東京との人材争奪も! 福岡と山形2社のITスタートアップ目指す先
JAPAN INNOVATION DAY2022「地方スタートアップと考える『ポストコロナ』」セッションレポート
アスキースタートアップが主催したビジネスイベント「JAPAN INNOVATION DAY2022」の講演で、「地方スタートアップと考える『ポストコロナ』」と題したセッションが行われた。スカイディスク代表取締役社長 兼 CEOの内村安里氏、チェンジザワールド代表取締役社長の池田友喜氏の2名が登壇し、進行はTECH.ASCII.jp編集部編集長の大谷イビサが務めた。
IT産業は東京一極集中で、首都圏で全体の8割というなか、地方では産業が起こりにくいと言われてきた。しかし日本国内は全国にブロードバンド環境が浸透し、地方であることがハンデではなくなりつつある。地方創生の取り組みも盛んになるなか、地方からITスタートアップが続々と誕生している。
コロナ禍で脱東京、脱都市の動きが加速していて、実際に本社を東京から地方に移す企業も出てきている。逆に地方スタートアップから東京や首都圏はどのように見えるのか。
製造業のDXの悩みを解消する
セッションでは、まず両者が自社の事業の概要を説明した。スカイディスクは2013年に福岡で創業。拠点は福岡、東京、大阪に設けている。事業内容はAIを活用したDX支援で、製造業を中心に企業のデジタル化をサポートしている。2021年12月までの取引社数は138社、プロジェクトの実績は314件に達している。内村氏は熊本県出身。東京でIT企業などを経て、2019年に同社社長兼CEOに就任した。
同社の顧客は自動車、化学などの製造業が多い。トヨタ自動車九州との取り組みでは、レクサスの完成車の検査工程でイオンの検査の工程にセンサーを設置、AIで分析して検査の支援をするサービスを共同開発した。2021年8月からレクサスの製造ラインで本稼働している。
現在は製造業向け支援事業に加えて、新たに製造業向けの「最適ワークス」というSaaSの開発と販売事業も始めている。
内村氏は、日本の製造業を4年以上支援してきたなかで、製造業のDXの課題は「工場の中にフォーカスしがちで、解決難易度と投資対効果のバランスがとれていない」ことだと気づいた。
「日本の製造業の品質は高く、そこにデジタルを投入しても改善できる余地が少なく、投資が大きすぎる問題がある。生産数量が多い大企業の場合は計算しやすいが、中堅中小企業ではDXに取り組むことが難しい。一方で、2025年の崖に代表される基幹システムには課題が多い。そこで我々は、『最適ワークス』というバックオフィス用のSaaSを開発した」
最適ワークスは、AIが生産スケジュールを調整するアプリケーションで、初期費用30万円、月額費用5万円で導入が可能。「日本企業の99.7%は中堅中小企業。当社は製造業DXの民主化を目指しており、自分たちで生産計画業務をDXできるサービスとして提供している」
2021年10月からサービスを開始したが、すでに40社以上から利用申し込みが入っているという。
内村氏は「中小企業の課題は多いが、時間もお金も限られている。DXも同じで、地方からアジャイルで解決していく道を示していきたい」と語る。
個人でできる温暖化対策をスマホでサービス化
続いて、山形県酒田市に本社を置くチェンジザワールド代表取締役社長の池田友喜氏が、事業概要を説明した。
池田氏は、2014年に東京から山形にUターンし、同社を創業した。太陽光発電所の小口販売サービスを提供するほか、別法人でコワーキングスペースも運営し、地域発のスタートアップを支援している。
「国連のIPCCは2021年8月に、地球温暖化は人間の活動が原因だと断定した。世界では年間340億トンのCO2が排出されており、2030年までに144億トンを削減する目標が設定されている。これを実現するためには、我々の試算では約4000兆円という途方もない金額を太陽光発電に投資しなければいけない。これは1つの国では無理な話だ。また、個人が1人ではじめようとしても、何から手を付けたらいいかわからない人がほとんどだと思う」(池田氏)
そこで同社は、太陽光発電所のオーナーになる権利を小口に分割し、スマートフォンで消費者に販売するサービス「CHANGE」を提供している。CHANGEで購入できる単位は「ワット」と名付けられ、300円程度で購入可能。発電所が発電した電力を電力会社に販売し、その売り上げをユーザーに分配する仕組みだ。
ユーザー数は2022年3月現在1万8600人で、販売総額は24億円となっている。同社にはユーザーから、「こどもの教育として利用できる」「少額から投資できるのは嬉しい」といった声が寄せられているという。
ワットには投資に対する経済的リターンも含まれるが、同社では新たに、経済的リターンがゼロである寄付型のサービス「グリーンワット」の提供も開始した。
池田氏は、「個人としてカーボンオフセットに取り組む意欲が高まっていると感じており、経済的リターンがなくても太陽光発電に貢献したいという人に向けて売り出した」と話す。
グリーンワットは大変な人気で、これまで2回売り出したところ、2回とも即完売した。池田氏は、「経済合理性でなく、環境価値合理性という新しい世界の扉を開いた」と話す。
