NTT Com「ExTorch」、スタートアップと共創で視覚障害者向け外出支援デバイス開発
JAPAN INNOVATION DAY 2023セッション「オープンイノベーションプログラム“ExTorch”における多様化する社会、地域課題解決に向けた取り組み by NTTコミュニケーションズ」
NTTドコモグループと社外の技術/サービスを掛け合わせ、新たな価値を共創するオープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ)」。2023年3月3日にASCII STARTUPが開催した「JAPAN INNOVATION DAY 2023」では、NTTコミュニケーションズ(NTT Com)からExTorchのコンセプトや、これまでの取り組みの成果が紹介された。
さらに、同プログラムを通じて2022年から共創を進めている福祉機器スタートアップのマリス creative designも登壇し、両社の共創により開発が進む視覚障害者向けの外出支援デバイスの共創成果、今後のロードマップを披露した。
4つの部門が“四位一体”で取り組むNTT Comのオープンイノベーション
NTT Comのイノベーションセンターは、ビジネスデベロップメント、テクノロジー、クリエイティブ、ストラテジーの役割を担う4つの部門が集まり、2020年に設立された組織だ。4つの部門が連携し、“四位一体”のアプローチでオープンイノベーションや新規事業開発の取り組みを進めている。
ビジネスデベロップメントの役割を担うプロデュース部門に所属する野坂佳世氏は、同部門では「新規事業創出」、「新規事業開発促進」、「ビジネスプランナー人材の育成」という3つの機能を持つと説明する。新規事業創出分野では社外企業、組織や社内、グループ内組織との協業、新規事業開発促進では社内アイデアコンテストや社内スタートアップ制度の運営、ビジネスプランナー人材育成では新規事業開発のマインドセットやフレームワークの教育などを行なっている。
このうち新規事業開発促進の分野で取り組むプログラムの1つが、今回紹介するExTorchだ。
ExTorchは、NTT Comの既存事業を革新し、新たな事業を創出することを目的としたオープンイノベーションプログラムだ。NTT Comが持つサービスやアセットに、スタートアップなどのパートナー企業が持つサービス/技術を掛け合わせることで、社会課題の解決や新たな価値の共創を図る。
「ExTorchのTorch(トーチ)は『たいまつ』の意味。トーチという灯火が、より『外に広がっていく』(=接頭辞のex-)というコンセプトで名付けた」(NTT Com イノベーションセンター 主査の湊大空氏)
ExTorchでは第一期の共創パートナー募集を2019年に、第二期の募集を2021年に、それぞれ公募型で実施してきた。
第一期、第二期の採択テーマを見ると、NTT Comおよびグループ企業の保有するデータセンター、通信局舎、無線中継所と鉄塔、海底ケーブル敷設船といったアセットや「Smart Data Platform」、「COTOHA」、「SkyWay WebRTC Gateway」といった技術を、まったく新しいかたちで活用するものが並ぶ。
第一期の採択テーマからは実際に新事業も生まれている。360度カメラ画像から建物内空間をストリートビュー化(3Dビュー化)する3i(スリーアイ)の技術と、NTT Comのデータセンター運用業務ノウハウを掛け合わせ、ファシリティマネジメントを効率化する「Beamo」サービスをNTTビズリンクからリリースしている。
そして2022年後半から、ExTorchは従来の年1回ではなく「通年」での支援プログラムにかたちを変えることになった。湊氏は、スピードの速い社会の動きに追従するイノベーションを生むためだと説明する。
「現在の社会の動きは速い。1年どころか数カ月、場合によっては数週間という単位で社会がどんどん動いていく。(ExTorchが)年1回のイベントで、最長で1年前のアイデアを出すのもどうかという話もあり、通年の取り組みを始めることにした。これにより、公募の期日などに左右されることなく、いつでも迅速にプロトタイピングやリリースを進めることができるようになった」(湊氏)
具体的には、ExTorch事務局がNTT Comの「外(スタートアップなど)」と「内(社内事業組織やグループ企業など)」をつなげる役割を果たす。事業組織の課題や要望に合わせてスタートアップのマッチングを行い、新規事業の創出とオープンイノベーションを推進していく。
なお湊氏は、ExTorchにおける知的財産(知財)方針も説明した。ExTorchでは採択テーマ以外への事業拡大について活動を制約しない、スタートアップの成長を後押しする知財取り扱いプランを提案する、といった方針を対外的に明示しており、「知財方針についてはきちんと話し合いを行い、一緒に気持ち良く仕事をしていただくことを重視している」(湊氏)という。
マリス:NTT Comと共に「障害者や高齢者の生活をアップデートする」
ExTorchを通じた共創事例として、障害者、高齢者の自立機器の開発を手がけるスタートアップのマリス creative design(以下、マリス)が紹介された。
