ユビキタスブームのA級戦犯(?)が語る「次こそビッグデータ!」の理由
ビッグデータを使うWeb事業者が外食産業に進出したら?
2012年07月23日 06時00分更新
7月20日、EMCジャパンはエンドユーザー向けイベント「EMC Private Conference」を開催した。EMCジャパン代表取締役社長の山野修氏に続いて登壇した野村総合研究所の鈴木良介氏は、ビッグデータ活用の事例とビジネス変革をユニークな視点で解説した。
ビッグデータはユビキタスとどこが違うのか?
EMC Private Conferenceは、おもに企業の情報システム部をターゲットとするイベントで、基調講演あわせて17のセッションが行なわれた。先頃、米国で行なわれたEMC World 2012の内容を受け、ITやビジネス、そしてそれを支える人の変革を促すというテーマで、事例やビジネス、テクニカルという分類でさまざまな講演が行なわれた。
EMCジャパン代表取締役社長の山野修氏の後に「ビッグデータの活用が実現する堅実な「ビジネスと社会システムの革新」と題した特別講演を行なったのが、野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部 主任コンサルタントの鈴木良介氏。「午後からの講演を聞くための前座」(鈴木氏)と謙遜しながらも、正体のつかみにくいビッグデータやその活用例を明快に解説し、聴衆を大いに魅了した。
ビッグデータの概論ののち鈴木氏が指摘したのは、現在のビッグデータのようなデータ解析のブームは初めてというわけではなく、過去に何回があったという点だ。鈴木氏は、「20年前には『高度情報化社会』、10年前には『ユビキタスコンピューティング』のようなキーワードがあり、弊社もその片棒を担いだが、実際は思いのほか盛り上がらなかった。そんなユビキタスブームのA級戦犯呼ばわりされている弊社が(同じような)ビッグデータを語るからには、過去とは事情が違うことを明確にしなければならない」(鈴木氏)と聴衆を沸かせたのち、なぜ今ビッグデータを注目すべきか、従来のデータ解析や情報活用とどこが異なっているのかを挙げた。
まず同氏が挙げたのは、この10年の電子化や自動化により、データの収集がきわめてやりやすくなった点だ。2001年にSuicaのような交通系サービスやFOMAのようなモバイル通信がスタートし、圧倒的に普及したおかげで、低価格が一気に進んだ。ユビキタスのブームでもGPSをベースとしたセンサーデータの活用はさんざんもてはやされたが、「GPSが搭載されはじめた2004年当時、大きさは500円玉くらいで、価格も1ユニットで17万円もした」(鈴木氏)という。これに対して、現在では精度の高いGPSが数百円のコストで導入できる。以前に比べて、情報収集がしやすくなった好例といえる。
また、この10年でITリテラシが大幅に向上した点も大きい。「2006年にはiPhoneも、FacebookもTwitterもなかった。2001年にまでさかのぼると、GmailもYouTubeもWikipediaすらなかった。当時、学生はどうやってレポートを書いていたのか、不思議なくらい」(鈴木氏)と隔世の感があるわけだ。こうした10年で、政府や事業者が大きなコストをかけなくても、情報を収集できるバックグラウンドやインフラがきちんと整備されたのが、ビッグデータ隆盛につながる1つのきっかけだという。
また、多くの企業ではIT化の第1の壁である「電子化・自動化」までは済ましたものの、「データから知見を得る」という第2の壁までを越えてないという点もあるという。データを溜められる環境にはなったが、活用までは至ってないという段階の会社がほとんどというわけだ。「たとえば、日報をWebやスマホ経由で提出するのはすでに普通だが、多くの会社がそのデータで売り上げを上げられるようになっているかは微妙」ということで、ビッグデータのようにビジネスに直結するソリューションが注目されていると説明した。
そして3つめは、やはりビッグデータ取得、生成、処理、分析するための技術や製品が整備された点だ。「クラウドなんて『ビッグデータのゆりかご』として最適。データを溜めるだけではなく、計算資源を利用して、サービスとして利用できる」(鈴木氏)。特に低コスト化はビッグデータの普及に、きわめて大きな影響を与えている。「正直、データ解析をいきなり成功させるのは難しい。なんども空振りして試行錯誤する必要もあるが、製品が高価で打席にすら立てないとなると、そもそも打者自体が少なくなってしまう。今は成熟した結果、それなりの価格で打席に立てるようになった」と指摘した。
