を取得するよう心がけています。2022年以降に出願した案件は、食品や調理に関する構成要件を極力クレームに入れずに登録にすることを心がけており、案件によっては、ロボットハンドで掴むことを指す「把持(はじ)」という文言すら入れないようにしています。将来、多くのロボット関連企業が弊社と同じ事業領域に参入してくる可能性があるため、他企業への牽制力を可能な限り高めておきたいからです」(横山氏)
権利化活動においては、現地・現物の精神を大切にしているそうだ。「開発現場に定期的に赴き、各製品の開発進捗状況について試作品や設計図を見ながらエンジニアと話すことで、情報をタイムリーに得るようしています。アイデア段階から関わることで、他社知財リスクを見つけてエンジニアに伝えることもできます。また、競合他社の活動を探るため、展示会にも積極的に参加しています」と横山氏。
展示会に積極的に参加して見聞きした情報や動向も参考にしながら、ペンディング中の案件を競合他社製品に当てられるように補正や分割出願を検討したり、権利範囲のあり方を検討したりと工夫することもあるという。
横山氏は、自身の役割について、「知的財産権は武器であり防具。多くの人が通りそうな道に一番乗りで到達できれば、後続する他社に対して優位に立てる。そのためにも自社と他社のビジネスプランや技術動向を見ながら、権利化を進める必要があります。もちろん、他社が仕掛けた“わな”を避け切れない場合もあるので、交渉材料になる権利を多く確保しておくことも大事になります。知財担当の仕事は、自社・製品の良さを見いだし本質を捉えることですが、ときにはずる賢くあることも必要です」と話す。
今回の受賞理由のひとつになった競合他社の製品開発を先読みした出願はこうした意識によるものだ。「競合他社の知財をリスト化し、関連分野の特許についてはクレームを要約して開発チームと共有。そのうえで競合他社よりも先に製品の改善案をエンジニアとともに検討し、出願しています」と横山氏。自社の事業方針や優先度の変化に応じて、審査請求や中間対応のタイミングごとに権利化方針を見直し、クレーム内容の変更や権利化の中止をすることもあるという。
社内各部署の密なコミュニケーションも欠かせない。そのため、横山氏が力を入れているのが社内の知財教育と情報共有だ。
「社員向けに知財レクチャーを開催したほか、時間があるときに見てもらえるように15分程度の教育用動画を作り、社内展開しています。また、知財に関する記事をNotionに投稿したり、自社・他社の特許について紹介する記事をSlackで社内共有したりしています。まずは現場から気軽に相談してもらえる社内体制づくりが大事だと思っています。些細な連絡から出願につながることもありますから」(横山氏)
情報共有を地道に繰り返すことで開発や営業部門からの連絡や相談が増え、技術開発に関する情報を得やすくなり、知財活動もスムーズに進められるようになったという。また、エンジニアの知財リテラシーも高まり、知財リスク対応もしやすくなっているとのこと。
最後に、横山氏と沢登氏に企業としての知財活動の価値について伺った。
「知財のポジションに身を置くと、社内の開発情報とビジネス情報の両方が入ってくる。会社が強みとしたいことを吟味し、個々のアイデアをより良い権利に“料理”していくという役割が求められます。会社にとっての強みを増やせることにやりがいを感じています。また、開発者が出した設計案などから良さや本質を見いだし、権利化していくのは知財担当者であれば誰もがやることですが、人に対しても同じようにアプローチするように心がけています。一人ひとりの良さや本質を捉えるようにして、相手の良さが出せるように、上手く連携し協力していく姿勢が大事。まだ知財マインドが育ちきっていないスタートアップの場合には重要なことだと思います」(横山氏)
「知財は自分たちのアイデアが持つ価値を明確にしてくれるものです。アイデアの本質が何なのか――広く見て、磨きをかけ、言語化していくことが大事になります。そこに取り組むことで、自分たちの強みも見いだしていける。知財の制度や仕組みをしっかり理解し、もっとアイデアを出しやすくして、アイデアに価値を置くような組織にしていきたい。これからもっと積極的に知財活動に取り組んでいきます」(沢登氏)