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スタートアップのM&Aケーススタディー 第1回

「教育」という共通語が決めたM&A ベネッセ×スタディーハッカー

2020年08月25日 09時00分更新

文● 三浦優子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田 元

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大手企業×スタートアップのオープンイノベーションが盛んになったように、M&Aでの事例も単なる買収というものだけではなくなっている。アフターコロナ時代にも通用する教育事業のあり方への考えから話が進んだベネッセホールディングス×スタディーハッカーのケースをお届けする。

 2020年4月13日、ベネッセホールディングスは、英語学習サービスを提供する株式会社スタディーハッカーの株式50.1%を取得したと発表した。すでに2020年1月に発表済みだったが、4月13日に株式取得手続きを完了しての発表である。

 スタディーハッカーは2010年に誕生したスタートアップ企業(創業時の社名は恵学社)で、2015年からは短期集中型の英語ジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を運営し、のべ8500人が受講している。順調に事業を拡大してきたが、ベネッセの子会社となることを決断した。その理由はどこにあるのか。そしてベネッセ自身はどんな狙いをもってスタディーハッカー子会社化を決断したのか。

StudyHacker ENGLISH COMPANY

「社会人向け英語学習への市場性を評価」(ベネッセ)

 今回の株式取得に関する話がスタートしたのは、2019年の6月頃のことになる。ベネッセホールディングス側の担当者として今回のM&Aに関わった1人である執行役員 事業開発本部長兼財務本部長の坪井伸介氏は、次のように振り返る。

 「今回ベンチャーキャピタル側から話を持ち込まれるまで、スタディーハッカーという会社のことは知りませんでした」(坪井氏)

 今回のM&Aは、ベネッセ発ではなく、スタディーハッカー側からによるものだった。そのため、話を持ちかけられるまでその存在を知らなかったという坪井氏。それでもスタディーハッカーに資本参加することを決定した理由はどこにあったのだろうか。

株式会社ベネッセホールディングス 執行役員 事業開発本部長兼財務本部長 坪井伸介氏

 「まず、ベースとしてベネッセが英語教育に注力していることをあげることができます。ベルリッツ・コーポレーション、その日本法人ベルリッツ・ジャパンの完全子会社化をはじめ、英語教育事業の強化を続けてきました。そんなベースがあったからこそ、VCが当社に話を持ちかけてきたのだと思います」(坪井氏)

 さっそくベネッセは、スタディーハッカーの代表取締役社長である岡健作氏と面談。するとスタディーハッカーが、ベネッセ側が求める要素を持っている企業であることが明らかになった。

 「岡さんと話したところ、スタディーハッカーが非常にロジカルに、しっかりとした理論を持って英語教育を行っている企業であることがわかりました。理論だけでなく、成果もきっちり出ている。我々が求めていた、『急激に伸びる事業』としての可能性を感じました」(坪井氏)

 ベネッセは「進研ゼミ」を代表とする小中学生向け通信教育事業で成長した企業である。しかし、少子化の影響でこの市場を大きく伸ばすことは市場構造的に難しい。新たな事業として英語学習をはじめ、介護事業も手がけている。が、子供向け教育、介護は「制約も大きい事業であり、急激に事業を伸ばすことは難しい」領域の事業だ。

 そこで子供ではなく社会人をターゲットとした、急速に伸張する可能性がある事業を探していたところに持ち込まれたのがスタディーハッカーへの資本参加依頼だった。スタディーハッカーのメインターゲットは社会人。しかも、短期集中での英語学習は最近注目されているジャンルで、これから大きく伸ばすことが期待できる。

 ベネッセにはグループ企業として英語教育を手がけるベルリッツ・ジャパンがあるが、スタディーハッカーが行なっている短期集中型の英語教育はベルリッツが提供しているものとはターゲットなどに違いがあり、ダイエットで名をはせたライザップが参入するなど、人気分野になっている。

株式会社ベネッセホールディングス 事業開発部長 大槻雅文氏

 坪井氏とともに今回の資本参加に関わったベネッセホールディングス 事業開発部長の大槻雅文氏は次のように説明する。

 「もちろん、資本参加を決定するまでの間に、受講者、講師の方など様々な立場の方にインタビューさせていただきました。その上で伺った話をひとつひとつ検証した結果、資本参加を決定したのです」(大槻氏)