ここまでできるビッグデータの活用
続けて鈴木氏は、ビッグデータを使えばここまでできるという活用例をいくつか披露。リアル店舗の飲料棚にKinectのようなモーションセンサーを設置することで、顧客の購買動向を分析する店舗や、負けが込んでいる人がふて寝せず、トライできるようマッサージ券を配るようにしているカジノでの事例。あるいは携帯電話のインフラの利用率を平準化するために端末に対しリアルタイムに割引施策を提案するといった南アフリカのキャリアの事例などが挙げられた。
また、本田技研と埼玉県が協力し、急ブレーキがかけられた場所を地図にプロットすることで、交通事故の予想や道路行政に活かすといった事例のほか、先日NTTドコモが発表したとおり、基地局の情報を公共分野応用する「モバイル空間統計」などの国内の事例も紹介された。
鈴木氏によると、これらの事例は「リアルタイム性」と「フィードバック対象」によって分類され、技術的にはよりリアルタイムに、より個人を特定してフィードバックする事例が増えてきているという。ただ、前述したカジノのマッサージ券のようなパーソナライズな情報活用は、必ず個人情報保護やプライバシーなどに関わってくるため、「相当な覚悟を持ってやる必要がある」(鈴木氏)という課題もあると指摘した。
鈴木氏によると、日本で多くの企業に話を聞くと、「そんなビッグデータはうちにはない」という話になることが多いと言うが、実際は単に死蔵しているか、他社から入手したほうが目的にあうとのこと。つまり、情報を活用したい会社と、収集できる会社はイコールではないということだ。鈴木氏は、深夜の飲み屋の外に置かれているレンタルおしぼりを例に出し、「おしぼりの返却数をグルメサイトが利用したら、正確な来客数が割り出せるかもしれない。3年分のデータがあれば、売り上げの増減まで調べられるだろう」(鈴木氏)と、死蔵データの活用例を披露した。また、ソーシャルネットワークやセンサー由来のデータであれば、Webサービス事業者でも取得できるが、従業員や業務システムからの「業務付随」のデータは値千金で、競争優位性があると指摘した。
Webサービス会社が外食産業に進出したら?
さらに鈴木氏は、こうしたビッグデータの価値や活用に気がつかない業界は、ビジネスの廃業にまで追い込まれる危険性があるとして、データを有効活用するためのお金と技術を持つWebサービスの事業者が外食産業に進出してくるという「想像事例」を披露した。ビッグデータを活用したWebサービス事業者のレストランでは、来店や注文履歴、推測属性に基づき、顧客が見るiPad上のメニュー配置が完全にパーソナライズされる。また、売れ残りの多いハンバーグを廃棄しないよう、ダイナミックにキャンペーン価格を変更することも可能。他店の情報を活用できれば、飲食履歴からメニューを変更することも簡単だ。
鈴木氏は、「この話を外食産業の方に直接ぶつけてみると、だいたい『夢物語ですよね』『我が外食産業のアナログさを知らないからそういうことをおっしゃる』と言われるんですけど、10年前にFacebookやYouTubeなどなかったことを考えると、Webサービス事業者が果たして牙をむいてこないとは限らない。活用ノウハウと人材を持つWebサービス事業者が進出してきたら、外食産業に限らず、(レガシーな)多くの業界は壊滅的な打撃を受ける」と語り、今後ビッグデータ活用する企業との差が決定的になると揺さぶりをかけた。異業種参入が相次ぐ昨今、十分に頷ける話と言える。
とはいえ、最大のネックはデータ解析に関わる人材の不足。「300万行のデータを見て、なにかありそう!とワクワクできる人は少ない」(鈴木氏)というのも事実。就職サイトで、こうしたデータ解析にまつわる人材が引く手あまたであることを指摘しつつ、人材の育成や事業立ち上げに理解がある経営者も必要になってくるとアピールし、講演を締めた。多分に刺激的な内容を含みながらも、今までの紋切り型のビッグデータ解説とは異なった、含蓄の多い講演だったといえる。
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