この考え方を発展させると、既存の商品を購入するときに、その製造にかかるCO2排出量と同等のグリーンワットを追加で購入することで相殺し、脱炭素の可視化をすることが可能になるという。同社はJAL、ANAのマイレージとの連携をはじめ、CHANGEを使った事業を企業と進めている。
池田氏は、CHANGEをこれまでの再エネプラットフォームから、環境アクション全般のプラットフォームへとグレードアップさせると、今後の目標を語る。「何をしたらいいかわからない環境へのアクションをスタンダード化し、個人の環境貢献を可視化して、環境価値をクレジット化する。そうすることで、すべての人が自然と環境貢献者になる仕組みを提供する」と話す。
地方スタートアップのメリット、デメリット
大谷氏は2社に対して、地方で活動するメリット、デメリットについて質問した。内村氏は「当社は福岡に本社を置いているが、大阪と東京にも拠点を構えている。その理由は、当社に必要なAIエンジニアが福岡だけだとなかなか採用できなかったからだ。ただ、最近では東京でもエンジニアの採用は厳しくなっていることもあり、現在は福岡にUターンする人材に絞って採用している」と語る。
九州出身者は、「いずれは九州に戻りたい」という思いが強くあり、また「九州発で世の中を動かすことをしたい」と考える人も多いという。その点で、福岡に本社があるということで採用面でもメリットを感じているという。
一方池田氏は、採用面では非常に厳しかったという。「地元にはITエンジニアはいなかった。そこでコワーキングスペースの運営をはじめて、そこに集まるUターン人材で、IT系の人に声をかけて社員になってもらった。地元に戻って働こうとする人は優秀な人が多く、ありがたかった」と話す。
地方スタートアップが東京の大手と人材争奪戦
大谷氏は次に、地方のスタートアップに対して、コロナ禍はどんな影響を与えたかを聞いた。
池田氏は、「社員は増えている。もともとテクノロジーがあればどこでも働ける環境になっている人にとって、地方は生活コストが安くメリットが多い。それにコロナ禍のリモートワークで、東京にいた人も、出社しなくていいならどこに行っても働けることになって、さらに多くの人材が地方に向かっていると思う」と話す。同社のIT人材は、東京、大阪をはじめ各地からの移住者が大部分を占めるという。
内村氏は、「当社の顧客は全国の製造業なので、都市部だけでなく地方が多い。東京や大阪は、どちらかというと採用活動のために重要な拠点という位置づけだ。コロナ前は、商談は全国各地に出向くことが多かったが、コロナでリモートが定着したことで、距離的な問題はほとんどなくなった」と言う。
ただ、IT業界がリモートワーク前提になったことで、地方企業にとっては採用が難しくなった面もあると内村氏は話す。「これまでは、地方に帰りたいIT系の人材にとって当社がアピールできる余地があったが、コロナの影響で居住地はどこでもOKという大手IT企業が増えており、地元に帰っても東京の企業に勤務できる状況ができつつある。Uターン人材の確保の競争相手が変わったと認識している」
実際、福岡に住むのは決めたが、スカイディスクか東京の企業かで悩んでいるというUターン人材が出てきているという。
池田氏は「当社でユニークだと思うのは、CHANGEのユーザーだった人が、山形に移住して当社に入りたいと言ってくるケースが出てきていることだ。また当社では、東京と同水準の給料を払うと言っているので、働きやすい環境を提供できていると思う」と話す。
地方でスタートアップを運営する際に感じていることについて内村氏は、「リモート時代といっても、時々は集まって会話をする機会が必要だと思っている。その際に、地方のほうが距離的に近くにいられる。また、地域の大学や企業と地域のために活動する際も、その地域での物理的な経験がものをいう場合もある。そういう意味では、地方の動きやすさを感じる」と語る。
福岡はスタートアップが盛んな地域として知られる。内村氏は、現在はコロナで物理的なつながりは途絶えているが、いっしょに切磋琢磨し合える企業が近くにいることは励みになっていると話す。
チェンジザワールドは、山形大学と産学連携や、地元の高校からの採用もはじめている。「高校卒業で優秀なITエンジニアの社員もいて、社内はかなり刺激的だ」と話す。
池田氏は、同社の働き方は山形と東京の拠点に出社して働くのが基本で、両拠点間をリモートでつなぐ方法をコロナ前から続けており、それはコロナ禍でも変わらないと言う。また、今でも半年に一度は全社会を集まって実施している。「社会課題の解決を事業にしている企業なので、チームとしての団結が非常に重要になる。会うべきときの移動のコストはかける、という考え方でいる」と話す。
最後に、今後の事業展開について、内村氏は「今後は最適ワークスの販促に力を入れていく。九州だけでなく、全国の小さくても力がある製造業のバックオフィスを支援していきたい」とした。また池田氏は、「我々は地方でやっているということをそれほど意識していないが、地方には人の温かみがあるのは確か。当社のテーマは大きいが、世界から見たら、東京も山形も同じ日本。山形から、世界に打って出ていく意気込みで取り組んでいる」と語った。
東京だから、地方だからという制約は、ITスタートアップにはもはや存在しないようだ。問題は、誰に対してどんなビジネスをするのか、という基本なのだと、2社の講演を聴いて感じた。