 これまでにもM&Aを実施してきたベネッセには、さまざまな案件が持ち込まれている。今回のスタディーハッカーのように成約するものばかりではなく、却下されるケースも少なくない。では、ベネッセにおいてM&Aにゴーサインがでるケースと、却下されるケースではどこが違うのか。

 「最大の分かれ目はマーケットです。短期的だけでなく、長期的に伸びる可能性があるマーケットであるか否か。さらに、その企業の経営方針、理念などを聞いて、一緒にやっていくことができる企業であるのか、そうではないのかを判断していきます」(坪井氏)

 大槻氏はそこにこう付け加える。「市場性とともに、我々がやれる部分がある企業なのか、そうではないのかも重要な判断材料となります。一緒にやっていくことでプラス効果をあげられる相手でなければ意味はありませんから」(大槻氏)

 こうした条件に合致したことから、スタディーハッカーに資本参加することを決定したという。

「自力での講師集めに限界を感じていた」(スタディーハッカー)

 ではスタディーハッカー側は、何故、ベネッセの資本参加を望んだのだろうか。成長できる企業であれば、単独でIPOなどを行なうことで、より大きな企業へと成長していくことを目指すケースもある。スタディーハッカーの創業者である岡健作氏がベネッセの資本参加を望んだ理由はどこにあるのか。

株式会社スタディーハッカー 代表取締役社長 岡 健作氏

 「当社にとって最大の課題となっていたのが講師の新規採用が難しいという問題でした」(岡氏)

 スタディーハッカーの短期集中英語学習は人気を呼び、利用を待つウェイティングリストが発生するまでになっていた。

 「よく、『待っている人がいるほどの人気とはうらやましい』と言われるんですが、こちらにとってはウェイティングされている方がいることは大きな問題で、うれしくもなんともない。待ちを解消するためには講師を増やすしか手がありません。しかし、募集をかけても思うように人が集まらない状況が続いていました。そこで講師を増やすためにベネッセに資本参加してもらうことはできないだろうか? と考えたのです」(岡氏)

 資本参加を受ける相手としてベネッセをと考えたのは、「教育」がキーワードとなったのだという。

 「英語教師ができる人文系の人材にとって、ベネッセは安心できるブランドです。M&Aについてもたくさん経験を持たれている。教育という特殊な要素がある分野で、共通言語を持った同士ではないか? と考えたのです。また、以前参加したピッチイベントで、ベネッセグループにジョインした企業にお勤めの方とお話する機会がありました。その方が、『グループに参加してよかった』と言っていたのも印象に残っていました」(岡氏)

 この「教育という共通言語」という感覚は、ベネッセ側にもプラスに作用したようだ。

 「岡さんは良い意味でベンチャー企業の経営者らしくないところがあります。これは教育事業をやっている人ならではの安定感から来ているのだと思います」(大槻氏)

 同じ英語教育ということで坪井氏はベルリッツ・ジャパンの社長に買収について意見を聞いたことがある。「競合他社には厳しい目線を向けている人が、コーチング形式で英語学習を行うスタディーハッカーに高評価をくだしたのです」(坪井氏)

 ただし、この良さを活かしたまま資本参加をしなければ意味はない。大手が買収や資本参加を行ったものの、創業者をはじめ主要メンバーが抜け、全く違う企業になってしまう例も少なくない。

 ベネッセでは、「ベンチャー企業の場合、創業者の意思、経営理念といった部分に共鳴し、集まってきたメンバーが多い。そこで経営理念をきちんと理解した上で、我々がサポートできるところはどこなのか、事前に何回も幹部をインタビューし、サポートを行なっていきます」(大槻氏)と、本来の良さを残してサポートするスタンスだ。

 「そのためスタディーハッカーの経営は引き続き岡さんにお願いし、我々はさらに企業が伸びていくためのサポートを行うという立場をとっています」(坪井氏)

 資本参加後も、中で働くスタッフに勤務を続けてもらうことが必要であることから、岡氏も社内へのアナウンス等には気をつかった。「社内への伝え方には工夫しました。身売りではなくポジティブな決断であるとアピールしました。元々教育という点で親和性が高いからこそグループ入りすることを選んだのであり、ネガティブな判断をしたのではいことを伝えました」(岡氏)

