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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第71回

週刊アスキー福岡総編集長が語る

初音ミクは日本の伝統芸能だった

2011年09月17日 12時00分更新

文● 四本淑三

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人形もMMDのように本物に近づいていった

―― 人形浄瑠璃はどうなんですか?

福岡 同じように人形浄瑠璃も張り出し舞台で、床と呼ばれる張り出した所で、三味線が演奏して大夫が語るんです。ここでもインタラクションが発生して、大夫と掛け合いがあるんですよ。でも、それを聴いて人形が演じるわけでもなく、大夫や三味線を見もしないで、人形遣いは人形を操作するんです。

―― あれっ。たとえばキューシートみたいなものはないんですか?

福岡 ないんです。まったくないらしいんです。

人形浄瑠璃について語る福岡さん。文楽の世界にはいわゆる“進行表”がないらしい

―― じゃあ即興なんですか?

福岡 演じるシチュエーションだけがある。通し稽古とかするんですか? って聞いたら「いや、本番前に一回やるだけ」って。リハなしなんですか? って言ったら「はあ」って。本番をやる中でどんどん合わせていくんですね。

―― それはセッションですね。

福岡 セッションですよ。たとえばですね、人間国宝の吉田簑助という人がいるんですけど、彼の弟子で桐竹勘十郎という人形遣いがいて、お父さんも優れた人形遣いだったんですけど、そのお父さんが亡くなって、追悼公演で勘十郎さんにいい役が与えられたんですよ。

―― おお、お父さんの跡を継ぐわけですね。

福岡 その時の演目が「夏祭浪花鑑」(なつまつりなにわのかがみ)という、主人公が義理のお父さんを刺し殺す話なんです。義理のお父さんは、娘をダシにカネをせびったりするような悪い男で、それが許せなくて。勘十郎さんは、この刺し殺す役を与えられたんです。そして義理のお父さんの役を、彼の師匠である吉田簑助が演じるんですけど、毎回変わるんですって、簑助の動きが。勘十郎さんはそのたびアドリブを余儀なくされるわけで、本当に殺してやろうかと思ったって言ってましたから、腹立って。

―― わははは。それは面白い。

人形浄瑠璃はとにかくアドリブが多く、役者泣かせだったという。「本当に殺してやろうかと思った」みたいな冗談が出ることもあったらしい。さもありなん

福岡 師匠はわざとやっていたんだって。そういう芸能なんですよ。それも三味線が演奏して大夫が歌っているレギュレーションの中でやるんですよ。感謝祭でも、ボカロPさんたちが楽曲を作る、まあ大夫さんの役割ですよね。それを絵師さんや動画師さんたちが絵を付けてくれる。それを最終的にボードに投影したりするわけですよね。それと最近はCGのクオリティが無駄に上がっているでしょ。

―― 最近、MMDはすごいことになってますよね。

福岡 あれを人形浄瑠璃の喩えで言うとね、近松(門左衛門)の頃は、人形って一人遣いなんですよ。人形一体を一人で動かす。だから左手は動かないんですね。右手だけで演技をして。それでも近松の生きている間、30年くらいはそれで流行るんです。でも近松が死んで3年くらい経った時に、突然人形が三人遣いになるんですよ。

―― 可動要素が細かくなったと。

福岡 そう。左手遣いと、足遣い、面遣い、3人で人形を遣うようになると、がぜん表現力が増してくるんですよ。本当に生きているようなものにしていくんですよ。

MikuMikuDance(ミクミクダンス)は誰でも使える3Dモデル。写真はニコニコ動画から「Love&Joyホームビデオエディション修正版【MMD】」 http://www.nicovideo.jp/watch/sm6653552

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