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自治体こそ頼るべきオープンデータ可視化。問われるのは活用のセンス

~アカデミア研究開発事例~【中編】

特集
Project PLATEAU by MLIT

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PLATEAUを地理空間情報以外のどういったデータと組み合わるのか

――シミュレーションシステムで、PLATEAUとよく組み合わせて使う地理空間情報を教えてください。

川合:相変わらず、地理院地図はよく使います。OpenStreetMapも参考にしています。

 人流データや津波の浸水データなどは、地方自治体が公開しているデータを使っています。それぞれが、自治体都市計画図や用途地域などを持っているので、それらを組み合わせていきます。昔からやっていたことですが、それらをPLATEAUに乗せていけると思います。

 組み合わせるデータは、プロジェクトによって、さまざまです。過去の景観シミュレーターであれば、古地図や古写真、浮世絵も参考にします。ドライブシミュレーターであれば、たとえば、交通事故マップなどで、警視庁がオープンデータにしているものがあります。渋谷駅周辺の実際の交通事故がヒートマップになっていて、拡大していくと、実際の事故のデータセットがあります。警視庁だけでなく、県警のデータなども見ながら、実際の地図に落としていくだけではなく、ここで歩行者が本当に飛び出してきたというところを使っていきます。

 PLATEAUの活用という意味では、「地理空間情報以外のどういったデータと組み合わるのか」という部分も問われます。そのセンスのようなものがこれからは必要になってくると思います。

[補足] ヒートマップとは、ある区画に対する数値の大小を色の濃度で可視化したもの。

――事故データなどセンシティブな情報の入手は難しそうですね。

川合:警視庁のデータは、ダウンロードできません。警察との共同研究というかたちで入手しました。交通事故だけではなく、たとえば、犯罪系のマップなどもあるので、さまざまな用途に使えると考えています。

 ただ難しいところは、こうしたデータを地図と結び付けることを嫌がる事業者の方も多いことです。ヒートマップが真っ赤になっている犯罪地域のデータを見て、その地域で賃貸などをやられている業者にやめてくれと言われるという話もあります。

 それこそ東日本大震災後に、津波のハザードマップが一回り大きくなって、一番問題になったのは地権者さんです。市議会に、その新しいハザードマップはちょっとおかしいのではないかという陳情もありました。地方自治体さんも、だいぶ苦労されたようです。

Unityナビメッシュ機能でのシミュレートは、さまざまなことを迅速に試せる

――ドライブシミュレーターでも、避難シミュレーションでも、道路上を動くと思うのですが、それをどう処理しているのか、教えてください。

川合:Unityの「ナビメッシュ」という機能を使っています。この機能は、昔から使っていました。

 本来の用途としては、ゲームのキャラクターがおかしなところへ行かないように移動範囲を限定するものですが、CADデータや3D都市モデルのデータに対してもナビメッシュを貼ることができます。

 エージェントが道路上を動くようにするには、まず、都市モデルの道路に対してナビメッシュを貼ります。それからエージェントが最初にいる場所とゴールを作り、その上を自由に歩けて、ランダムで動くように設定します。そうするとエージェントは、最短経路でゴールに向かいます。移動できる範囲を面で指定し、初期の位置とゴールを指定すれば、人でも車でも何でも動きます。

 津波シミュレーションのときは、都市の中にこうしたエージェントをランダムにばらまいて、そこから一番近い津波避難ビルに向かって、道路のメッシュの上を最短距離で動けというコードを書いています。

 また追加のルールとして、収容定員を避難対象のビルに設定しました。実際の避難もそうなのですが、これ以上入れないということもありますし、小中学校が津波避難指定場所となっていても、開校時間中であれば生徒がいるため、外の人は入れてはいけないということもあります。

 シミュレーションでは、1つの避難ビルに行って入れなかった場合、どういう判断をするのかも見てみました。そうすると、このエリアに津波避難ビルがあるから大丈夫という計画を立てていても、満杯になってしまうと、次の避難場所が近くになく危険という場所もありました。

――今のお話を聞いていると、それができるのはゲームエンジンのメリットの一つだと思います。これがなかったら、自分で作らなければならないですね。

川合:まったく、その通りです。このシステムとわりと近い研究を、いま学生がやっています。横浜の建物を全部作って、駅を指定して、駅から最短経路でエージェントを動かして、駅からの距離に応じて、地価がどう変わるのかという研究です。ナビメッシュを使うと、いろいろなことができると思います。

――ナビメッシュはゲーム向けであり、いわゆる、従来の人流シミュレーションで設定できる経路選択モデルなどのシミュレーションモデルとは動きが違うと思います。昔からやっているようなトラディショナルな業界や行政に対して、「このシミュレーションは本当なのか」と聞かれたときに、どのように説明をしていますか。

