業界に痕跡を残して消えたメーカーは、ストレージ編が一段落したところで、違う分野をとりあげたい。今回からはマザーボード関連ベンダーということで、まずはCHIPS & Technologies(通称C&T)を紹介したい。
C&Tの名前は、何度か連載の中でも取り上げている。例えば連載20回や連載52回、そして連載137回である。ただどれもちゃんと説明はしていないので、改めて紹介するにはいい機会だろう。
画像の出典は、“Web Archive”
世界初のファブレス半導体企業
C&Tは1985年、カリフォルニア州のサンノゼ(正確にはNorth San Joseのあたり)で創立された。
創業者のGordon Campbell氏は、C&Tを立ち上げる前にSEEQ Technologyという会社を立ち上げており、ここではインテル互換のEPROMを製造・販売していた。
さらにその前はインテルに勤めており、この時に自身でビジネスを立ち上げるチャンスがあると思ったのだろう。ただ理由は不明ながらCampbell氏は1985年に同社を辞して、改めてC&Tを立ち上げた。
ちなみに同社は1999年にLSI Logicに買収されているが、この頃の主力製品はLAN用のLSIであり、EPROM部門はAtmelに買収された。
そのC&Tであるが、同社は世界最初のファブレス半導体企業である。もっと正確に言えば、ゲートアレイを利用して成功した世界最初のファブレス半導体企業というべきだろう。
最近ではファブレスが当たり前で、むしろ自社工場(ファブ)を保有している半導体企業の方が少ないが、この当時は主要な半導体ベンダーはみな自社でファブを保有していた。
これらの企業はいずれも、自社の製品をフルカスタムのASICで設計・製造しており、ファブレス半導体企業も、やはりフルカスタムASICを利用するほうが一般的だった。
ではゲートアレイは誰のためかというと、半導体メーカー以外の企業が自社の製品用に設計・製造する、例えば産業用機器を製造しているメーカーが、自社用のコントローラーの製造に利用するといった用途向けで、半導体企業向けとは考えられていなかった。
ただフルカスタムASICは設計・製造に時間がかかるので、スタートアップ企業向けとは言いがたかった。C&Tはこのゲートアレイを使って、半導体企業として成立することを示した最初の例となったわけだ。
ではC&Tはなにを目指したかというと、低価格なPCのインフラである。同社が最初に手がけたのは、80286用のチップセットである。
オリジナルのIBM-PC/ATの場合、94個のロジックチップがボード上に搭載されていた。ところがC&Tのチップセットは、このうち63個分の機能を5つのチップにまとめることに成功する。この結果としてAT互換機の製造コストを大幅にコストダウンできるようになった。
マザーボードのサイズを小型化できるし、部品コストそのものも下がる。さらに(当時はあまり重要視されていなかったが)消費電力も下がった。この特徴は、後にノートPC用チップセットとして結実することになる。
日立のファブを格安で利用
話を戻すと、この低価格化という特徴に最初に飛びついたのがDellで、C&TはDellからかなりの注文を受けることになった。
C&Tにとって幸運だったのは、この当時日立のファブのゲートアレイ用のラインが、注文がなくて遊んでいた時期だったことだ。
DellからC&Tが受けたチップセットの注文は日立のファブの生産ラインを埋めるのに十分だった。その見返りとしてC&Tは通常よりかなり安い価格でチップセットの生産を委託できた。
他の互換機メーカーもこれに追従するが、皮肉なことに当時互換機メーカーのトップだったCOMPAQは自前主義が災いしてか、安価なチップセットの導入には2年ほど遅れをとることになった。
ちなみに当初のチップセットはCMOSではなくバイポーラベースだったそうだ。これは当時のCMOSではESD(静電気放電)耐性が低く、PCなどではしばしばこれが問題になったためだ。
C&Tはこの問題の解決に3年をかけ、1998年には20KVの耐性を持ったCMOSチップセットをリリースし、このあたりから製品はすべてCMOSベースになっている。
チップセットビジネスは、その後しばらくはC&Tの屋台骨として同社を支えることになった。AT向けのチップセットに続き、XT向けのチップセットや、後には386用のチップセットであるCHIPS AT/386などもリリースすることになる。
このCHIPS AT/386は、HPやNEC America、Tandy Corporationなどに採用された。さらに後にIBMとのライセンス契約を結ぶことで、IBM PS/2 Model30の互換チップセットを発売する。
このチップセットは、リバースエンジニアリングの技法を利用して(つまりIBMの権利を侵害せずに)開発され、これを基にIBMと割安で契約を結ぶことに成功している。
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