
昨今、アプライアンスベンダーの発表会でも「クラウド」というキーワードがよく出てくるようになった。しかし、クラウド時代に立ち向かう武器として多くのベンダーが製品化している「仮想アプライアンス」が商売になるとはどうしても思えない。
アプライアンスとクラウドの関係
ハードウェアとソフトウェアを一体化したアプライアンスは、導入が容易で、サポートやライセンスが一元化されるというメリットがある。おもにセキュリティ機器やWAN高速化装置、ロードバランサーなどの分野で、アプライアンスは日本のITビジネスのなかに根付きつつあるといえるだろう。
しかし、クラウドの台頭は、アプライアンスベンダーにも影響を与えているらしい。この半年の間で、アプライアンスベンダーの発表会で、クラウドという言葉が出なかったほうが少ないくらいだ。もちろん、クラウドコンピューティングの波にうまく乗りたいという目論見もあるだろうが、アプライアンスがクラウド化されたサービスに食われてしまうという危機感もあるようだ。確かに、メールセキュリティやら、Webアプリケーション防御やら、クラウドセキュリティを標榜するプロバイダーはいくつも現れている。価格面で大きなアドバンテージが出れば、乗り換える企業が出てくる可能性もある。
こうしたアプライアンスベンダーのクラウドとのつきあい方を見ていると、大きく2つに大別できる。1つはクラウドを自社のサービスに取り込むこと。もう1つは仮想化技術をアプライアンスに活用することだ。
前者のクラウドの活用は、セキュリティベンダーが以前から提供していたオンラインサービスをクラウドに見立てたモノで、正直あまり目新しさはない。従来からセキュリティベンダーは独自のラボや調査機関でインシデントを調査し、それに基づいてワクチンやパターンファイル、シグネチャなどをユーザーに配信している。この仕組みをもってクラウドというのであれば、確かにそうだ。
私が仮想アプライアンスを疑う理由
後者の仮想化技術のアプライアンスへの組み込みは、昨年から多くのベンダーが取り組んでいる。VMwareのようなハイパーバイザ上で動作する「仮想アプライアンス」は、シトリックス、F5、リバーベッド、ブルーコート、A10、トレンドマイクロなど、多くのベンダーが製品化を行なっている。
ただ、この仮想アプライアンスが現状ビジネスになるかは、かなり微妙だと思っている。というか、売れるかどうか、疑問符が付きまくりだ。
冒頭にも述べたとおり、そもそもアプライアンスはハードウェアとソフトウェアが一体化されることで、性能や動作が保証されるところに大きなメリットがある。また、ライセンスや管理がシンプルになるのもユーザーにとって重要なポイントだ。
一方、仮想アプライアンスは、他社のOSやハイパーバイザにアプライアンスのイメージを載せることになる。この段階で、既存のアプライアンスのメリットは灰燼に帰す。たとえばサービスがダウンした場合、仮想アプライアンス、ハイパーバイザ、OS、いずれに原因があるのか、ユーザーは特定できない。また、汎用サーバーで動作させるため、性能が保証されない。ハイパーバイザのレイヤも増えるわけだし、リソース配分を相当きちんと行なわなければ、安定したスループットを得られないことになる。これはユーザーにとっても、SIerにとっても悪夢だ。
もちろん、通常のアプライアンスに比べて、劇的に価格が安い場合、仮想アプライアンスを検討する理由にはなる。だが機能面で同じなのに、価格が安く、サポートの手間がかかる製品を、多くのリセーラーは売らないはずだ。そもそもハードウェアへの信仰が厚い日本で、アプライアンスがどんどん仮想化され、クラウド化されるというのは想像しにくいシナリオ。展開の速さを多くのベンダーは売りにするが、通常のアプライアンスで不十分なほど展開のスピードを求める事業者はそれほど多いのだろうか?
こうした理由があり、個人的には、VMware環境に完全に依存している大規模なクラウド(IaaS)事業者くらいしか、仮想アプライアンスのターゲットはないと思っている。新ジャンルの製品に対して、なんとも冷たい意見だと思うが、事実上、仮想アプライアンスは商売にならないという結論である。ここに至るまでには、さまざまなアプライアンスベンダーとの意見交換があり、この件に関してのSIerへの取材が成立しなかった件があり、長年アプライアンスを使ってきたユーザーの声もあったことも併記しておきたい。ソフトウェア型のファイアウォールはなぜ消えたのか? きちんと歴史を振り返ってみれば、仮想アプライアンスに市場性がないことはあきらかだ。
アプライアンスベンダーは、高いパフォーマンスと安定性の追求というきわめて当たり前のスペックに対して開発リソースを振り分けるべきだ。クラウドへの足の踏み入れ方を間違えたアプライアンスベンダーに明日はない。

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