川合:昔からのシミュレーション業界や地理業界の方などから見ると、ゲームエンジンは、「なんちゃってシミュレーションではないのか」ということは、言われます。

 その一方で最近、建築学会などの分野では、基礎のシミュレーションモデルと同等のものをゲームエンジンで計算して比較し、これくらいは同等の精度であるとか、逆にこの部分はおかしいとか、そういう違いを調査し、調整のパラメータをゲームエンジンの中にフィードバックしていくことも盛んです。

 シミュレーターでは、いろんなことを言われます。たとえば、津波避難シミュレーターでは、エージェントによって、歩く速度が違うだろうと言われました。そこで、児童や高齢者などで分ける、あるいは住民と観光客とで分けるようにしました。さらには、エージェント同士で会話して、「あそこの避難所はいっぱいだ」という情報も広がっていくでしょう。さまざまな想定がありますから、こうしたことは、ゲームエンジンでやっていけばよいと思います。

 さらに、道路についても、地震が起きて津波が来るときに、道路が通れるとは限らない。建物が倒壊したり、車が通行止めになったりもします。何パーセントの確率で通れなくなりますといったところもシミュレーションできると面白いですね。

――むしろ、そうした開発をシミュレーションの中でできるゲームエンジンのほうが、より精緻にできる可能性があるのではないかということですね。

川合:そうです。理論的な部分はシミュレーション業界の方が、いろいろとやっているので、それをトライアンドエラーで可視化できていくようなことを目指しています。

 自治体さんと話をして「具体的にわが街はどうすればいいのか」という話になったとき、理論的なシミュレーションでは、それをすぐに確認するのもなかなか難しい。コンサルタントに頼むのもお金がかかってしまうので、こうしたオープンデータを使って「ある程度粗いけれども、こういう雰囲気になるのではないか」というものを可視化して見せるというのは、役に立つのではないでしょうか。

 まさに防災教育などもそうでしょう。厳密なシミュレーションとはちょっと違ってくる世界ではありますが、需要はあると思います。

学生が1年単位で取り組んで作るプロジェクト

――これらのシミュレーションは、どのぐらいの期間をかけて、何人ぐらいで構築したのでしょうか。

川合:ドライブシミュレーターですと、3人です。学生を含めて3人1チームで、1年間で作りました。1年目は、地理院地図を使いました。2年目はOpenStreetMapと組み合わせて作りました。今やっているのが、PLATEAUで完結できるシステムで、まさに作っているところです。

 津波避難シミュレーションに関しては、基盤システムは私ともう一人の学生で最初に作りました。そこからは毎年恒例のプロジェクトになっていて、3人が1年くらいかけて地域を増やしていったり、エージェントのパラメータを、どんどん増やしていったり、ほかのことにも使えないかを考えたりしています。一度、水害のシミュレーションもやりましたが、うまくいきませんでした。

 津波自体のシミュレーションもいろいろあります。津波が押し寄せてくるのは、それっぽく見せているだけで、実際には流体とか格子法とか、いろんな世界がそこにあって、そんなふうに津波は来ないぞとか、そのあたりも検証しています。

 いずれにしても、水のような流体は、計算量がものすごく大きくなってしまいます。ですからゲームエンジンの中で、しかも都市モデルと一緒にリアルタイムに計算しようとすると大変なので、事前にほかの測定案の中で計算したものを、ゲームエンジンでは可視化するのみというアプローチになります。

 人流可視化のほうは、いまOpenCVを使ったシミュレーターが面白いという話になっています。コロナ対策から始まったのですが、たとえば海水浴場で、今はこっちは混んでいるとか空いているとか、観光情報にも使えないかということで考えています。

 OpenCVでひとつひとつ算出しているものを、Yoloを使うことで、もう少し密度を高くして取得できないかというところも含めて、もっと大規模にもっとリアルタイムにという形で監視できないかを模索しています。

 基本的には、ゼミの学生が担当するので、制作期間は、1年という単位が基本です。プログラムが得意な学生、モデルが得意な学生などが、何人かでチームを組んで、それぞれの得意分野を活かして進めていきます。

川合 康央(YASUO KAWAI) 文教大学 情報学部 情報システム学科 教授,学科長

1972年三重県生まれ。京都工芸繊維大学大学院で都市計画を学び、2002年博士課程修了。同年より文教大学情報学部に着任。研究室では、オープンデータとゲームエンジンを組み合わせ、様々な社会課題を解決することをテーマにした研究を行っている。

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