 スタディーハッカーには非常勤を含め約300人のスタッフがいる。Slackを使ってスタッフにアナウンスをした日には岡氏も内心ドキドキしていたそうだが、スタッフからはベネッセの人気キャラクターである「しまじろう」を使ったスタンプが飛び交い、前向きな雰囲気となった。

 ベネッセ側でもスタッフの不安を取り除くよう、説明に出向いた。直接、答えることで、スタッフ側の不安を解消することが目的だった。「こちらからお願いして時間をとってもらい、スタッフの皆さんにベネッセとしてメッセージを送りました」(大槻氏)

 実際にプラス効果は資本参加を発表した1月からすでに表れたという。講師採用の動きに変化があった。「発表後、応募者の数が1.67倍に増加しました。応募者の質も高くなっています。この成果だけでも、ベネッセに資本参加を求めたことは間違いではなかったと確信しています」と岡氏は話す。

アフターコロナは教育事業にも大きな影響及ぼす

 資本参加完了の発表を行った4月は、新型コロナウイルスの影響のまっただ中だった。ベネッセにとっても、スタディーハッカーにとっても、「アフターコロナ」はビジネス戦略の見直しが必要だと見方を一致させている。

 「間違いなくオンライン学習の利用度は大幅にアップすることになるでしょう。社会人が在宅ワークをする中で、一定の割合でオンライン学習を選択する人が出てくるようになる。これはコロナ騒動が終息した後でも定着していくのではないかと見ています」と坪井氏はオンライン学習を行なう体制の重要性を指摘する。

 岡氏はこうした受講者の変化に対応していくために、「ベンチャー企業はアクシデントが起こった際にはリソースが十分ではなく、脆弱だという欠点があります。資本参加を得たことで、この課題が解決されたことは本当に大きいです。明日どうしよう? 来月どうしよう? といった直近の経営面での心配をしなくて済むことは本当に大きなプラスです。教育事業は長期的視点を持って事業戦略を考えていく必要があります。しかし、アクシデントが起こって今日、明日の経営体制を心配する状況では、長期的視野でものを見られなくなりますから」とアクシデントを乗り越える体制が整っていたことに安堵のことばを漏らした。

 その上で、「スタディーハッカーとして、ロードマップは組み替えを行っているところです。オンライン授業は、予定よりも早いスピードで拡充していくことを検討しています。おそらく半数の人はすんなり利用するようになるでしょう。ベネッセのオンライン教育Udemyとの連携なども検討しています」とオンライン授業拡充のスピードアップを計画する。

 大槻氏は、「オンライン授業を拡充するといっても、コンテンツそのものをあわてて作るというのではありませんから、急ごしらえ感なくオンライン授業拡充ができると考えています。また、こうした新しい授業と共に、ウェイティングされている受講生の方が授業を受けてもらえる体制を作ることこそ急務だといえます。そしてその上で、『短期集中英語学習ならスタディーハッカー』というブランド力を高めていくことを忘れてはいけないと思います」と資本参加効果として基本部分の拡充が大事ということを強調する。

 この点には岡氏も同意する。「短期集中英語学習といっても、根性で学習するというだけでは駄目だと思います。とにかく学習時間を増やして習熟するというやり方は、わかりやすいだけに、その方法が良いと考えられがちです。しかし、スタディーハッカーの基本理念は、『STUDY SMART』にあります。学びをもっと合理的で、クールなものにするために、丁寧に、しかし手際よい学習を目指しています。努力と根性で量をこなす学習方法に飲み込まれてしまうのではなく、STUDY SMARTという学習を確立していかなければなりません」

 教育事業は単に受講者に優しくしただけでは十分ではない。時に厳しく指導することも必要になる。目先の優しさよりも、厳しい態度が受講者にとっては長期的にプラスになることも多いからだ。

 ベネッセ側も、スタディーハッカー側も、「単純な顧客満足度だけでは評価できないのが教育事業」という共通認識を持ち、アフターコロナ時代にも通用する英語教育事業のあり方を作っていくことを目指していく。

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