九州工業大学(九工大)発のスタートアップとして2018年に設立されたマリスは、2022年10月からNTT Comとの共創を行い、歩行アシストAIカメラ「seeker(シーカー)」の開発を進めている。
マリスcreative design 代表取締役の和田康宏氏は、視覚障害に対するソリューションの現状について、「点字を読める人は1割」、「横断歩道の音響信号機は設置が少なく、夜間は音も制限される」、「駅のホームドアも視覚障害者の住む地域に設置されているとは限らない」といった課題を挙げる。このように視覚障害への対応が不十分な社会の中で、「非常に不自由されている方が164万人(日本国内の視覚障害者数推計)もいらっしゃる」(和田氏)のが実態だ。
「特に駅が危険だ。視覚障害者の方は『駅は欄干のない橋』だとおっしゃる。駅に行くだけで皆さん、怖い思いをされていらっしゃる。実際にプラットフォームからの転落による死亡事故が毎年発生しており、その話を聞いて外に出歩きづらくなっている」(和田氏)
視覚障害者が自由に外出を楽しむために、現状では「介助者(ガイドヘルパー)」の同伴が唯一効果的な方法だという。しかし、ガイドヘルパーの同伴も事前の予約が必要だったり、同伴できる時間が限られていたりと、必ずしも自由がきくものではない。金銭的な負担も大きい。「ちょっと思い立ってコンビニに行く、スーパーに行くということができない」(和田氏)
好きなときに好きなだけ出かけたい――。不自由している人々のこうした思いに応えるべく、マリスが開発しているのがseekerだ。「seekerによって、好きなところに旅行に行けて、好きな仕事ができて、自由にお酒を飲みに行けるようにしたい。そう考えている」(和田氏)
seekerは、頭部に取り付ける装置(カメラ+測距センサー)と白杖に取り付ける振動装置で構成される。頭部の装置で周囲の状況を監視し、AIが危険な状況だと判断すれば、白杖を振動させてユーザーに危険を知らせる。
「皆さんにお聞きすると、駅のホーム、横断歩道、それから上半身の障害物の3つが特に怖いとおっしゃる。そのため、これら3つの危険をスタンドアロンコンピューティング(エッジAIコンピューティング)で、AIにより検知して振動で知らせる」(和田氏)
視覚障害者の外出を支援するソリューションとして現在開発されているものは、どれも「ナビ(ナビゲーションシステム)」だという。しかし、実際に視覚障害者の意見を聞いてみると「(危険検知機能を持たない)ナビに、右へ、左へと言われても怖くて歩けない。それよりも目の前にあるものをちゃんと知らせてくれるものが欲しい」という。ナビというソリューションはニーズを外しており、信用してもらえるのは危険検知ができるもの、それはseekerだけだと和田氏は強調する。
seekerはマリス、九工大、NTT Comの三者により共同開発されている。デバイスの各種データをモバイルネットワーク経由で収集し、データをクラウドへ渡して蓄積、分析可能にする部分に、NTT Comの5G SIMやSmart Data Platform、マネージドIoTプラットフォーム「Things Cloud」などが活用されている。
「seekerの危険検知機能はネットワークなしのスタンドアローンで動作するが、一方でネットワーク機能は“必須”だとも考えている。ソフトウェアのアップデートも必要だし、ネットワークを使うことで視覚障害者や高齢者の方がより安心、安全に外出できる。さらには外出を楽しめるサービスを提供していきたい。そのためにはやはりネットワークが必要だ」(和田氏)
マリスでは今後もNTT Comとの伴走を続け、seekerにおいて現在の視覚領域だけでなく、聴覚領域、疾患領域も加えた、障害者や高齢者のための総合的なソリューション展開を考えているという。たとえば、音声だけで行われている注意喚起をほかのかたちに変換してユーザーに知らせる、24時間計測する生体情報から体調の異常を検知して外出を控えるよう促す、そのデータを遠隔診療に利用する、といったことが考えられるという。
「安心と安全を提供する、外に出て楽しめるようサポートする、そうした総合的なソリューションとして展開することで、ターゲットとするマーケットサイズも大きく広がる。障害者と高齢者は実際にはシームレスにつながっている。『視覚に対してはこれ』、『聴覚に対してはこれ』と別々のソリューションを提供するのではなく、われわれのseekerを持っていれば安心して出かけられる、そうした福祉機器をNTT Comさんと一緒に展開していきたい」(和田氏)
和田氏は最後に、これからのseekerのマイルストーンを紹介した。現在開発しているAIアルゴリズム(モデル)を2023年の春から夏にかけて量産向けチップに載せ、実機による実証実験を行う。秋口には量産に近いかたちの基盤を開発し、2024年の前半には量産体制に持っていく計画だ。
「NTT Comさんとはこの先もさまざまな機能を一緒に作り上げて、量産まで持って行くことで、障害者や高齢者の方の生活をアップデートするといったことをやっていきたい」(和田氏)