本連載「週刊セキュリティレポート」の第26回から第29回では、ICT化の盛んな分野として教育分野でのICT化の課題を紹介しました。今月は、教育分野と並んでICT化が進められている医療分野について、ICT化の課題を考えていきたいと思います。
医療のICT化とは
医療分野のICT化とはどのような内容なのでしょうか。それを知るために、厚生労働省が発表した「保健医療分野の情報化にむけてのグラウンドデザイン」を見てみましょう。この中では、情報化の対象として、
- 電子カルテシステム(EMR:Electronic Medical Record)
- 遠隔診療支援システム
- レセプト電算処理システム
- オーダリングシステム
- 個人・資格認証システム
が挙げられています。
中でも1つ目の電子カルテシステムと3つ目のレセプト電算処理システムを中心として、ICT化を進めていくことが記されています。それでは、電子カルテシステム・レセプト電算処理システムとは一体どういうものなのでしょうか。
よりよい医療サービスを目指す電子カルテシステム
電子カルテシステムとは、その名の通り、紙が使われていたカルテを電子化したものです。カルテは医師法により5年間の保存が義務付けられていますが、電子化することで、紙で保存するよりも圧倒的に省スペースで保存でき、バックアップも容易になります。また、病院内をネットワークで結ぶことにより、カルテの持ち運びの手間を省いたり、ペーパーレスによる省エネ、入力した内容の検索性の向上なども見込めます。別の病院に移る際にも、持ち運びが容易になるというメリットもあります。
カルテの電子化は、1999年に厚生労働省(当時は厚生省)が認める通達を出しました。その際に「診療録等の電子媒体による保存について」という文章で電子化で守るべきガイドラインを定めています。この中に明記されたもっとも重要な内容に、真正性の確保、見読性の確保、保存性の確保があります。
簡単に説明すると、真正性の確保とは、誰がいつ何を書いたのかをわかるようにし、ソフトウェアのバグなどにより内容の変更や消去が行なわれないようにすることを意味します。見読性の確保とは、電子カルテの情報が整理され、アクセス権限が整備され、つねに電子カルテが閲覧できるようにシステムが運用されるようにすることを意味します。そして、保存性の確保とは、電子カルテが機器の故障やマルウェアの活動などで失われないようにすることを意味します。
ガイドラインの内容 | 実現方法の例 |
---|---|
真正性の確保 | 記入者のIDの記録、版数管理など |
見読性の確保 | データベース化、IDによるアクセス範囲の制限など |
保存性の確保 | ウイルス対策、ディスクの冗長化、バックアップなど |
電子カルテ導入の課題
電子カルテは非常に有意義なものですが、導入には多くの課題があります。
1つ目には、前述した電子カルテのガイドラインを守るため、設備面やソフトウェア面での投資、運用面での負担が大きくなることにあります。真正性・保存性の確保のために、データベースのバックアップが必要になりますし、見読性の確保のため、電子カルテへのアクセス権限に沿った認証の導入などが必要となります。
2つ目として、操作や閲覧性の問題があります。PCに慣れていない医師や看護師などの医療従事者の場合は、文字のタイピングに時間がかかったり、必要な情報を呼び出すのに時間がかかることが考えられます。また、表示についてはモニタの大きさという制限があるため、閲覧性をよくするためには、モニタにも費用がかかってしまいます。
3つ目として、電子化した場合、停電時に利用できないという問題があります。大きな病院では発電装置を備えているため停電時にも使えますが、普通の診療所ではそうもいきません。
こうした背景もあり、シード・プランニング社による調査「電子カルテ/PACSの市場予測」によると、大病院では導入が比較的進んでいますが、小さい診療所ではあまり進んでいないという現実があるようです。
筆者紹介:富安洋介
エフセキュア株式会社 テクノロジー&サービス部 プロダクトエキスパート
2008年、エフセキュアに入社。主にLinux製品について、パートナーへの技術的支援を担当する。

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