このページの本文へ

前へ 1 2 3 次へ

ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情第264回

Pentium 20年の系譜 Pentium 4でブランドの終焉へ

2014年08月04日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 2014年7月にPentiumの20周年記念モデルとして「Pentium G3258」が発売された。そこでこの機会に、Pentium20年の歴史を振り返ってみよう。今回はPentium 4世代を解説する。

Pentium 4

Pentiumの人気を一気に加速させた
Pentium 4世代

 P6コアの開発からやや遅れて、やはりオレゴンでPentium 4の開発が開始された。設計チームははっきりしないのだが、この頃にはすでにサンタクララにあるIntel本社内の設計チームはその場所をオレゴンに移したようで、少なからぬP5の設計チームメンバーがPentium 4に関わっていたらしい。これに関してはThe Pentium Chroniclesにもあまり詳細な話は出てこない。

Pentium 4世代のインテルCPUロードマップ

 最初にリリースされたのがWillametteコアのPentium 4で、これは2000年末のこと。リリース当初の周波数は1.4GHzと1.5GHzとやや低めだったが、翌年にはパッケージが切り替わると共に、最大2GHzまで動作周波数が引き上げられた。

Willametteコアの初代「Pentium 4」

 さて、そのPentium 4の設計目標であるが、当然ながらP6の後継を目指して設計されたコアだけに、P6を上回る性能を出すことは必須であった。この結果としてアウトオブオーダーやスーパースカラーの実装、あるいはCISC→RISC変換といった、P6も持ち合わせた特徴はそのまま継承したわけだが、これをそのまま実装してもP6と同じことにしかならない。

 そこで、Pentium 4ではとにかく動作周波数を引き上げる方向にアーキテクチャーを振ることにした。これはP6の実装でIPCを引き上げる方向に回路を振ったところ、ダイサイズが大きくなって2次キャッシュまでオンダイで実装できなかったことに対する過剰な反省があったのではないかと思う。

 IPCを引き上げると必然的にトランジスタ数が増えるが、ところがトランジスタ数を増やしても性能はその増分の平方根程度にしかならないという、いわゆるポラックの法則が発表されたのは1999年のことだ。インテル社内では当然このことに気がついていたと思われる。

1999年11月に開催されたACM/IEEE International Symposium on Microarchitecture 32(通称Micro32)の基調講演でインテルのFellowを勤めていたFred Pollack氏が示したスライドより。後にこれがポラックの法則として知られる事になる

 もしP6の倍の性能を同じ動作周波数で実現しようとしたら、大雑把に考えてトランジスタ数は4倍になる計算で、ダイサイズも4倍とは言わないまでも3倍以上になりかねない。その位なら、IPCはP6並みに抑えて、動作周波数を倍増したほうが確実だと考えても不思議ではない。

 さらには、P4の開発が始まった1990年代後半というのは、まだプロセスの微細化や高性能/省電力化に関して限界がはっきり見えていない時期だった。

 熱密度は、このまま行くと太陽表面より熱くなるという話はこの時期に出始めていたはずだが、逆に言えばその位しか阻害要因が見えておらず、基本的にはプロセスの微細化を信じて動作周波数を上げる方向にアーキテクチャーを振っても不思議ではない。

→次のページヘ続く (動作周波数を大きく引き上げたPentium 4

前へ 1 2 3 次へ

この連載の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

最新記事

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン